あなたと異世界の物語
паранойя
1.ラザロ
1.「ウェイストランド」
二〇二五年、世界は極度の緊張状態にあった。
ロシア、大中国を中心にした共産主義者同盟。第三帝国主導の
彼らの綱渡りのような外交は、奇跡とも神のいたずらとも呼べる絶妙なバランスを保ち、それが世界を延命させていた。アメリカ連合国が、とある計画を成功させるまでは。
攻撃能力を持った人工衛星を衛星軌道上に配備、地上と連携して敵国の大陸間弾道弾を破壊する計画――
そして時は二〇二五年、出所不明の新技術により、SDIは実に四二年越しに達成した。してしまった。
――それが世界を奈落に突き落とす最後の一突きだった。
果たして最初に核のスイッチを押したのは誰だったのだろうか? 上記に挙げた国々だったという説もあれば、それ以外とも、自動報復システムの誤作動という説もある。だが、もはや真実に意味は無い。
世界は、どうしようもなく破滅を迎えたのだから。
◇ ◇ ◇
吹き付ける寒風の厳しさに、あなたはトレンチコートの襟を立てた。
長かった旅ももうじき終わる。延々と続くかと思われた灰色の地獄もここまでだ。あなたは長旅の記憶から楽しかった出来事、過ぎ去った過去を懐かしもうとしたが、それは肥溜めの中から金を探すようなものだと気づいて止めた。
「クソ……寒すぎる。夏が恋しいよ」
「お前夏には冬が恋しいって言ってたよな」
「どんなに頑張ったって手に入らない物は恋しくなるんだよ。美人と一緒さ」
後ろの二人はずっと軽口を叩いている。本当によく喋る奴らだ。この旅が終われば彼らの軽口が恋しくなったりするだろうか……? いや、あり得ないな。あなたは一つ発見した。欲しくなくとも勝手に手に入る物にはうんざりする。
「知ってるか? 美人なんて星の数ほどいるんだぜ」
「へえ、お前は星に手が届くのか。ぜひご覧になりたいね」
「その手の話は聞き飽きたんだよ……待て、名言を思い付いたぞ。手に入らない物は恋しくなるんだ」
「さっき俺が言っただろ」
生産性の無い会話とはこういったものを指すのか。あなたはまた一つ学んだが、彼らが学ぶ事はないだろう。ぼんやり考えていたその時、先頭を歩いていたキャラバンリーダーが足を止めた。
「止まれ、ここで休憩にする」
「街までそう遠くないのにですか?」
「お前みたいな馬鹿は休ませたくないが、牛は休みたいと言ってるんでな」
ちらりと牛を見やると、今にも死んでしまいそうに見えた。限界まで痩せこけ、その上明らかに過積載の荷物を運んでいる牛はこの世で最も哀れな存在に思える。
ともかく、休憩だ。あなたは廃墟の陰に向かい、適当な瓦礫の上に腰を下ろした。バックパックからホボウストーブを取り出し、火口に着火して暖を取る。水が飲みたかったが、残念ながら金属製の水筒の中で完全に凍ってしまっていた。仕方なく直火の上に置き、じっと待つ。
リーダーが食事の配給に来た。乾燥肉とハードチーズ。あなたにとって食べ飽きた、もう見たくも無い組み合わせだ。とはいえこの世界で食料にありつけることは感謝しなければいけない。生きるためには食べなければ。
「見ろよこのチーズの硬さ……ナイフが刺さらねえ」
「これが石だって言われても信じるよ。多分ね」
例の二人がチーズに苦戦しているのをあなたはようやく溶けた水を飲みながら眺めていた。ざらざらした細かい砂が喉に纏わりつく。
直火にかけた乾燥肉の上にチーズを置いていると、隊に小さな動きがあった。
ただ一人警戒していた狙撃手が小さな声でリーダーを呼んだのだ。
「リーダー、ちょっと。あそこ……見てください。何か動きました」
緊張が走る。二人もチーズで遊ぶのを止め、銃を手にしている。あなたもホルスターからブラスターガンを抜き、体制を整えた。
「何だ、クリーチャーか?」
「だと良い――」
二人組の片割れの頭部が激しく揺れた。僅かに遅れて間延びした銃声。
「狙撃だ! 攻撃されている!」
すかさず狙撃手が撃ち返した。.308口径弾の重い銃声が街に反響する。あなたも攻撃に参加するため、通りの端にある大きな瓦礫に駆け寄って身を隠した。
ちらりと撃たれた男に目をやる。手遅れだ、恐らく即死だろう。
人間同士の戦いで反撃しようとすれば、大抵お互いの攻撃が届く位置に身を置く事になる。
その間にも銃声は激しさを増していく。あなたは狙撃手が気になり視線をやった。狙撃手はうつぶせになりピクリとも動かない。腕の立つ奴が敵にいるらしい。
「前から馬鹿どもが走って来てる、お前がやれ!」
リーダーの視線はあなたを向いている。すかさず身を乗り出し、敵を確認した。
確かに手作りの近接武器で武装した男が三人向かってきている。あなたはブラスターガンの狙いを定め、立て続けに引き金を絞った。
独特な銃声を残し、青白い弾丸が男達を貫く。重金属を含む光球は見た目以上の破壊力を誇り、敵をまるで体内から爆ぜたかのような有様にさせた。
再び身を隠そうとしたあなたは目撃する。一人の男が物陰から身を乗り出し、細長い筒をこちらに向けている事に。
金属と木材で構成された本体と顔を覗かせる不格好に膨らんだ緑色の弾体。それは誰もが知っているお手軽対戦車兵器――RPG-7だった。
狙いを定める手間を惜しみ、あなたは経験と、自らのセンスに頼って発砲した。
光弾が男の身体を捉えるコンマ数秒前に、RPG-7の引き金が引かれた。弾体が完全に飛び出す前に男は撃ち抜かれ、体制を大きく崩す。
結果として、弾体はあなたの真上、ビルの壁面に着弾した。
耐久年数をとっくに超えたビルは崩壊し、大小さまざまな破片があなた目がけて降り注ぐ。
その光景を、あなたはアドレナリンの大量放出によって低速化した世界で見ていた。
電撃が脊髄から腰髄までを駆け巡り、体内が叫びたてる。
あなたは自らに秘められた全能力を発揮しようとしたが、遅すぎた。
そうして、あなたは死んだ。
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