第14話 嘘つき

部屋に戻った私は邪魔が入らないように扉に鍵をかけて、空間魔法で固定した。


…さて、次は、拝借してきた食事と食器を並べて…。…


ビーフシチューとパンを皿に盛り付けて夕食をとり始めた。


“パクッ…―


…ッ!―…


目から涙がこぼれた。


…とんでもなく美味しい…。肉は丁寧に下処理がされていて、旨味が逃げることなく凝縮されている。煮込み時間や火加減を具材ごとに計算しながら、素材本来の良さを最大限に引き出している。煮込む前に炒める工程もしっかりされていて、一切の手抜きがない。…


ビーフシチューをゆっくり味わった後、バターロールのようなパンに手を伸ばす。


“サクッ―


…バターロールの見た目だが、クロワッサンのような食感。上質なバターをふんだんに使用し、ビーフシチューとの相性も考えて塩気が調整されている。…


………

……


…流石、この国屈指の大貴族の夕食。ビーフシチューとパンだけではなく、前菜やデザートもクオリティが高かった。魔法や体術よりも、料理の勉強の方が優先度が高いかもしれない。…


“―***''''/~


夕食を堪能し終えると、部屋の入口に騒がしい気配を感じた。


空間魔法で様子をみると、扉の前に黒いローブを着た人間を先頭に複数人の兵士が強行突入する準備をしていた。


…目的は後ろにいる父親モドキが手に持っている物をみれば一目瞭然か。…


兵士達の後ろで腕を組んで立っている父親モドキの手には、“隷属の首輪”が握られていた。


…完全にアウト。しかも、あの首輪は農場で着けさせれていたものに酷似している。“隷属の首輪”は、製作者によって形状や機構が違う。製作者は国や力のある貴族によって厳重に管理されている筈だから、私が着けていた“隷属の首輪”はマクスウェル家で管理していり製作者が作った可能性が高い。この家に着いたときからの仕打ちといい、今までの心を踏みにじってきた出来事の由来は全てこの家にあると、今、“私は判断した”。…


“ジャラ―


魔装

―”簒奪之怨鎖”―

―”吸命之怨鎖”―


執事モドキ(セボン)とスキンヘッド(カイル)を繋いでいる鎖を顕現させる。


「―“来い”―」


鎖を手繰り寄せると、鎖に繋がれたセボンとカイルが空間の歪みから床を這いずりながら現れる。


「「はぁ…はぁ…はぁ…。な、何が起こって…。…ッッ!!!」」


セボンとカイルは私の姿を発見すると、共に驚愕の表情を浮かべた。


「“セボン。ここから一番遠いマーキングポイントに向けて転移門を造り、いつでも転移できる状態にしておけ。”」


セボンは思い詰めた表情で頷くと、魔法陣を展開し転移門を開き始めた。


「セボンッ!コイツは、お嬢の皮を被った悪魔…うギャァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


…煩い。…


私は、カイルの鎖に魔力を流し命令する。


「“カイル。お前は、この転移門が消えるまでここを死守しろ。誰一人通すな。”」


頑なに”命令”に抵抗するカイルが、ペナルティにより床をのたうち回る。


「うギャァァァぁぁぁッ!…だ、誰が悪魔の言うことなんか…うギャァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


…コイツとは話がかみ合わない。…


「そう。面倒だから、自我は壊させてもらう。手加減はしない。」


流す魔力を増やすとカイル。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!…きく。きくッ!言うことをきくから、止めてくれぇぇぇぇぇッ!」


“ドカンッ!―


…扉が破壊された?外にいた兵士が、力業で無理やり壊した?…


扉が破壊され、兵士達がなだれ込んできた。


…転移門に同調するのにあと少し時間が必要。…


遅れてやってきた父親モドキが、鋭い眼光を向けてくる。


「セボンとカイルは、ここで何をしているのだ?」


セボンとカイルは俯いたまま無言で戦闘姿勢をとる。


「「………。」」


父親モドキは一瞬目を見開く。


「マクスウェル家の忠臣のお前達がいったいどうしたというのだ?」


…時間稼ぎのために少し話しかけるか。…


「いきなり何用ですか?その手に持っている物は、もしかして“隷属の首輪”ですか?その首輪は、私が農場で着けていたものと同じタイプですよね?『また』私を隷属させて言うことを聞かせるおつもりですか?」


父親モドキは私と目が合うと、ばつが悪そうに目を背ける。


「…………。」


…コイツは何か隠している。…


「沈黙は肯定と捉える。…私は、今この時をもって、マクスウェルと決別する。」


―…、…、…、…、―


静まり返る空気の中、顔色が悪くなった父親モドキが声を絞り出す。


「だ、駄目だッ!お前はシーラ・マクスウェルなのだッ!」


…親の責務も果たさない奴が何を言う。…


「父親モドキが何を言おうとも関係ない。私は名前を捨て、今すぐここを出る。追ってくるのであれば、容赦はしない。」


転移門に手をかざして魔力を同調させると、自分の体に空間魔力に纏わせる。


「て、転移門ッ!?ま、待てッ!待ってくれぇぇぇッ!シーラッ!お前はァァ…」


氷魔法

―“フリージング・テリトリー”―


“パキッ―


フルプレートを着た女兵士により空間魔法が妨害される。


「オオッ!良くやったぞッ!クリスッ!!」


…気持ちが悪い。…


「クリス。結論が出た。マクスウェル家は私にとってふさわしくない。だから、『約束通り』脱出に力を貸して。」


クリスは小刻みに体を揺らしながら叫ぶ。


「―ッ!たった半日で結論を出すのは早すぎますッ!」


…いや。半日でも長過ぎた。…


「そこの父親モドキの懐に、私が以前着けていたものと同タイプの隷属首輪がある。今、その首輪を持って大勢の兵士を連れて私を取り囲んでいる。さて、私はこれからどうなると思う?」


クリスは父親モドキに問いかける。


「閣下。シーラお嬢様をどうするおつもりですか?また、シーラお嬢様の疎開先にあった隷属の首輪はマクスウェル家に関係しているという話は本当でしょうか?」


父親モドキは戸惑いを見せながら、兵士達に指示を出す。


「…貴様には関係ない。…速やかにシーラを捕縛せよ。」


クリスは信じられないものを見たようすで狼狽える。


「か、閣下…?」


…気持ち悪い。…


「それで、約束を『守る』『破る』?」


クリスは俯いたまま動かない。


「…………。」


父親モドキが沈黙したクリスに不服そうな表情をした後、私に向かって言葉を発する。


「どのような約束をしたのか知らんが、クリスはマクスウェル家の忠臣だ。マクスウェルの命令は、すべての約束より優先されると知れ。」


父親モドキの言葉を無視して、再びクリスに問いかける。


「『守る』『破る』?」


クリスは俯いたまま動かない。


「………。」


…考えるのを放棄したか。…


「…そう。沈黙は『破る』と受け止める。」


『―“コントラクト”―』―判定―


クリスの額に古代文字で描かれた魔法陣が浮かび上がると、黒い影がクリスを覆い始めた。


…嘘つき。…

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