第1話 5頁

 三者面談を明日にまで控えてしまった夕方。弥生は、どうするか悩んでいた。担任には結局そのまま問題ないと思われているのだろう。何も言われなかった。

 弥生は、かなめに三者面談のプリントを渡した。かなめは、そこに書かれた文字を呟いた。


「三者面談?」


「座ってればいいから。余計な事言わないで。」


「行くのは、いいけど。ほんとに私でいいの?」


「他に行けるような人間がいないんだよ。」


 そうだ。こんな事、そもそもどうでもよかったんだから、誰だっていいじゃないか。むしろ他人である台所係の方が、1番都合がいい。と、弥生は思い至ったのだった。


「・・・わかった。」


「あと、この事は、誰にも言うなよ。」


「でも、弥生君の進路の話だし、保護者には」


「保護者って誰だよ。てか、“俺の”進路なんだから、親とか家族とか保護者とか、尚更関係ないだろ!」


「そんな事ないよ。だって、弥生君はどうやって今ここにいるの?生んでくれたお母さんがいて、育ててくれる家族がいて、」


 弥生はついにイライラをぶちまけた。


「あのさ、あんた何様なんだよ。突然来て、母さんの部屋使ってさ、他人に説教って意味がわからねえ。確かに家も生活の金も、全部あの人が出してるけどさ」


 かなめは黙って聞いている。


「育ててくれとか、養ってくれとか別に頼んでねーし。家の事をどうこうする権利は、全部あの人にあるのはわかってるけど、俺はあんたの事も気に食わないし、許してないんだよ!」


「それは、ごめん。そりゃそうだよ。」


 急に謝られても意味がわからない。


「はぁ?マジで何なんだよあんた。」


「誰がお金をとか、権利があるとかって前に、弥生君は天童家の家族なんだから、そう思って当然だよ。ごめんなさい。」


 かなめも、謝ったところで納得は得られないとわかってはいたが、弥生に知って欲しかった。


「でも、あのね?弥生君がお母さんを想う気持ちと同じように、皐月君にも想いがあるんだよ。」


 かなめは、ここに連れて来られたその時の事を思い出した。


「・・・あの人が、母さんに?」


 弥生は戸惑いの表情を浮かべる。


「うん。弥生君と同じく、亡くなったお母さんを凄く大切に想ってる。もちろん、弥生君の事も。」


「・・・そんなの、なんであんたがわかんだよ?家族でもないあんたが、なんで。」


 自分よりこの家の事を知ったような口振りをするかなめに、弥生は納得がいかなかった。一方のかなめは、そんな弥生が言わんとしている事もわかった上で、じっと見つめて言った。


「それは、弥生君が避けてるからだよ。天童家の家族や、皐月君を。」


 弥生は目を見開いた。

“俺が避けてる?”


「避けてるのは、あっちだろ。あの人は俺に興味がないんだよ。だから家に帰って来ても何も。」


 そう言って、はっとした。今までの自分を思い返す。すると、誰とも目を合わせようとしていなかった事に気が付いた。いつも。今も、目線は下ばかり見ていた。


 避けていたのは、俺の方。

 弥生は固まったままで、動揺していた。時計の秒針の音が大きく感じる。


「あ、夕飯の準備しなきゃ!よし、三者面談、了解だよ。大丈夫、余計な事は言わないよ!」


 かなめは、いつものように声を掛けて部屋を出た。

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