第38話 よくあるクソゲー

魔onの中の妙なアナウンス。


……それは、魔法人形オートマトン達からの宣戦布告であった。


ノヴェトも、いまいち状況を掴みきれない。

現時点で分かっているのは、事態がかなり逼迫ひっぱくしているということだけだ。


「どういうことだ……?魔法人形?神の鉄槌?一体何の話なんだ……?」


不安げなメルトナを見て、ミシュも少し苛立っている。


「姫様。ご心配には及びません。如何なることがあろうとも、私とスアリがこの身に代え、お守り致します故!……で、だ。オイ、ノヴェト、なんとかしろ。」


「……『この身に代える』云々はどこいったんだよ。いきなり他力本願だな。」


「どこにもいっておらんわ。我らのような初心者に、この時点で何かできると思うのか?まずは、熟練者たる貴様がなんとかすべきだろうが。……まぁ安心しろ、貴様の屍は無駄にはせん。」


「俺の犠牲は前提なのな……。」


だが、ノヴェトらの混乱とは違い、プレイヤーらは何か盛り上がってきていた。


「これきっとあれだぜ?こういうイベントなんじゃね?」


「やべぇ!盛り上がってきたーっ!!」


さっきとは打って変わって、ハイテンションになるプレイヤーたち。

魔王領の人々は、娯楽に飢えているのだ。

ハプニングだって楽しいのだろう。


いつの間にか、暴動ではなくお祭り騒ぎに変わり始めていた。

……そんな周囲の狂騒に、ノヴェトらは戸惑う。


スアリは辺りを見回す。


「……イベント、ということか。このゲームは、こういうビックリ演出をするんだな。さすがに少々悪趣味だぞ……?」


だが、アキラはうんざりした表情だ。

なにせ、初の大規模アップデートというイベントで、散々な目にあったのだ。

すでに疑心暗鬼なのだろう。


「また温泉じゃないでしょうね……?私、もう泳がないからね……?」


「ええ!?ま、またあんなの……。」


それはカゲチヨも同様だった。


「大丈夫よ。カゲチヨはおねーちゃんが守るからね?ギュッてしてあげるね?」


「むぐっ!アキラ、……金具が、金具が痛いですぅ……。」


だが、ノヴェトは納得していない。


「……どうだろうな。なんか変だぞ、これ。……アナウンスで魔法人形って言ってたよな。このゲーム、クラスに『人形使いパペッティア』はいるが、使役してるのは魔法人形オートマトンじゃないしな。」


スアリにも、その違和感があった。


「まぁ、そうだな。ゲームでは、オートマトンでなく、ドールって名称だな。魔王領の魔法人形とは区別するためなのか、何かの配慮なのかは知らんが。」


「あとは『魔王領全域』って言葉だな……。魔onは、現実世界の1分の1だからな。現状の異界化は3分の1の範囲。だが、残りの3分の2は、そもそも魔on側には実装すらされていないんだよ。……ってことは、やっぱこれ、イベント演出なのか?そういう設定ってこと?」


そして、再び鐘が鳴り響く。3回。

光の帯が出現し、瞬く虹となって、プレイヤー達の前を通り過ぎていく。


こうして再び、魔onのリアルタイム・アップデートが開始された。

そして、ざわめくプレイヤーを他所に、それはすぐに完了した。


「終わった……、のか?」


ノヴェトは周囲を見渡すが、特に変更はない。

ミシュもキョロキョロしている。


「これが名物のリアルタイム・アップデートというやつか?……だが、何も変わってないぞ?まぁ確かに綺麗ではあったが……。」


結局、変わったものは特に見当たらない。

それは他のプレイヤーらも同様だった。

プレイヤーの間に、ざわざわと動揺が広がっていく。


ただ、先刻まで封鎖されていた門が解放されていた。

プレイヤーらは、我先にと門の外へ出ていく。


ノヴェトはメニューから、アップデート履歴を確認する。


「バージョンは上がってるなぁ。しかし、よくわからん。とりあえず、一旦ログアウトして情報収集してくるかな。悪い、ちょっと30分ぐらいで戻るよ。」


「……それはいいが、我々はここでじっとしているのも何だし、テキトウに狩ってるぞ?」


ミシュは周囲の騒ぎには同調せず、あくまでもマイペースのようだ。


「ああ、やっててくれ。戻ってきたら、コールするよ。…………あれ?」


「なんだ?どうした?」


「いや……。」


ノヴェトはメニューからログアウトしようとした。だが……。


「ログアウトの文字が灰色になっとる……。」





ノヴェトは頭を抱えていた。カゲチヨは心配そうに見守る。


「ノヴェトさん……、大丈夫ですか?」


「俺が大丈夫というか、カゲチヨ、お前もなんだけどな。……ログアウトできないのは。さて、どうしたもんか……。」


今現在、ここにはカゲチヨとノヴェトしかいない。


そこにミシュらが戻ってきた。


「……オイ、戻ったぞ。」


「どうだった?」


「私たちは普通にログアウトできたぞ?姫様もスアリも、アキラもだ。向こうできちんと話をした。……あれか、バグとかいうやつか?このゲームの運営には、連絡したのか?これは相当に致命的な問題じゃないか?」


「しようとした。……だが、こっちも文字が灰色でな……。」


「そうか……。」


「どういうことなの?カゲチヨは現実に戻れないってこと?」


アキラは、カゲチヨをぎゅうぎゅうに抱きしめながら、口を尖らせる。


「アキラぁ……、金具ぅ……。」


「カゲチヨっていうか……、たぶん魔王領からログインしている奴らは全員かもな。他にも、ログアウトできないって騒いでる奴らがいたよ。本当に魔王領全域が異界化したのかもしれん。つまりは、俺の家や、魔王城ビルとか、全部が全部異界化してるんだろうな。ログアウト先も、ゲームの中じゃあな……。」


「どうやったら戻れるのよ。」


「……さぁ?」


「さぁって!いい加減ね!」


「……俺に言われてもなぁ。俺自身もこうなってるわけだし……。あ、そうだ、ミシュ。それで、ネットには何かあったか?」


「それがな、その……、あのアナウンスでテレビ・ネット・ラジオで流れてるって言ってたろ?テレビとラジオは分からんが、ネットの魔王onlineのサイトにはあったよ。……ただ、同じ文言しかなかったけどな。それ以外は特には……。」


「無かった?検索したのか?」


「したぞ?これでも最近、魔法パソコンの使い方を勉強したんだぞ!姫様なんて、お絵かきの才能が……。ま、まぁとりあえずそれは置いておいてだ。他には何もない。一切検索に引っかからなかった。」


「そうか、俺の想像通りだとしたら……。これ、すげーまずいかもな。……やべぇどうしよう、ははは。」


「どういうことだ?……オイ、ノヴェト。なぜ笑う。」


ミシュは理解できていない。

この状況もだが、なぜノヴェトが笑い出したのかも。


「だってもう、こんなの笑うしかねぇだろ。……魔onのプレイヤーなんて、殆ど魔王領の人たちだろ?お前らみたいな例外もいるけど。要するに、誰もネットに書き込めていないんだよ。……早い話、本当に誰もログアウトできてねぇのさ。」





そこは以前、魔王城ビルであった場所。


「ここを開けなさい!!……ああもう!!」


「おねーちゃん、やめときなよ。……疲れるだけだよ?」


それは魔族女性の双子、ジルダとジーナであった。


ジーナは冷たい床に寝そべっていた。

だが、ジルダは、固く閉ざされた扉をしきりに叩いている。

開く気配どころか、周りには誰の気配もない。

……そこは、石壁に囲まれた牢獄であった。


「くぅ!?現実なら、こんな壁、簡単にぶっ壊してやるのに……っ!?」


「無理無理。これもう、破壊不能オブジェクトでしょ?私らのこの、魔王軍のアバターの力でだって、どうやっても無理だよ。たぶん、魔王様でも無理。」


「無理って、ずっとここにいるわけにもいかないでしょ!?魔王城を乗っ取られたのですよ!?」


「魔王城って言ったって……。もう異界化されてるから、もうここはあのビルじゃないでしょ。前は、こんな石の牢獄なんて無かったんだし。その施錠にしたって、システムで守られてるから、鍵がないとどうやっても開かないよ。」


「そんなこと、言われなくたって分かってますよ……。でも……。」


「それにしても、一体どうやって魔王城ビルまで異界化できたんだろう?異界化って、媒体となる建物とか、そういうのいるんだよね?」


「ええ……、なんでも異世界同士の座標を固定するのに、両世界で共通のシンボルとなる媒体が必要らしいです。例の大規模アップデートの時は、魔宮がそれに相当するものだったらしいですが……。」


「ふぅん……。ならやっぱり、今回も何か媒体があるんだよね?じゃあそれ、ぶっ壊せば元に戻るってことか。」


「いえ、どうもそういう簡単な話じゃないようです。ロザリーの話では、魔宮消滅後、機能が冥界に移行したとか。今回も、破壊してすぐ戻るかは……。」


「はぁ、めんどくさいなぁ。……もうー、魔王様不在の時にこんなんなっちゃって……。はぁ……、いつになったら出られるやら……。ああ、カゲチヨきゅんは無事かなぁ?会いたいなぁ。」


