第15話 老ドワーフとの対談

 ウイスキーの研修に魔導都市キースに来た人間たちに向けて実演と記録映像を交えながらウイスキーの作り方を伝授していった。ウイスキー自体、毎年、条件が異なる中で作り続けていく必要があることから、一度の研修で完全には至らなくとも、定期的に研修を行って練度を詰めていく必要がある。

 ということで、培養して増やしたウイスキー酵母を持ち帰って、西の穀倉地帯各地で生産していくことになった。

 これで早くて十年後には需給バランスは改善されと喜んだのも束の間、工業ギルドで主催した銀細工の品評会の結果が出たと連絡が届いた。第一回工業ギルド銀細工品評会の栄えある優勝者は、細工ものを長年手掛けてきたゲオルグさんだという。


「親方衆を小童呼ばわりしていた健啖家のおじいちゃんね!」


 おじいちゃん子であったフィスリールは、落ち着いた風格を漂わせる老ドワーフに親しみを感じていた。

 連絡を受けて移動の手間を省くために魔導飛行機で運ばれてきたゲオルグお爺ちゃんは驚いていた様だが、私を見かけると優勝を勝ち取った銀細工を掲げてドヤ顔をしてのたまった。


「わしこそが真のドワーフ細工師じゃ」


 ドワーフの豪快な性格とは裏腹に、絹糸のような緻密な銀糸を幾重にも重ねながら蝶の羽を広げるように展開される大胆な構図の両羽に、私の瞳の色と同じ碧眼の宝石をあしらった指輪は、未成年のフィスリールには文字通り宝物のように映った。

 碧眼の瞳を見開いてすごーいと手を合わせてはしゃぎ回るフィスリールに満足したのか、まだまだ小童どもには負けんわいと気を吐く老ドワーフ。後進ドワーフに一切手加減なしとは大人気ない奴じゃと呆れるじぃじに答えるようゲオルグ老は言い放った。


「其方の孫娘はウイスキーを作る際に妥協したのか?」

「そんな訳あるまい」


 一瞬の間も置かず即答したじぃじは、わしの孫娘をって外に、ドワーフ向けのウイスキーに二十年もかけるエルフの幼子がおるかと自慢げに笑った。


 その後、ヴァッティング・ブレンディングの条件を決めるために十種類のウイスキーの酒精と風味の調整条件を説明しながら試飲してもらい、ブレンデッド・ウイスキーの比率を検討していった。

 何日かして比率が決定すると、折角だからと熟成中の樽を収める酒蔵に案内した。


「おお、こりゃ心踊るわい」


 いくつも横倒しにされた樽を見て身を震わせるゲオルグ老に笑いかけ熟成の計画を話す。


「今回は十年熟成させたものだったけれど、二十年、三十年ほど熟成させるとまた違う味になるはずなの」


 そしたら、また違う比率にしないといけなくなるわね。そう言って樽を見つめるフィスリールに、何度でも優勝してここに戻ってくるから安心せいとゲオルグ老は豪快に笑った。


「ところで嬢ちゃんは、どうして二十年も前からドワーフ向けのウイスキーなんぞ作る気になったんじゃ?」


 一転して投じられた毛色の変わった質問に、頬に手を当ててしばらく考え後、フィスリールはまとめた考えを老ドワーフに話していった。


「この星で持続可能な文明を築いていくには全ての種族の協力が必要だったから」


 魔導製品で間接的に短命種の人間を良い方向に導けたとしても、短命種であるが故に人口増加を抑えられない。その影響は、長命種であるエルフやドワーフに降りかかる。私一人では出来ることはもちろん、考えられることすら底が知れているのは短いエルフ生でも身に染みている。だから、エルフの皆やいつか成熟する人間たちだけでなく、ドワーフにも遠い未来まで続く繁栄を考えてほしい。

 でも、エルフとドワーフは仲が良くなかったじゃない。それでは到達できる文明も高が知れているわ。そこで指輪につけた銀細工を見せ、手につけた蝶を舞わせるかのようにクルクルと周りながらフィスリールは続けた。


「ゲオルグお爺ちゃんが作ってくれたこの銀細工の様に、それぞれ得意なことには違いがあるわ。でも、全ての協力が得られたなら、より良く、より高い未来に向けて繁栄していけるのではないかしら」


