巫女と岡田以蔵

恐ろしい言葉をさらりと言って退けた彼女。部屋の中は、様々な想いが交差し暗く沈黙する。


彼女の放つ殺気や、死神の様な冷酷な笑み。それは時に、これ以上踏み込むな。とも似た警告の様に感じるものもある。



「じゃあ、私はそろそろ……。」


バツが悪くなったのか、退席しようとする彼女だが、


「こちとら聞きてえ事は、山の様にあんだよ。逃げようとするな!座れっ!」


おずおずと腰を落ち着かせる女に息を吐き出していく。


「貴方が聞きたい事は、私の出生と生い立ちについて。ですか?」


彼が知りたい事などこれぐらいしか思い当たる節がない。すでに彼らと過ごして来た過去の話はした筈だ。それを信じて居なくとも……。


ガシガシと頭を掻く土方は、聞きたい事を先に言われ、押しだまる。


「貴方方が思い浮かべている姫と私の過去では、天と地との差がある。」


俯いたままの彼女の表情は読めぬままで、膝に置く手は強く握り締められていく。


――――否子(いなこ)


――――汚れた姫


生まれながら自分は、そう罵られて生きて来た。容姿だけでも奇異の目で見られるのに、これを知られたら、きっと皆離れて行ってしまうだろう。昔の記憶が無いのであれば尚の事……。


泣いてどうにかできる話しでも無い。泣いても何も解決しないのに、止めどなく流れ始めた涙は止まる事を知らない。次から次へと流れ落ちる液体を止める手段があるなら是非とも教えて頂きたい限り。


「……っ……。」


唇を噛み締めても、噛み締めても声が漏れてしまう。


「しちめんどくせぇ姫様だなぁっ!」


つい先日まで、間者だの言っていた男の怒鳴り声がしたかと思えば、顎を持ち上げられ、切れ長の美男子と視線が交わる。


濡れた白い頬に、鼻を赤くし、碧い瞳に涙をためた女は、不服そうに土方を見る。


「……離して、くださいっ!」


そう言ったが、手を振り払う事はしなかった。


「俺たちは、お前の事なんて何一つ知らねぇ。」


ヒュッと息が変に止まった様な感覚に、瞳を揺らすもさっき迄止まる事すら知らなかった涙は、もう出てもこなかった。


「歳、何もそんな言い方をする事は無いだろう?」


近藤が宥めるも、かっちゃんは黙っててくれ。と、言われて仕舞えば口が思うように動かなくなり、


「テメェが俺たちに一線引いてるんだろう?これ以上近づくな。触れるな。構うな。それなのに、

――――分かって欲しいつうのは、随分都合が良すぎるんじゃねぇか?」


何も、言い返せない。

見上げる先にある切れ長の瞳。彼を"よっちゃん"と呼ぶ事すら恐怖だった。信じて欲しいのに、強がった自分。


一線を引いたのは、確かに自分だった。敬語と態度で自己防衛に働いた脳は、己の身を守る手段であった。


声を出そうとした瞬間、ぎゅっと胸の辺りを鷲掴みされた様な痛みが走る。


押さえ込んできた感情が、千夜に牙を剥く。幕末に帰ってから自分の記憶が無い男達と過ごす恐怖と不安。過度のストレスが一気に押し寄せてくる。


胸を押さえて土方を見つめる千夜の顔色は、青味を増していく。


 強くあり続けなければならなかった。男の中で生きていく事がどんなに大変かは理解していた。過去に後悔ばかりしてるのに帰りたいのは、幕末だけ。


ちゃんと分かってる。同じ場所に導かれなかった意味を。自分の過去を塗り替える事は、出来るはずがない。此処は、変えられるかも知れない過去。そう思う事にしたんだ。


彼女は話し始めた。


姫として生まれた彼女の扱いは、罪人の様な扱いで、生まれてすぐに殺される事が決定していた。家臣らからは、"否子"、"汚れた姫"そう呼ばれていた。


「……どうしてそんな扱いを。」


そんな疑問を投げかけたのは、山南であった。


「私が、先詠みの巫女の血を継いだ者だからです。」


聞き慣れもしない名前を口にした彼女は、先詠みの巫女の話をしてくれた。


昔、戦国時代に、先詠みの巫女が存在していた。彼女は、名の通り未来を見られる巫女として戦国武将が挙って欲しがる巫女だった。巫女の血は、不老不死だと伝わっており、誰もが自分が強く有りたく、優位になりたいが為に巫女を欲っした。