「カゲチヨきゅん……。」


二人は、薄汚れた石壁を見つめた。

ヒタヒタと滴る結露の水が、わずかな光に反射する。

……彼女達の目には、それが煌々と輝くおケツを想像させていた。





ノヴェトは小さな声で叫ぶ。


「早く、こっちだ!」


「……なんだってこんな……。」


ミシュはブツブツと文句を言っているが、正直今はそれどころではない。

建物の陰に身を潜めるノヴェトら。

通りはすでに燦々たる状況であった。


「探しなさい!!まだ隠れているはずです!!」


その声の主は、見たことのあるプレイヤーだった。

いつぞやに街の外で見かけた大軍隊。

あの場にいたダークエルフの女だ。


彼女らはあの時ほどではないが、数十人で街へ侵入。

そして、その場にいた一般プレイヤーらを攻撃し始めたのだ。

一般プレイヤーらは抵抗する間もなく、縛り上げられてしまった。

そして、それでも抵抗する者は、その場で倒された。


ノヴェトらは、彼女達に見つからないようにゆっくりと移動を続けていた。


ミシュは、ノヴェトに吐き捨てるように言う。


「なんなんだ、あれは!?街中でどうしてこんな……っ!!街中は戦闘行為無効ではなかったのか!?」


「たぶん、例のアップデートやらで、その辺のルールが変わったのかもな。もう安全圏はないかもしれん。」


「……これはゲームなんだろ?死んでも復活するなら、全員でかかって倒した方がいいんじゃないか?」


「それなんだが……。捕らえてるってことは、それが目的なんだろう。でなければ、最初から殺すだろうしな。ただ……。」


「ただ、なんだ?勿体つけるな。」


「死んだら復活するってのも、結局ルールなんだよ。そこも変わって、死んでも復活しなくなってたら……?」


「なにを……?オマエら、今ログアウトできないんだろ?それじゃあオマエらには、ここも現実と変わらないじゃないか。」


「そうなるな……。」


「そうなるな、って冷静に分析している場合か。」


「だから、こうして隠れてんだろうが。……まぁ復活ルールが変わってないにしても、今は様子見だ。もしも復活するなら、神殿で蘇生した瞬間捕縛するんじゃないか?少なくとも俺ならそうするよ。」


「……待て。動くな。」


スアリは全員を止める。

口論をしていたノヴェトとミシュも口をつぐむ。


物陰から見ていると、一般プレイヤーの集団が見えた。

彼らは、攻め入ったダークエルフらの部隊の前に立ちはだかっていた。

ダークエルフらの部隊は、街中に散っている。

今そこには、ダークエルフ女性の3人だけがいた。


それに対し、プレイヤーらは14人。

彼らは意を決して、戦う選択をしたようだ。


「好き勝手にやってくれたな。ちょっと、不意をつかれただけだ。……俺たちは元々PvP専門でやってんだ。この手の戦闘で、舐められたらお終いよ。」


PvPプレイヤーらは、次々と武器を抜く。

だが、ダークエルフの女たちには、何の焦りも見えない。

彼女達は3人で、淡々と会話を始めた。


「多勢に無勢……、と言いたいところですが、その人数なら勝てると思ったのですか?愚か者どもめ。」


「……所詮はニート共。部屋に引きこもって、我ら魔法人形に餌付けされているだけの家畜。……いや、役に立たないから、家畜以下ですかね。」


「まぁ良いではないですか。……少し遊んでやっても?」


「構いませんが……。早く終わらせるのです。こんなところに時間をかける暇はありませんよ。」


「すぐに終わりますよ。……下がっていてください。」


そう言って、進み出た一人のダークエルフ女性。


「さぁ、かかってきなさい、ニート共。私一人で十分です。」


「ああん!?舐めてんのか!!」


苛立つPvPプレイヤー。


「ああ、そうでした。多勢に無勢でしたね。では、バランスをとりましょう。あなたたちは……、14人で平均レベル52……。こちらは、レベル70もあれば十分でしょうか?」


「……は?」


「見ていなさい、ニート共よ。この世界では、我らこそが神なのです。レベル連動システム起動。……連続レベルアップ。」


ダークエルフがそう言った途端、彼女の周囲でけたたましい音が鳴り響いた。


……それはレベルアップ音。


レベルアップ時に、誰もが耳にするファンファーレだ。

本来は、レベルアップを祝福するためのもので、曲自体はとても短い。

ある程度のレベルになれば、必要な経験値も膨大となる。

だから、これを聴く瞬間こそ、その苦労が報われると言っても良い。


だが、その音は途切れることなく、何度も鳴り続けた。

異様な光景だった。


「オ、オイ……?」


動揺するPvPプレイヤー。

やかましく何度も鳴り続けるファンファーレ。

さすがにPvPプレイヤーらの顔が青ざめていく。


そして、ようやっとファンファーレが終わる。

ゆっくりと前に歩き出すダークエルフ女性。

彼女は初めて感情らしいものを見せた。

うっすらと口角が上がったのだ。


「プレイヤーのレベルに合わせて、敵のレベルが連動するゲームって、クソゲーだと思いませんか?だって、あなた達は絶対に、私たち魔法人形に勝てないってことですから。……絶対に。」


「うああああああああ!!」


ダークエルフ女性に、一斉に襲い掛かるPvPプレイヤーら。


彼女は軽装鎧で、武器も持っていない。

だが、ダークエルフ女性は一切のガードもせずに、それを生身で受け止める。

……残念ながら、大したダメージは入っていないようだ。


「もう少し頑張って下さいよ?……これでは、暇つぶしにもならないじゃないですか。」


PvPプレイヤーらは重装鎧や、大きな武器を持ったアタッカーもいるのだ。

それが、軽装備の相手にまともにダメージを入られない。

この膨大なレベル差は、PvPプレイヤーらに酷な現実を突きつけていた。


「くそっ!!こんなの、どうしようもないじゃねぇーか!!」


PvPプレイヤーは、ばたばたと見苦しく逃げ出していく。


「所詮は、徒党を組まないと何もできない無能共。これが神の鉄槌ですよ。」


ダークエルフ女性はそう言うと、メニューを操作し、大弓を取り出した。

そして、その大弓から、光線のように幾重もの矢が放たれる。


結局、逃げ出したPvPプレイヤーらは、全員そこで死亡してしまった。


「……終わりましたか。レベル、戻しておきなさいね。」


「ええ……。」


「結局全員殺しましたか。神殿の方に、多めに配置しておいて正解でしたね。」


「私のせいじゃありませんよ?向かってきたのは、彼らなんですから。」


「大事にして下さい。あのような無能共でも、彼らは貴重な労働力なのです。我々と違って、生産には手間がかかる劣等種ですし……。」





ノヴェトらは、物陰からその一部始終を見ていた。


「……無理じゃん。」


「無理だな。」


さすがのミシュも同意見だった。


「はわわわわ……。」


カゲチヨも動揺していた。


「なんなのよあれ、反則じゃないのよ!?」


アキラも珍しく動揺しており、カゲチヨをぎゅうぎゅうに抱きしめていた。

そのせいでカゲチヨの顔には、アキラの鎧の金具の跡がくっきりと残っていた。


ノヴェトは考える。


「こうなるとあとは、まっちゃんを探して……。いや、それでどうかなりそうな気がせんな。とりあえず、オマエらは一旦戻ったほうがいいんじゃないか?」


「たしかに私たちは、ログアウトできるが……。」


ミシュはメルトナに視線を移す。

メルトナが拳をギュッと握って何か頑張ろうとしているのは伝わってくる。

……彼女が、役に立つかは置いておいて。


「……いや、私らも付き合おう。魔王領がこうなってしまっては、女神領にも何らかの影響は出るだろうしな。」


小声で話すノヴェトとミシュの間に、アキラはズイッと顔を押し込む。


「私はどっちにしろ残るわよ。カゲチヨを置いていくなんて、おねーちゃんとしてあり得ないんだから!!」


「アキラ……。」


カゲチヨは、未だ金具の跡が残る顔で、頼もしいアキラを見つめた。

思わずアキラは、カゲチヨをギュッと抱きしめる。


「アキラぁ……、だか……、ら……、金ぎゅぅぅ……っ。」


ノヴェトは少し考え、当面の目標を導き出す。


「差し当たっては、まっちゃんや魔王軍の幹部を探そうか。……彼らも状況を把握してるかは五分五分だが……。」


「ねぇ、冥界には行けないのかな?」


アキラは、思いついた疑問を口にした。


「冥界?」


「あんなやつら、シュノリンおばあちゃんならボコボコにできるんじゃないの?」


「なるほどな……。あ、でもあの破壊神はこっち来てたよなぁ……。よし、当面の目標は、魔王、及び魔王軍幹部、そしてシュノリンばあちゃんの捜索だ。」


アキラにギュウギュウにされるカゲチヨの頭を、ノヴェトはポンと撫でる。

……そして、ニヤッと笑った。


「あのばあちゃん、扱いむずいかもしれんが……。破壊光線なら、この状況をなんとかできるかもしれん。」

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