第17話 魔獣の洞窟

 環境対策として星が選んだ魔素は、山岳地帯のような地脈に沿って流れ、地表に放出されていく。星が若いうちは火山活動が活発な様に魔素の噴出も活発であり、その余剰分が山のふもとの洞窟に滞留する事で魔素が凝り固まり、やがて魔石が形成される。その魔石を核とするのが魔獣である。

 魔獣は大きく三種類に分類され、一つは魔石を核として身体を魔素で構成した半ガス状の幻獣系魔獣、もう一つはなんらかの原因で動物が体内に魔石を取り入れ生きたまま後天的に魔獣化した野獣系魔獣、最後の一つは死骸に核となる魔石が形成された屍食鬼ゾンビ系魔獣である。古い大陸では魔素溜まりの洞窟に集積していたこうした魔獣が崩落で埋まったり海に沈んだりする事によって、石炭のような天然資源と同じ様に魔石をの地層が形成される。

 やがて数十億年後、星が老化すれば魔素の噴出も沈静化していき、魔石が形成されるほどの魔素が溜まらなくなると魔獣が居なくなり、魔石は古い大陸の地層からしか採掘出来なくなる。そういう意味では、空気中の魔素と違って魔石は有限の資源であり、石油や石炭と同じ天然資源であった。


 そんな遠い未来では貴重となる魔石を積極的に確保する為でもなく、単なる戦闘体制下での精霊力維持訓練のため、エルフの南にある山のふもとの洞窟に来たフィスリール家族一行だったが、過剰な戦力に戦時の緊張感はまるで感じられなかった。

 パパとママという名の前衛にじぃじとばぁばという名の後衛では近距離から遠距離までオールレンジで無敵のパーティ過ぎました。これで常在戦場感覚が養えるなら余程の心配性です。そんな達観したかの様な面持ちの私は、そろそろ私にも狩らせてくれないかたずねる。


 チンッ! ボトリ。


「なにもいないからフィスが狩れないね」


 いまパパが無意識のうちに頭上で両断したのがコウモリをベースとした野獣なんじゃ? 近距離は感じる前に狩れということかしら。

 私は気合を入れ直して辺りに注意を向けるが……


「あ! 遠くに黒いのが!」


 ピゥッ! ドサッ。


「あぶなかったのぅ、見える位置まで接近しとったわぃ」


 遠くにいたやや大型の影を、じぃじが軽く風の真空波を飛ばして首を落としてしまった。見えない位置にいるうちに狩れというの? そんな疑問に答える様にばぁばが教えてくれる。


「魔獣は魔石を核にしているから魔力を拡げればすぐわかるわ」


 試しに浸透させる様に魔力を拡げると遠くで反響する魔石の反応を捉えた。よし! 今度こそ私が仕留めるわ。えい! とばかりに先日使った六属性を収束させた虹色霊弾エレメンタル・ブリッドを放つと、遠くで魔石が励起状態から定常状態に戻った気配が感じられた。


「やったわ!」

「精霊力の維持が疎かになっているわよ」


 はじめての魔獣討伐にはしゃいぐ私に、すかさずばぁばから叱責が飛んできた。周囲に広範囲に魔力を伸ばしながら、精霊力を七割維持するのは難しい。薄く伸ばすのと収束させる魔力運用を同時にしないといけないのだ。そんな様子にばぁばがアドバイスをくれた。


「周囲への魔力は一瞬でいいのよ」


 周囲に浸透させるように薄く広げるのは、近接戦闘における剣のの範囲内が基本で、中距離は目視や気配、遠距離は一瞬の魔力というのが魔獣の洞窟における魔力運用の基本だそうだ。やってみるとなんとか安定させることができた。でも厳しいわ。

 なるほど、パパの必殺の範囲はこういう仕組みなのね。そして、見えない場所を探るだけなら一度で、常時探る場合でも一瞬の魔力を一定の間隔を開けることでレーダー・ビーコンのように走査する感じで必要十分ね。あれ?


「でも魔力を放出したら向こうからも丸分かりではないのかしら?」

「悟られずに探る場合は精霊に教えてもらうのよ。でも……」


 魔獣にはどんどん来て貰わないと訓練にならないわ。ばぁばはそう続けた。


「やはりスタンピードの時期にならんとぬるいのぅ……ん?」


 少し先でかなりまとまった数の魔獣の気配を捉えた。九十、いえ百を超えているわ。


「やっとまともな訓練ができそうね」


 そう言うばぁばに、ママは矢を五本つがえパパはさやを払った。


「折角だから、複合魔法を同時に撃ってみなさい」


 複合を同時というと、消滅や雷とか爆炎とか氷雪みたいなのかしら。


「わかったわ」


 そう言って精霊力を全力近くまで高めると、光と闇による消滅弾、風と土と水による雷球を魔獣の集団に向けて放った。魔獣の集団を一割くらい減れた様だった。手応えを得た私は続けて水と風による氷雪の気流ストリームと火と風による爆炎の気流ストリームを放とうとしたけれど、うまく発動せず途中で減衰したように消えてしまった。どうやら複合魔法を同時に撃つ時に風属性が被っていて風属性が足りなかったらしい。そう話すと、


