33.「非業」
「……ごめんなさい。とんでもないことに巻き込んでしまったかもしれません」
エゴール達と分かれて少し、雨が小降りになった頃カレンが小声で呟いた。
何を構うものか。巻き込まれたのではなく、自ら巻き込まれに行ったのだ。あなたの意思で。
これは全て自由意志に基づくものだ。だから、もしあなたが死んでもカレンは気に掛けなくて良い。狩られる鹿は不運なのではなく、弱いだけなのだから。
「いつも、あなたはそう言いますが」
さて、どうだったか。いつもこんな風に言っていたっけとあなたは考えてみるが、カレンの納得を得られないのは予想通りだった。彼女は優しいのだ、生き辛い程に。
「……あの」
先頭を行っていたカレンが立ち止まり、振り返る。
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
質問の意味が、あなたには少し分からなかった。
ここまでとはどういう意味だ。
あなたはその問いを心中に秘めたつもりだったが、どうやら口に出てしまっていたらしかった。
「あの日、川であなたを助けた礼と言うなら分かりますが、それは森の主の一件で済んだ話です。私とあなたはもう――」
他人。そうとでも言おうとして、少し棘がありすぎると思ったのか。
ゆっくり言葉を選ぶ様子を見せる。
「貸し借りのない関係になったのに、あなたはまだ私を助けてくれる。それが釈然としないと言うか……分からない」
酷く慎重に言葉を選ぶ。綱渡りのように。
こうしていると忘れそうだがここは敵地。あまり悠長にすべきではない。が、あなたはカレンを遮ることができなかった。
「私にはあなたに返せるものがありません。大してお金もないし、強いあなたを守れるわけでもない。それなのに、なぜ?」
――なるほど、そういうことか。
あなたの中で納得がいく。しかし、これはカレンが始めたことなのだ。
初めて会ったあの時、川であなたを拾ったあの時、二人の間に一切の貸し借りはなく、正に正真正銘の“他人”だった。
それでもカレンはあなたを助けた。何の見返りを求めるでもなく、無償の奉仕――言うなれば隣人愛として。
それがあなたにとってかなりの衝撃だったのだ。
見返りもなしに人から優しくされたのは、人生であれが初めてだった。
だからあなたもカレンに良くしようと思った。今更善く生きる気はないが、ちょっとでも良くしようと。
噂に聞く無償の愛とやらをほんのちょっぴり、一ミリくらいなら信じてみても良いかなと思った、それだけの話だ。
「別に、そういうアレでもないんですけど……」
褒められ慣れてないのか、カレンは顔を背けた。
まあ、難しく考えなくても良いのだ。長々と難し気なことを語ったが、結局言いたいことは一つだけ。
何か困難や厄介事を抱えた時、必要ならあなたがいることを忘れないで欲しい。これだけだ。
一人で抱えきれなくても、二人なら抱えられるかもしれない。
「私はあなたが思うような人間ではないですが……ありがとうございます。覚えておきますよ」
そう言うと、カレンは再び歩き出した。
すらりと美しい長剣を片手に警戒するカレンを見習い、あなたも仕事に戻った。
今は右手にブラスターガン、左手でレフから貰ったラッパ銃を掴むように保持している。武器は多いに越したことはないのだが、邪魔ではあった。
「どうにかして腰に差せませんかね? 剣みたいに」
それは名案だ。あなたは少し考えて、ベルトを緩めて開いた空間にラッパ銃を下げることにした。銃口が開いている分の苦労はあったが、一応はそれらしい形になった。
……が、まだやっぱり邪魔臭い。街に戻ったら色々と手を加えてみようと考える。ストックを切り詰めてみたり、ホルスターを作ったりはあなたの専売特許だ。
「うーん、いっそ一発撃ったら捨てた方が良いですかね? レフさんには悪いですけど」
もしラッパ銃を今すぐ捨てなければ死ぬ、そんな状況になればそうするだろう。しかし、今はまだ時期尚早だ。ブラスターガンはいずれ弾切れになるのだから。
「その魔道具も撃ち放題って訳じゃないんですね。補充できないんですか? 王都で手に入らない物はありませんよ」
到底ありえない。ウェイストランドでも不可能だったのに、この世界では尚更無理だろうと、あなたは内心で思う。
ブラスターガンの弾倉は外見こそ長方形の箱にしか見えないが、その実超最先端科学技術の結晶なのだ。ブラックボックスと言っても過言ではない。
あなたが持っている二つも、一つは今は亡き母から。もう一つは旅の途中で奇跡的に入手したものだ。そのような幸運に再び恵まれる程、あなたは良い行いを積んでいないと考えている。
神がいたとして、の話だが。
「魔道具って扱いが大変なんですね。私も買おうかと――っといい加減黙らないとですね。そろそろ襲撃を受けたあの川です」
姿勢を低く、足を止める。
木々の間から惨状の跡地を眺めた。
残されているのは死と破壊のみだった。
砕かれた木々が幹から真っ二つに折れ、地面は掘り返されたように抉れている。
そこにバラバラになった人体が加わり、レニーの魔術の凄まじさを如実に語っていた。奴と戦って生き残った人間は殆どいないというのも頷ける。
カレンは目を見開いたままの少女の遺体に近づき、瞼を閉じさせて言った。
「ええ、本当に。ですが私達は生き残って伝えます。ここであった全てを」
なんだなんだ、随分と言うようになったじゃないか。なんて、まるで親戚のおじさんのようにあなたは驚いた。
カレンから見ればおどけたように見えたかもしれないが、これは本心だ。初めてあった頃に比べると、本当に強くなったように感じる。
強いのは良いことだ。弱いよりずっと。そうでなくちゃ生きていけない。
「見た所では誰もいなさそうです。警戒しつつ降りて行きましょう」
視野を広く持ち、ゆっくりと斜面を下る。
あなた達は攻撃を受けることなく進み、レフが死体を確認した場所まで進む。
もうジェミヤンのガキとやらはどこにもない。一片残らず消し飛んだようで、ただ黒い焦げ跡だけが存在を主張する唯一の痕跡だ。
その隣の乾きかけた血だまりと森へ続く這ったような跡はレフのものだろう。大量の血痕を見て、改めてよく生き残ったものだとあなたは妙な感心を覚えた。
カレンは焦げ跡から視線を上げ、レニーがいたであろう付近を睨む。
「行ってみましょう。痕跡が残っているかもしれません」
警戒しつつ川を渡って斜面を登り、目的の場所へ。
地面を注意深く見てみるが、あなたには何も分からない。
「痕跡が巧妙に隠されていますね」
もしかすると本当は撤退などしておらず、実は撤退したあなた達を追撃したのではないだろうか。攻撃を受けることはなかったが、入れ違いになったのでは。そう言ってみたが、カレンの見解は違うようだ。
「いえ、巧妙ではありますが完璧ではありません。これを見て下さい……後ろ歩きした跡です。ここに向かって歩いてきたように見えますが、実際は後ろ向きに下がっていますし、木の枝や草の曲がった方向も川とは逆です。風が弱くて助かりましたね」
流石だ。暴れ回るしか能の無いあなたとは違う。
後は追うだけだ。
「罠の可能性もありますから慎重に。落とし穴なんかは発見が困難ですから注意してください」
落とし穴の底に敷き詰められた鋭い木を想像して、少しぞっとした。自分の身体にどれ程の再生能力があるのか興味はあるが、好き好んで自傷するのは楽しくなさそうだ。慌てずとも、そのうち機会には恵まれるだろう。
「行きましょう。報いを受けさせますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます