第23話 逃した魚は大きかった

 忙しくなったとはいえ、学校にはできる限り通っていた。

1日の授業が全て終わり、帰ろうとした時、スマホが振動した。


 画面を確認すると、そこには『一ノ瀬えまからメッセージが2件あります』と表示されていた。


「なんだ、えまか」


 以前の俺なら、えまからメッセージが来たというだけで喜んでいたことだろう。

思い返せば、俺はなんでえまのことを好きになったのだろうか。


 時は10年近く前まで遡ることになる。

えまとは、家が近所ということもあり、よく一緒に遊んでいた。


 当時のえまは純粋だった。

不意に見せる優しさ、笑った顔が大好きだった。


 きっと、えまのそういう所に惚れていたのだろう。

恋愛は惚れた方が負けとはよく言ったもんだと思う。


 しかし、えまは次第に変わっていった。


 時間が人を変えるというのは、必然なのかもしれない。

ただ、俺は幻想を抱いていた。


 “昔のえま“であって欲しいと。

その幻想はあっさりと裏切られた訳だ。


「あんたと私とじゃ釣り合わないでしょ」


 えまからこっぴどく振られたあの日、全てが終わった気がした。

しかし、今はそれでよかったのではないかと思っている。


 夏目莉央との出会いのきっかけを作ってくれたから。

多分、莉央が居なかったら、俺はここまで立ち直っては居なかったと思う。

元々、引きずるタイプだし、10年も片想いをした相手に振られたのだ。


「一応、確認はするか」


 俺はえまから送られてきたメッセージを開く。


『会って話したい。今日、あんたの家行っていい?』


 ただ、その二つのメッセージだけだった。


「今更何言ってんだよ。めんどくさ」


 しかし、ここで断ったらそれこそ何をされるか分かったもんじゃない。

俺の中でも、えまとの関係ははっきりさせておきたかった。


『少しだけなら』


 そう返信して俺はスマホをポケットに仕舞った。


「はぁ、憂鬱だなぁ」


 ゆっくりと家に帰る道を歩く。

今日はなんだか、いつもより足取りが重かった。


 家に帰って、しばらくするとインターホンがなった。

相手は、えまだろう。


 確認して、玄関の鍵を開ける。

そこには、取り繕ったような笑みを顔に貼り付けたえまが立って居た。


「諒、久しぶり」

「ああ」


 振られたあの日から俺とえまは自然と距離を置いていた。


「で、用件は何?」

「あの日はごめんね。私、ちゃんと話も聞いてあげなくて」

「別に」

「私、気が変わったの。諒と付き合ってあげてもいいなって」


 どうやったら、そんなに上から目線でものを言えるのだろうか。


「彼氏は?」

「あんなやつ、こっちから願い下げだったわ。私はやっぱり、諒じゃないと……」


 気持ち悪いくらい、綺麗な笑みを浮かべながら言った。


「ごめん。それは無理かな」

「え、今なんて……?」

「だから、無理。えまの気持ちにはもう応えられない」


 えまの表情が絶望へと変化して行く。

まさか、断られるとは思っていなかったのだろう。


「なんでよ! あんた、私のこと好きだったんじゃないの!?」

「ああ、好き“だった“よ」


 俺の中ではすでに過去形だ。


「この私と付き合えるのよ!?」

「うん、大丈夫」

「だからなんで?」

「一緒に同じ方向を向いて歩きたいと思える人に出会ったから」


 俺は莉央を頭に浮かべて言った。


「用が済んだなら帰ってくれ」

「…………」


 えまは何も言わずに俺の家を後にした。

その目には涙を溜めていたように見えた。

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