第16話 さようなら

廊下を歩いていた父親モドキは、その場で突然倒れ込み、絶叫しながら黒い影に包まれていく。


「グワァァァァぁぁぁぁぁッ!」


叫び声を聞いた兵士達が慌てて父親モドキのもとに駆けつける。


「「「閣下ッ!!」」」


その場に残ったレイドックが声をあげる。


「シーラお嬢様ッ!何をしたのですかッ?」


…気持ちが悪い。…


「モドキを助けたかったら、代理人であるお前が契約を履行する方向に修正しなさい。まだ、ペナルティが課せ終わってないから、今なら間に合う可能性がある。」


レイドックは、怒りで体を震わせる。


「…どうすればよろしいのですか?」


…これが軍師?やはり、この家はダメだ。…


「とりあえず、速やかにこの家に所属する者全員に約束の内容を通達して、従わない者には反逆者として厳しく処罰した方がいい。後は自分で考えて。」


真っ赤にしていた顔を青くしたレイドックは、力なく頷く。


「…かしこまりました。」


レイドックが指示を出そうと動き出した時に、ヒールの足音が響く。


コツッ!コツッ!コツッ!―


侍女を数名連れてやってきた母親モドキが部屋に入ってきた。


「これはどういうことなの?」


…今度は、母親モドキか…。…


即座に返答を得られなかった母親モドキは大声で怒鳴る。


「もういいわッ!レイドックッ!あなたが答えなさいッ!」


レイドックは額に吹き出した汗を拭きながら答える。


「…ジーク様がシーラお嬢様を捕縛しようと部屋に乗り込んだところ、返り討ちに合いました。」


母親モドキの顔が青ざめた。


「父親になんてことをッ!」


…本当に気持ちが悪い。…


「じゃあ、私はここを出ていく。それでは、さようなら。」


私が部屋を出ていこうとすると、母親モドキが両手を広げて行く手を阻もうとする。


「私の話を聞きなさいッ!!」


…煩い。…


左手を前に出して、魔法陣を展開する。


「もうこの家には何の用もない。」


闇魔法

―神隠之衣―


闇魔法で姿を完全に消して母親モドキの脇をすり抜ける。


「す、姿だけじゃなく、音も気配も完全に隠蔽したッ!?新たな体系の魔法…。規格外という話は聞いているけど、報告を遥かに越えているわッ!…クッ!こうなったらッ!」


母親モドキが両手で魔法陣を複数展開する。


水魔法

―アクアニードル×24―


シュッ―シュッ―…―

シュッ―シュッ―…―

シュッ―シュッ―


母親モドキの周囲に張り巡らされた24個の魔法陣から水の針が生み出され、全方位に向けて高速で放たれ続ける。


…無差別の範囲攻撃。…


グサッ…グサッ…―


…痛ッ。身体強化のオーラを貫通した。…


「「「うわぁぁぁぁぁぁ―

「「「ギャッ!…グワッ!……―


急所をガードしながら周りを見渡すと、部屋に残っていたレイドックや数人の兵士・侍女達が血を流して蹲っていた。


…一切躊躇することなく、味方を巻き込んだ攻撃を仕掛けてきた。…


母親モドキは、こちらに目を向けると右手で魔法陣を展開する。


「そこね。見つけたわ。耐性スキルがあるから、手加減いらないわよね。」


水魔法

―ハイドロ・プレッシャー―


物凄い勢いの瀑布がこちらに向かって放出された。


…さっきよりも殺傷能力の強い魔法。回避すると後ろにいる兵士の数人は圧死する。…甘くみていた。コイツは目的のためなら平気で他人を傷つけられる人間。…


左手で魔法陣を展開する。


闇魔法

―般若深鏡―


目の前に漆黒の鏡を発生させると、瀑布は鏡に沈み込むように吸収されていく。


「罣礙なきが故に、恐怖あることなし。」


鏡が水流を吸収し尽くすと、反射するかのように黒く染め上げられた瀑布が放出される。


「…ッ!反射されたッ?それならぁぁッ!」


水魔法

―アクア・トライ・ウォール―


母親モドキは、自分の前方に鋭い三角柱の水壁を造り出した。


…壁を鋭い二等辺三角の形にして威力を分散させるつもりか。…


漆黒の瀑布は、水壁に触れた瞬間、同化するかのように水壁と混ざり合っていく。


「ど、どういうことなの?私の水壁がッ!」


漆黒の瀑布は、水壁を覆いつくし、蛇のように渦巻いていく。


「さようなら。」


そう言って、闇魔法で姿を隠したまま身体強化を全開にして駆け出すと、頭の中に声が響いた。


『シーラの実家っていうから、どんなとこかと思ったけど、とんでもない魔宮だったな。あぁ、鑑定のスクロールは処分しておいたから安心しな。』


…隷属から解放されて、家族からも解放される。…


「ありがとう。これからは、自分に必要なものを自分で選んで生活する。」

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