「慣れるまで同時に撃つ場合は被らない組み合わせを考えておかねばならんの。あるいは」


 そう言って一旦言葉を区切ってばぁばに合図を送ると、二人から馬鹿げた威力の爆炎の気流ストリームが放たれた。


「このように不足する属性を他の者に補ってもらうのじゃ」


 なるほどと頷く私。でもじぃじ……


「魔獣、全部いなくなっちゃったみたい」


 しょぼんとした様に指摘する私に、あっ! と後の祭り状態に気がつき、頬をかいてじぃじは溜息を漏らして言う。


「相変わらずやわな奴らじゃのぅ」


 そうかしら。まるで緊張した様子を見せないじぃじとばぁば、それから剣と矢を納めるパパとママを見て、前衛まで大型魔獣が到達する可能性を思案した。

 千、いえ、万単位ではじめてパパやママが剣を振るう位置まで魔獣が来られる可能性があるのではないの? でも爆炎の気流ストリームの射線上の魔獣は、千でも万でも全て吹き飛んでしまう。仮に目の前まで来られても、かまえ終えているパパやママの前にコンマ一秒でも立っていられる魔獣などいないわ。

 やっぱり過剰戦力ではと思うフィスリールであった。


 ◇


 そんな安全安心の魔獣狩りを続ける日々で、フィスリールは洞窟における戦時魔力維持を身につけていた。すなわち七割の精霊力を維持した守り、自らの剣が届く範囲をまとうように薄く展開した魔力、そして遠距離への走査させる魔力、最後に攻撃する際の魔力の同時コントロールである。最初は剣の届く範囲に薄く展開する魔力と両立させるのに気を使う必要があったが、常時展開しているうちに自然にできる様になっていた。

 大体、この魔獣狩ピクニックりの目的を果たしたのか、最後に洞窟の最奥にいくことになった。なんでも、魔素の吹き溜まりの中心点で、それなりに強い魔獣が期待できるのだとか。

 そんな面白そうなところがあるのかと、フィスリール家族一行は秘境探索番組よろしく、撮影用の魔導ドローンを飛ばして奥地に進んでいた。途中で出現する魔獣も、今では視認範囲に入る前にスムーズに複合魔法で処理できるようになっており、


 チンッ! ボトリ。


 魔獣の洞窟に来た日にパパがしていた剣の結界とも言えるを再現して見せた。褒めて褒めてとばかりにパパをみると笑って撫でてくれた。

 魔法に関しては、魔石を粉々に砕かずに効率よく堆積させるという意味で、虹色霊弾エレメンタル・ブリッドや雷撃により魔石の励起状態を解除する方が都合が良かったので、数匹なら頭上で回転させながら常時待機させている十数個のブリッドを見えた時点で打ち出し、集団であれば水魔法で濡らした後に雷球を放り込んで広範囲電気ショックで殲滅させるまで簡単化するようになっていた。


「そろそろ最奥の広間に着くわよ」


 しばらくすると、数百メートル先にとても大きな魔石の反応が感じられた。十倍くらいかしら。記念にと遠隔攻撃は控えて臨戦体制をとりながら進むと、ひらけた場所の中央に全長五メートルくらいの西洋竜のような幻獣系魔獣が佇んでいた。シャドウ・ドラゴン?


「中級くらいかのぅ」

「折角だから私たちが精霊の守りで固めているうちにフィスが倒しましょう」


 魔力を全開にして六属性の精霊力を収束させ始めた私に気がついたのか、シャドウ・ドラゴンが獰猛な咆哮ほうこうを上げたかと思うと、こちらに向かってシャドウ・ブレスを放ってきた……けど、精霊の守りの前に届かなかった。ちょっとびっくりしたけど、じぃじの風の大精霊とばぁばの火の大精霊の二重障壁は、ちょっとやそっとでは小揺るぎもしなかった。

 ブレスが効かないことに気がついたのか、前脚を振り下ろす様に攻撃を仕掛けてくるが、届く前に前脚がずり落ちた。パパの剣で断ち切られたようだ。ずり落ちた前脚を今気がついたかのように見るシャドウ・ドラゴンのその両目に三本ずつ矢が刺さった。ママの弓の二本立て三連射だった。みんなに合図した私は、堪らず後退するシャドウ・ドラゴンの魔石の核に向け、六属性を収束させた全力の虹色砲撃エレメンタル・バスターを放った。


 ドォーンッ!


 魔石にバスターが直撃すると、吹き消されたかの様にシャドウ・ドラゴンの造形が掻き消え、励起状態から定常状態に戻った直径六十センチほどの青い色をした大きな魔石が落下した。


 ドスンッ!


「やったぁ〜!」


 いぇい! とばかりに手を上げて喜ぶ私を、ばぁばとママが嗜める。


「フィス、残心を忘れないようにね」

「周囲に完全に脅威がなくなるのを確認するまで油断してはダメよ」

「うぅ、そうだったわ」


 私はあたりを魔力で探って念の為に精霊にも訊ね安全を確認した後、改めて笑みを浮かべ、記念にこの魔石を持って帰ると話した。


「好きにしなさい」


 そういったママの言葉を聞くと、目の前の魔石を抱えて背負い袋に入れて背負った。ズシリ、うぅ地味に重いわ。よろよろとする私を見て、おかしそうに笑ったパパが手を差し出した。


「パパが持つよ」


 パパの言葉に甘えて背負い袋を交換すると、大きな魔石が入った背負い袋をパパは軽々と背負った。パパは力持ちねというと、笑いながらこれくらい普通だという。

 エルフ男性の普通はすごいと感心するフィスリールだった。

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