第12話 壊れた人形
「ウオオオオオオオオオオン!!!」
荒れ狂ったように兵士に拳を打ち付けるオーガ。
ここは、女神神殿内部の大広間。
円形状の大部屋で、集会などで使用される場所だ。
女神神殿の兵の、大半を収容できるほどに大きい。
だが、今はひどく窮屈に感じる。
なぜなら、大勢の兵士が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っているからだ。
その上、暴れ狂う全長3mほどのオーガ。
しかも同じようなサイズのゴーレムまでいる。
二つの大扉は、両方とも壁ごと派手に壊されてしまった。
ここにあるのは、もはや混沌だけだった。
「オイ、オイ!……どうすんだこれ!!?」
「ま、まずいでござるよー!?さすがにこの数を相手になんて……っ!?」
女勇者ノヴェトと女魔王は、その兵の数に圧倒されていた。
だが、幸運なことに彼女らを包囲し、討ち取ろうという兵士は誰もいない。
彼らは彼らでオーガから逃げるのに必死で、もうそれどころではなかったのだ。
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
ノヴェトは、その様子を呆然と見てつぶやく。
「すげぇな……。女神兵団のモグラ叩きだな。」
「たしかにすごいでござるな。」
「あの様子じゃ、もう兵士を何人殺したことか……。」
「へっ!?そ、そうでござるな。いっぱい死んでおるでござろうな。それはそれでまずいでござるが。恨みを買って、また戦争だなんて。拙者たちは望んでおらんでござるよ。」
「兵士たちには悪いが、あのBBAを崇めてる以上、遅かれ早かれこうなったさ。結局、アイツは調和なんて求めてないからな。ただの侵略者さ。そもそも魔王領があれだけ大きくなったのだって、元をただせば、女神派が他種族を迫害してたのが原因だろ?」
「そうなのでござるが……。って、ああ!そんなこと言ってる間に、兵がひとり捕まったでござるよ!!ど、どうするでござる!!潰すでござるか!?」
「食べる……、とか?」
「グ、グロいでござるよ!!」
オーガは、捕まえた兵士の鎧を
それはもうまるで、幼児がお人形遊びをしているかのようだった。
次々と衣服を
脱がせにくいものは、そのまま引きちぎってしまう。
あれよあれよという間に、兵士は全裸になった。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!」
泣き叫ぶ兵士。
「おお……、大の大人が本気で泣いてるぞ……。剥いたってことは、ほらやっぱり食うんじゃ?……エビみたいに。」
全裸の兵士をじっくりと眺めるオーガ。
ひっくり返して、裏側も入念に確認する。
「な、なんでござる?……どこから食べるか、確認してるのでござるか?」
だが、次の瞬間。
「……フッ。」
鼻で笑うオーガ。
そして、全裸の兵士を、まるで飽きたおもちゃにポイっと捨てた。
よく見ると、壁の端には全裸に
彼らはもう恐怖のあまり、戦意喪失している。
「ど、どうやら、殺してはいないようでござるね。ま、まぁ戦争になるかもしれんでござるから、きっと彼も加減はきちんと考えておるのでござろうな。……ってうわああああ!!こっち来たでござるよおおお!!!」
ノヴェトと女魔王はなんとかオーガの手を避けた。
もう少し遅かったら、完全に捕まっていた。
「
「そのようでござるね……。ビックリでござるよ……。」
「なんかもう他人事じゃん……。どうすんのこれ……。」
「おそらく、兵士たちを剥いているうちに、楽しくてテンションアゲアゲなんでござるよ!これはもう、拙者には止められんでござるっ!!」
「い、いやだぞ!俺、今、女の身体なんだからな!!結構洒落にならんぞ!!男でも嫌だけど!!」
「そうでござるな。こうなったらもう、この混乱に乗じて逃げるでござるよ!」
「いやでも、俺は……。ダメだ、今日こそこの神殿を……。」
「遺恨なんて、また今度でもいいでござるよ!それはカゲチヨ殿よりも大事なことでござるか?冷静になるでござるよ?それとももう1発殴った方が良いでござるか?このままここにいたら、全員ひん剥かれるでござるよっ!!?」
「わ、分かったよ。じゃぁ、さっさと撤収するか。……カゲチヨ!」
ノヴェトはカゲチヨを呼ぶ。目があった。
手を伸ばすノヴェト。
だが、その二人の間を何か大きなものが通り過ぎる。
……ゴーレムだった。
そして激しい音。
それはオーガとゴーレムがぶつかり合う音だ。
鋼のような筋肉と、金属の鎧がかち合う。
「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」」
下腹部から揺さぶってくるようなオーガの雄叫び。
そして、暴風を巻き起こすゴーレムの風切り音。
両者の轟音が、大きな部屋の空間を満たし、その場のすべての者を飲み込む。
オーガはゴーレムの顔を掴み、腕力でねじ伏せようとする。
だが、ゴーレムもその腕を掴み返し、両者は互いの手を掴んだ。
そして次第に、腕力勝負の様相となっていく。
彼らは床を踏み荒らし、互いの力を誇示するように一進一退を繰り返す。
両者の力は拮抗していた。
だが、そのおかげで、場の混乱は一気に収束してしまった。
「オ、オイ。侵入者?……し、侵入者だっ!!」
まるで今初めて気が付いたかのように、兵士たちが叫び出す。
そのままノヴェトたちは、大勢の兵士たちに取り囲まれてしまった。
「ま、まずいでござる……。囲まれてしまったでござるよ……っ!?」
「くっ……、クソ!!」
ノヴェトと女魔王、エミリーとカゲチヨ。
そして、コジロウ。
「はわわわわわわわわ……。」
「カゲチヨ様、私の影に!」
「……ふむ。まいったねこれは。」
全員、部屋を埋め尽くすほどの、大勢の兵士たちに囲まれてしまった。
*
兵士に埋め尽くされる大部屋。もはやノヴェトたちに打つ手はない。
……と、その時、兵士の中から声が。
「ま、まずいぞ!今度は裏庭の方に!!敵だ!!みんなこっちだ!!」
「……オイ、オマエ。ちょっと待て。」
「へ!?ほ、ほら、早く……っ!!」
その兵士は、他の兵士に取り押さえられた。
「なっ!?何をするんだ!?」
「オマエ、覚えているぞ。さっき、勝手に誘導してたやつだな。見たことないな、誰だ?オマエ、スパイだな?」
「……くっ、違うッス!!」
「なら、俺の名前を言ってみろ。」
「え?な、名前!?あー、えっと……、あ、そう!あーいやー、ちょっとド忘れしてしまって……。まいったなー、あははははっ!!」
「貴様がつけているその腕章は、第二警護隊。おかしいなぁ?俺は第二警護隊の隊長なんだがな?……それでも忘れたと?」
「あはははははっ!!!…………面目ない。」
そのまま、その兵士は捕らえられてしまった。
後ろ手に縛られる兵士。
「……すみませんッス、ノヴェトさん。失敗しちゃったッス。」
「ああん!?……オマエ、リンリンか。見た目違うから分からんぞ。まったくタイミング考えろよ、失敗するの当たり前だろうが……。」
「なんとか……、状況を変えたくて……。」
「ったく、しょうがねぇやつだな……。けど、よくやったよ、オマエ。」
第二警護隊の隊長はリンリンを足蹴にし、ノヴェトに向かって言い放つ。
「ははは、
奥から、姫の従者剣士ミシュが歩いてきた。
「ふん、ようやっと収まったか。まったくこれだから男は使えない。」
その後には、メルトナ姫と従者の傀儡士スアリもいる。
メルトナ姫はハンカチから顔を上げているが、顔は涙でくしゃくしゃだった。
「ハッ!申し訳ございません、騎士長殿。」
「まぁいい。ノヴェト、この絶体絶命の状況。オマエももう終わりだ。だが、オマエだけは助けてやってもいいんだぞ?今までのことを、姫様に一切合切謝罪しろ。誠心誠意だ。そして、大人しく姫様の
「ああ、そうですね、って、なるかっ!オマエ、今までの話聞いてたっ!?」
「……ま、待つでござるよ!!勇者氏、ここは穏便に……。」
「穏便つったって、助かるの俺だけみたいだぞ?まっちゃんらが助からないんじゃ……。」
「それでござる!えっと……、ミシュ殿とおっしゃったか……。」
「なんだ!?魔王の分際で話しかけるな!
「まぁまぁ、勇者氏はこういう性格でござるから……。どうでござろう?全員助ける代わりに、勇者氏がお婿さんになる、というのは。」
「なっ!?……ちょ、俺だけなんか損してない、それっ!?」
「損!?こんな可愛らしいお姫様と結ばれて、損!?……これはこれはまた異な事を……。」
「ほう、魔王よ。
女魔王とミシュが可愛い可愛いと言う度に、メルトナ姫はハンカチからそっと覗き、一瞬だけ身体をビクッとさせる。
「そうでござるなぁ。きっと見目麗しき姫様と、勇者氏の婚礼。これはおそらく……、一枚の絵画のように、それはそれは荘厳な景色になるでござるよ。」
「……お、おお?……なんだ
姫はハンカチの奥から覗き込むように、ミシュを見た。
だが、頷いたりはせずに目を泳がせる。
「……だそうだ。お許しが出たぞ?ノヴェト、其方が条件を飲めば、全てが丸く収まると言うわけだ。……良かったな!!」
「……良くねぇよ!!」
ミシュの言葉に、すかさずツッコむノヴェト。
「……良かったでござるな!!」
女魔王もにっこり。
「いや、だから良くないって!!ちょ、なんで勝手に話まとめる方向になってんのこれ!?なに?まっちゃん、
「拙者はずっと勇者氏のことを心配してたでござるよ。このままセクハラしか楽しみのないオッサンになっていくのかと……。」
「ほっとけ!!余計なお世話だよ!!」
「そういうところだぞ!ノヴェト。毎日、こんな可愛らしい姫様を見られるなんて、其方は果報者だぞ?」
ノヴェトはメルトナ姫をじっと見つめた。
一瞬目が合うも、すぐに逸らす姫。
「まぁまぁ勇者氏、ここはとりあえず、これで……。」
そう、これは女魔王の作戦だった。
どんな約束事があろうとも、とりあえずこの場を回避できればいい。
あとでどうとでもなるのだ。
だから、今は形だけでもそれっぽく振る舞えばいい。
女魔王はそれを知らせる合図として、ノヴェトに向かって頷いてみせる。
そして、誰にも聞こえないように、口をぱくぱくとさせる。
『今だけ今だけ』と。
だが……。
「い、嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!あーーーーーーーーーーーー!!!」
子供のように駄々をこね出したノヴェト。
「ちょ、勇者氏!」
「いやだああああああ!!俺はおっぱいちゃんがいいんだああああああああ!!」
「ちょ!ダ、ダメ!!だからそれを言っちゃダメでござるからーっ!!」
「き……、貴様!!!まだ言うか!!!」
激昂するミシュ。
「だから言ってんだろうが!!興味無ぇって!!」
「分からないだろうが!!姫様はまだ成長しておられるのだ!!これからいっぱい牛乳を飲めば!!」
「それで、貧乳が治るのか?」
「な、治る……?」
ポカーンとしたミシュ。
その後ろで、姫はもう固まっている。
そして、それを支えるスアリ。
「治るとか治らないとか、貴様!!無礼だぞ!!あと、貧乳って言うな!!姫様のは
そのまま、気を失う姫。姫の全体重を支えるスアリ。
「ああ!!姫様!!」
「き……、貴様ぁあああ!!なんてことを!!!!!!」
さらに激昂するミシュ。
「いや、最後のはオマエが悪いじゃん……。」
ちょっと引いてるノヴェト。
「……勇者氏、勇者氏。」
小声で話しかけてくる女魔王。
「……貧乳は正義でござるよ?」
「まっちゃんの趣向は特殊なんだよ……。」
「特殊では無いでござるよ。ちゃんと大衆ウケするジャンルでござる。」
ノヴェトと女魔王が何やら言い合ってると、ミシュとスアリが叫び出した。
「ええーい!ごちゃごちゃと!!やはり、貴様は八つ裂きにされるべきだ!!!もう許さんぞ!!!……スアリ!!」
「おおう!!……って、ゴメン、ゴーレム動かせない。」
ゴーレムは今、オーガと接戦を繰り広げている最中だ。
「くっ……!ならば!!者どもかかれ!!全員、捕縛しろ!!!」
「「ハッ!!」」
兵士たちは完全に臨戦体制となった。
「これはもうやるしかないでござるな。手荒なことは、なるべくしたくなかったのでござるが……。」
「はっ!!最初から、全員ぶちのめせば良かったんだよ!!こっちの方が分かりやすいぜ!!」
女魔王とノヴェトは、拳に力を込めた。
*
ノヴェトは、拳に金属製のグローブを嵌める。
グッと握り込み、感触を確かめる。
「……さて。」
兵士たちが切り込んでくる。
ノヴェトは剣を避け、剣が宙を切る。
「勇者氏!分かっているでござるね!?」
「……分かってるよ。殺すなってのは、あちらさんにも言っておいてくれよ。なんせ、あっちは殺る気マンマンだぜ?」
ノヴェトは、兵士の剣を素手でいなす。
そのまま相手の姿勢を崩し、腹めがけて右の拳を放つ。
その一撃は、兵士の身体を浮き上がらせた。
「うぐっ!!」
その右が入った場所、寸分違わぬ場所に再び右の一撃が連続で入る。
「うらあああ!!」
そのまま吹き飛ぶ兵士。
「……す、すごいです!!」
カゲチヨはエミリーに守られながら、ノヴェトの動きを見ていた。
ノヴェトは再び構える。
左手を前に構え、右手で顎を守るようなポーズ。
彼女は拳を使う、生粋の『
「懐かしいでござるね……。それで拙者、何度吐いたかと……。」
「心配しなくても、手加減はしてるぜ?こいつらの身体は、まっちゃんみたいに丈夫じゃねぇからな。」
「ふふふ、では拙者も、少し本気を見せるでござるよ。」
女魔王は、急にしゃがむ。
そのせいで兵士たちは、女魔王を見失ってしまう。
その瞬間、女魔王の高速足払いで、全員が足元を
そして、更にそこから逆立ちしての回し蹴り。
空中に浮き上がった兵士たちは、避けることもできずに吹き飛ばされた。
女魔王は、脚を使う『
両手は浅く構え、足はいつでも動き出せるように。
軽やかにステップを踏んでいる。
「ははは!……相変わらず足癖悪いな、まっちゃんは。」
「どんどんいくでござるよ!!」
女魔王とノヴェトは互いに背を預け、兵士の包囲を難なく攻略していく。
「すごいです!!初代勇者さんも!!魔王さんも!!」
「はい!!……ですが、こちらは少々厳しいです。くっ……!!」
「エミリーちゃん!!悪いね、カゲチヨの護衛させてしまって。」
「いえ、ノヴェト様。これは私の最重要任務ですから。」
「エミリーちゃんは1対1の方が向いてるんだし、護衛は俺がやった方が……。」
「それは私の仕事なので!!お気遣いなく!!」
「……ああ、そう。」
だが、とにかく兵の数が多い。
このままではジリ貧になることは目に見えていた。
……とその時。
「ノヴェト様!!」
「なっ!?」
ノヴェトたちが戦っていた場所に、オーガが倒れ込んできたのだ。
体長3mもの巨体では、逃げる場所も限られる。
ノヴェトたちはそれをなんとか避ける。
だが、エミリーはカゲチヨを庇うために、一瞬だけ遅れてしまった。
オーガの身体に少し触れ、吹き飛ばされる。
「エミリーちゃん!!」
叫ぶノヴェト。
「あら?チャンスじゃない!?……カゲチヨくん、いただき!!!」
エミリーから離れてしまい、カゲチヨは現在一人。
傀儡士スアリはその隙を見逃さなかった。
ゴーレムの手が伸びていき、カゲチヨを捉える。
だが……。
「カゲチヨ様!!!」
カゲチヨを庇い、突き飛ばすエミリー。
だが、彼女の片足は既に破損していて、すでに本来の機動力はない。
「出来損ないの
スアリがそう言うと、ゴーレムは掌の甲で、エミリーを薙ぎ払う。
エミリーはその勢いのまま、壁に叩きつけられた。
エミリーの身体は、バラバラになった。
首や胴、そして手足。
それらが、可動部位から千切れるように、分断されてしまった。
細かい破片が飛び散る。
彼女であったパーツの一つ一つは、ヒビが入り、完全に破損してしまった。
そして、エミリーの首は床に落ちる。
ヒビ割れた彼女の綺麗な顔は、
その光景は、カゲチヨの目に色濃く鮮明に映ってしまう。
「……ああ、ああああ!!ああああああ!!!エミリーさあん!!エミリーさああああああああん!!!!」
泣き叫ぶカゲチヨ。
「あら?ごめんなさい。貴方のお人形、壊しちゃったわね。」
スアリは悪びれる様子もなく、そう告げる。
「クソッ!!」
ノヴェトは、カゲチヨに向かって走り出す。
「だから、邪魔だって言ってるじゃない!?」
スアリは、またもゴーレムに命じる。
ゴーレムの裏拳が、今度はノヴェトを捉えた。
そのまま壁に向かって、一直線に吹き飛ばされるノヴェト。
壁に激突し、破片が散る。
そして、そのまま力なく床へ落下した。
「ああああ、あああああああっ!!」
カゲチヨは叫ぶ。泣いて叫ぶ。
ゴーレムの一撃は、エミリーを粉砕したのだ。
いくら丈夫なノヴェトと言えど、無事では済まない。
しかも二人とも、自分が脚を引っ張ったことでそうなった。
だが、今のカゲチヨにはどうすることもできなかった。
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