「…不老不死?」


そんなモノはあるはずもない。何処かの作り話。誰もがそう思った。



 大きく息を吐き出し、気分を変えようとした時、部屋の空気が一瞬で禍々しい空気へと変化する。咄嗟にクナイを天井へと放った千夜であるも、そのクナイは金属音を奏でて畳へと転がっていく。


「誰だっ!!」


叫ぶ土方に、構える男達。


そこには小柄な男が一人佇み、その口角は不気味に上昇していく。


背中に流れた冷や汗と、久しぶりに感じた緊張感に吐き気さえ襲いくる。


「やっと見つけた。

――――先詠みの巫女の血を継ぐ女を。」


男の栗色の瞳が自分を映す。感情すら読み取れないソレは、のちの後世に"人斬り"と呼ばれる、岡田以蔵のものであった。


 この世界は、己の住んでいた世界とは違う。パラレルワールド。それをまざまざと垣間見てしまう。自分の血の秘密を反幕府勢力が知っている事実に、内心焦っていた。


人を殺す事に躊躇はない筈の目の前の男は、言葉を発してから、こちらの様子を伺っている様に見受けられる。しかし手は懐近くにあり、いつでも攻撃は可能だと知らしめていて、暫し無言の時が刻まれる。


刀を構えたモノの身動きすら出来ない男達に息を吐き出していく。


「一人で乗り込んでくる程、血が欲しいんです?―――岡田以蔵さん。」


雲にも似た疑問を口にしたのは千夜であった。それを聞くなり名を呼ばれた事に酷く驚き目を見開いていく。


「何故、名を……っ!!」


神経を逆撫でしたのか懐のクナイを手に投げ放つ。密室の部屋で男達は身構えるだけで身動き一つ取れないまま立ち尽くす。


クナイを放ち男のクナイを弾き飛ばせば、襖の骨組みへと命中し、派手な音を立てて敷居から外れ二枚同時に中庭へと吹き飛ばした。


「……襖、壊さないで頂けます?」


吹き飛ばされた襖は、地に叩きつけられ、見るも無残な事になり果てる。


……ちっ


部屋の中で戦う事が困難である事を悟れば、男を中庭へと引きずり出す為に刀を引き抜く。向かってくる以蔵の刀を優雅に交わし、振り下ろされた日本刀をクナイで受け止めるも、男の力には、争う事すら不可能で、みるみる腕が下がっていく。


