第59話

 恥ずかしそうに布団を被るクレアをこれ以上恥ずかしがらせないように部屋を出ると、エムルに見つかった。


「今日は僕の番だね」

「アリシアだろ?」

「提案があるんだ」

「ダメだ!」


「まだ何も言っていないよ?人の話を聞くべきなんだ」


 こいつの性格は分かっている。

 悪魔契約のような交換条件を持ち出すに違いない。


「嫌なら断るだけでいいんだ。聞いてくれるまで何度も付きまとう事になるよ?それはそれで僕に都合がいいから有りなのかもしれないね」

「分かった。話してくれ」


「初夜を1日伸ばすごとに、一緒に過ごす夜を1日増やして欲しいんだ。今日お預けになったら2日ゲットと過ごせる。また次の日に一緒に過ごせなかったら1日増やすんだ」


 それ、借金と同じじゃないか!

 消費者金融がやるやつ!

 ローンとかのやばいやつ!


「断る!」

「話を最後まで聞いて欲しいんだ。僕は貴重な宝を持っていてね。すべての宝を差し出すよ。つまり、僕は宝を差し出し、ゲットは僕に夜の時間を作るだけでいいんだ。でも、気を使う必要はないよ。僕を物のように扱って、機嫌が悪ければさげすんだ目で見ても良いし、僕の体を自由にしていいんだ。ただし、優しくするのはやめて欲しいんだ。僕にやさしくすることは優しさじゃないんだ。更に、僕がスケルトンで回収した魔物のドロップ品も、お金もすべて君に差し出すよ。そして僕とパーティーを組むことで君は少しずつレベルアップする事も出来るよ。僕ほどのスケルトン使いはいないよ?」


 エムルの悪魔契約勧誘が始まった。

 俺は強引にエムルの口を手でふさいだ。

 最近分かったが、エムルはこうするとおとなしくなるのだ。


 エムルは酔って興奮したように体がピンク色に染まっていき、なすがままになる。

 だが、エムルにこの状況を誘い込まれているようで負けた気になってしまう。

 ドMは最強なんじゃないかと思ってしまう。


「ゲット卿!すぐに来ていただ来たいのです!」


 兵士が慌てて俺を呼ぶ。


「何があったんだ?」

「帝国6将、黒騎士のダイヤと竜化のリリスが2人だけで現れ、終戦の会談を申し込んできたのです!」

「すぐに向かおう」

「僕も行くよ」


 俺は防壁の外に出た。

 防壁の外に椅子とテーブルが置かれ、青空の下両陣営が座る。

 帝国側に敵意は無いと、エステルの魔眼チェックも終わり、マイルド王国の重鎮が揃って会談が始まった。


 帝国側は竜化のリリスと黒騎士のダイヤだけしかおらず、帝国側の席はスカスカだ。


「終戦したいとの事だが、真意を聞きたい」


 王が先手を打って問いかけた。


 黒騎士のダイヤは黒いフルアーマーと大楯、剣を装備しており、堂々とした言葉でゆっくりと話そうとするが、リリスを見る。


 隣にいる竜化のリリスは黙って椅子に座り佇んでいたが、果物が運ばれてきた瞬間に果物を凝視した。

 竜化のリリスは裸足で、布1枚を羽織り、竜化した際に服が駄目にならないように工夫されている。

 竜化する瞬間に衣を解き、巨大化した首に布を巻きつけるよう作られているのだ。

 竜族のリリスは頭から竜の角が2本生えており、無造作な黒髪のロングヘアで美人だ。

 黒い瞳で運ばれてくる果物を見つめ、果物がテーブルに置かれた瞬間にフルーツを手に取って無言で食べ続けている。

 話す気はないのだろう。


 黒騎士のダイヤはリリスを肘でつつくがリリスはマイペースに果物を食べ続けた。

 あきらめた様子の黒騎士が話し出す。


「疾風のガルウインが、ダストの影響で魔王化した」


 魔王の言葉に皆がざわつく。

 ゲームでも魔王は出てこない。

 いにしえの存在なのだ。


 黒騎士は帝国の弱みになるような情報も隠さず話す。

 ゲームの性格を考えれば嘘はつかないだろう。


 ダストが皇帝を殺し、スターダストオーブの効果で魔王化した。

 ダストは殺したが、スターダストオーブに乗り移り怨霊となった仮面によってガルウインは魔王化したらしい。


「魔王ガルウインに対処するために終戦としたい。そう考えて良いのだな?だが、魔王ガルウインが打たれれば、また、戦争が始まるのではないか?」

「信じて貰えないのも無理なきことであろう。だが、皇帝が暗殺された今、我らに侵略の意思はないのだ」


「2人に侵略の意思はありませんわ」


 エステルの言葉で信頼度が増した。


「うむ、魔王の打倒が終われば、我の命を差し出そう。そこで手打ちとしてもらいたいのだ」

「そうか、話は分かった。ゼス、ゲット、考えを聞きたい」


「受け入れる以外の選択肢が思いつかない」

「終戦に合意するのがいいでしょう」


 俺とゼスじいは同時に同じ内容の言葉を言った。


「分かった。終戦協議に合意しよう」


 こうして帝国との戦いは終わった。

 会談が終わると、黒騎士・王・ゼスじいの3人で話し込んでいた。

 援軍を送るような話も出ている。

 ここからの3人の話はかなり大事なんじゃないか?


 俺は閃いた。

 エムルだ、エムルを突き返そう。

 俺は頭をフル回転させた。


①エムルを帝国に返す

②帝国の戦力がアップ

③俺嬉しい。帝国も助かる

④みんな幸せ


 すぐに行動に移そう。

 エムルの見た目は確かにいい。

 だけど、悪魔契約を俺に結ばせるような怖さがあるし、頭もいい。

 俺は罠にハメられるような怖さを感じていた所だ。

 丁度いい。


 終戦の証として捕虜を返還する。

 自然な流れだ。


 俺はエムルを脇に抱えて黒騎士の元に歩く。

 エムルは物のように扱われると抵抗しないのだ。


 王やゼスじいと大事な話をしているが関係ない。

 今がチャンスだ!


「黒騎士のダイヤ、捕虜として捕えていたエムルを帝国に返そう」


 その瞬間エムルが俺に抱きついた。

 両腕・両足を使って俺を挟み込み、子供が抱っこされるように俺にしがみついた。


「僕は君と結婚したんだ。帝国への配慮は不要だよ!」

「終戦の証として捕虜を返還する!自然な流れだ!」


 俺はエムルを引きはがそうとするが、しなやかな体で俺の力を受け流す。

 まるでゴムのように体がしなる。


 黒騎士はゆっくりとした口調で俺に諭すように話し始めた。


「エムルはゲットの事を気に入っているようだ。しかも婚儀も済ませていると聞く。そのままゲットが貰うのだ」


 黒騎士は俺から目を逸らしたまま言った。


「黒騎士、何で目を逸らす!?俺は返還すると言っている!」

「我らにそのような気遣いは不要だ」

「気遣いじゃない!俺の眼を見ろ!いらないから返すんだ!受け取れ!」


「不要だ!こうなったエムルは手に負えないのだ!我がエムルを扱いきれると思うな!」


 黒騎士が真っ向から本音で拒否してきただと!


「エムルには100のスケルトンがある。役に立つはずだ!」

「そのような事は分かっている!分かっていて断っているのだ!ゲットの元から引き離せばエムルは我に嫌がらせを始める!迷惑なのだ!」


「諦めるなよ!女性同士何とかしてくれ!」

「待て!なぜ我が女だと思ったのだ?我の声を聴いて男だと思わないのか?」


 まずい!ゲームをしていれば分かるが、黒騎士の中身は女性だ。

 声質は魔法で男に聞こえるように変えているだけで、ゴツイ鎧の正体は土魔法だ。

 黒騎士のダイヤは美人ではあるが、実は恥ずかしがり屋でお女性だとバレたくないと思っている。

 俺の発言は完全に地雷だ。


「あ、いや、竜化のリリスに何とかしてほしいと思ったんだ」

「その発言では我が女のように聞こえてしまうだろう?気を付けるのだな」

「わ、分かった」


 く、地雷を踏んでしまった。

 俺は完全に勢いを失った。


 説得は失敗に終わったか。

 その場を離れてエムルを見ると、口角を釣り上げて笑う。

 エムルは俺の耳に口を近づけてささやいた。


「ゲット、君と僕は一緒にいる運命なんだ」


 あの笑顔にイラっとした。


「どうしたんだい?僕に言いたいことがあるのかい?我慢は良くないよ?発散して良いんだ!さあ!」


 エムルが煽って来るが、こいつは怒ると喜ぶ。

 ご褒美は与えないのだ。


「エムル、そろそろ下りないか?」

「降りて欲しいならもっとゴミを見るような目でさげすんで強引に引きはがすんだ!」


 こいつの要求が特殊過ぎる。

 くだらない言い合いをしている内に王の話し合いは終わった。


 帝国はマイルド王国に大量の物資を引き渡し、引き換えに俺達はダスト打倒の為に援軍として帝国に向かう事になった。




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