 そう言って、どうかしらと問うフィスリールに老ドワーフはまぶたを閉じて頷き、次いで、後ろに立つじぃじに顔を向けて告げた。


「カイル、お主の孫娘は相当変わっとるな」

「自慢の孫娘と言ったじゃろう」


 そう言ってじぃじは心底愉快そうに笑った。


 ◇


「どうだった、エルフの嬢ちゃんは」

「……たまげたわい」


 ウイスキーを饗する狙いはどこにあるのか。我々ドワーフを越える長命種であるエルフの思惑を知るには、感情を幾らでも誤魔化せる大人のエルフ相手では話にならなかった。ドワーフが信じるに足る情報を得るには、エルフの幼子から引き出すのが一番だったのだ。

 優勝者として赴くゲオルグ老に、そんな裏の思惑を託したグスタフは、エルフの思惑が那辺にあるのか聞いていた。


「あの娘っ子は、本気でドワーフとエルフと人間を含めた全ての種族の持続的繁栄を目指して活動しておる」


 少なくともこのウイスキーを作り始めた二十年以上前からな。そう続けたゲオルグ老は手土産として渡された自身が比率を決めたプレミアム・ナンバーズのブレンデッド・ウイスキーを傾けた。


「夢物語だな」


 ばっさりと実現可能性を否定したグスタフの前に空のグラスを置き、手ずからブレンデッド・ウイスキーを注いで渡した後、ゲオルグ老は静かに頷いた。


「そうじゃの、じゃが……」


 一旦言葉を区切り、掲げたグラスをこちらに向けてこう続けた。


「鉄と酒に生きるドワーフにとって、あれ以上の隣人はおるまい」

「違いねぇ」


 そう言って互いのグラスを鳴らして大事そうにウイスキーを一口味わうと、グスタフとゲオルグ老は笑い合った。


 ◇


 同じ頃、エルフの長老会でもドワーフの反応がカイルから報告されていた。


「つまり、今やドワーフはかの幼子のたなごころの上というわけじゃな」


 あの頑固一徹の職人集団であるドワーフどもが幼子に与することになるとは。予想していたとはいうものの、現実となると奇妙な感覚だった。


「どうやらまともな味覚を持っていたらしいのぅ」

「じゃが、お陰で孫娘はしばらくウイスキーの増産にかかりきりじゃ」


 面白くなさそうにそう告げるカイルの様子に長老の一人は怪訝そうに問う。


「そのように仕向けた本人がいうことではないのぅ」


 ドワーフを巻き込むにあたりドワーフにとっての付加価値メリット幼子フィスリールに集中させる。それが一番カイルの孫娘の将来にとってプラスに働くことであり、キーアイテムであるウイスキーは想定以上にドワーフに刺さり、これ以上ないほど上手く事が運んだはずだ。

 そんなカイルでも面白くないことが一つあったようだ。


はわし一人で十分じゃ」


 長老衆は一斉に噴き出しながらカイルが不機嫌なわけを知った。こやつ、訪問してきた老ドワーフを孫娘がお爺ちゃん呼びしたことが気にいらないようじゃ。ほんに呆れた奴じゃ。


「孫娘を持つエルフの祖父じじに付ける薬はないとは良く言ったもんじゃ」

「わしも長老呼びではなくお爺ちゃん呼びしてもらおうかの」

「ぶふっ! よせ、わしを笑い殺すつもりか」

「ドワーフに偏屈ジジイ呼ばわりされるのも無理ないわ」


 いずれにせよ問題なく事が進み、敢えて痛くもない腹を探らせるために、幼子に老ドワーフの饗応をさせたことで、こちらの裏表無しの誠意をしたことじゃろう。

 長老衆はそう結論付けて会合を閉じた。


 ◇


 ドワーフさんと協力関係を築いていけるなら、いつかは別の大陸にもいける船を建造できる日が来るかもしれない。そうしたらいよいよ、別の大陸の環境改善テラフォームや文明誘導の道筋が見えてくるわ。直近でやり残したことといえば、人間の国で魔獣のスタンピードが発生した時の対策くらいかしら。

 そう考えながら、来たる未来に向けて自身の鍛錬に精を出すフィスリールは、希望に胸を膨らませるのだった。

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