だが、目的は自分である為に部屋から出す事には成功した。


「……っ!」


背後に飛躍し、宙を円を描く様にバク宙をして、相手との間をとるも相手の動きは、千夜が思うよりも早かった。


突き出された日本刀が千夜の首に僅かに掠める。


「千夜さんっ!」


千夜の首から流れた微量の血液は、日本刀へと付着する。それを見て攻撃をやめた以蔵は、その赤を己の口元へと導いていく。


「口にしたら、死にますよ。」


その言葉に動きを停止させ、声を発した女へて向けられた。


「私の血を舐めた人間は、半分以上もがき苦しみ血を吐いて絶命しました。舐める事は、おすすめしません。」


「……確かか?」


刀を遠ざけた彼は、その言葉に恐怖の色を見せた。確認する男に千夜は、ゆっくり頷いてみせる。


力なく赤が着いた刃先を見つめる以蔵。その隙をつき、沖田が刀を弾けば、すぐにそれは主人の手から離れて地に転がった。


「大丈夫ですか?千夜さん。」


心配そうに駆け寄った彼に、少しばかり笑みを見せる。


「少し掠っただけですよ。」


そう傷口を乱暴に擦る千夜の手を沖田は掴む。


「ダメですって。傷が跡になります。」


「あの、……私の血を触ったら、ちゃんと手を洗って下さい。お願いします。」


真剣な面持ちのまま告げる彼女に、

「?……分かりました。約束します。」


そう答えるが、たかが血に過剰な反応を見せる彼女に首を傾げながらも、首の傷を見た。




以蔵は、弾かれた刀を手にし、逃げ出そうとするも此処は敵地。周りはすでに包囲されていた。


「……ちっ。」


「テメェは、何しに此処に来た?」


切れ長の美男子がドスの効いた声を出す。


「答えろ。そいつに何の用だったのか。」


足を背後にズルも、後ろは千夜と沖田が居り、左右にぐるりと幹部の姿。


「……その女の血を取りに来たんだ。」


観念したかの様に口にした以蔵に、千夜は片手で目を覆う。



「血だぁ?ふざけてるのかっ!?」


怒鳴る男は、先程の話は信じては居ない。無論、他の男達も同じくである。素知らぬ顔をした以蔵は、


「巫女の血を知らねぇのか?

飲めば不老不死になれるんだとよ。」


そう告げた。



「で?その血の話だが、素面で言ってんのか?」


とりあえず疑いから入る男に深く息を吐き出す。


「素面で言ってんだよ!じゃなきゃ此処まで来てねぇよ!!」


怒鳴り合いが始まりそうな展開に、困り果てた近藤が口を開く。


「まぁ、落ち着きたまえ。

まず、君は何処の誰だか話してくれるか?」


相手を安心させる様に口を開く近藤の顔は笑顔で、以蔵は渋々口を開く。


「土佐勤王党、岡田以蔵だ。

さっきも話したが、此処に来たのは巫女の血が目的だ。別に命を取ろうとか、そういうんじゃ無い。」


「そうか。土佐の出なのか以蔵君は。

俺たちは、その巫女の事を知らんのだが、教えてはくれんか?」


近藤は、人に話を促す言い方をする。威張る事もなく、話してみようかな。と思わせるのは、彼の人柄と話術の為せる技である。


「巫女の話しを知らないのか?

京では有名な話だけどな……。」


少し辺りを見渡しながら、本当に知らないのか?と探る彼に、近藤は、眉を寄せて話し出す。


「実は、まだ京に来て日も浅くてな。この辺の事すら分からぬ有様でな。この前も道に迷ってしまったんだ。」


と、くしゃりと破顔する近藤に、以蔵は話し始めた。先程、千夜と同じ巫女の話を。


「あの、それがですね、私も巫女の力については全く無知で……。」


つまりは、彼女もよく分かっていない。と言う事になる。


「ただ、幼き頃に家臣に斬り付けられた事があって、その時の男は、血を舐めた瞬間のたうち回って血を吐き死亡してるのは事実です。」


彼女の話を聞いて、その場の空気は恐怖に染まった。


「……何処が不老不死なんだ?」


と、以蔵を睨み付ける切れ長の美男子は、全く真逆の話を聞き、この騒動の犯人へと苛立ちをぶつける。


「いや。巫女の血は、不老不死と伝わってる!」


自分が聞いたのはその話しだけで、それを確かめるべく此処に足を向けたのだ。死を呼び寄せる血であるなら避けて通りたいのが本心である。


頭を抱えて息を吐き出した土方は、女の方へと視線を向けた。


「どうなってやがんだ?」


どうにかしろ。と言わん限りの土方の視線に戸惑う。


「あの、不老不死になった人は、確かに居ましたけど、」


「居るんじゃねぇか!!」


居るといえば、飲みたいと思う人だって居る筈。不老不死なんて生きて見なければ地獄だとは思わないだろう。


「…………すいません。」


嘘を吐いたのは事実である以上、そこは謝るべきだと判断し、謝罪する。


自分の容姿すら人とは掛け離れ、血ですら不思議な力を持つ。自分の力で得た力でもなく、何かを授かったのか、はたまた呪いなのかも分からない。


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