早朝から近藤、土方、山南、井上は、土方の部屋に集まっていた。議題は、組織になる為に役職の名を決める事。それに加え、芹沢一派を優遇しないように幹部は試衛館の面々で塗り固め様と土方と山南は目論んでいた。


役職名や、呼び方。

それらは、山南が案を出していくも、実際、近藤は、難しい表情のまま。


「————どうした?近藤さん。」


なんだか聞き慣れない呼び方をする土方に難しい表情のまま向き直る。


この男が自分を呼ぶとき、かっちゃん。いつもはそう呼んでいた。慣れない呼び方に困惑したのだ。


「いつもと同じじゃダメなのか?トシ。」


ふっと苦笑した土方は、「時期に慣れるさ。」とだけ返していく。


「それはそうと、あの子の容態はどうだ?」


そう尋ねた近藤に、土方の眉間のシワは深く刻まれていく。目の上のタンコブ。そんな存在の彼女をよく思っていない事を物語っている。


「昨日は、ずっと眠っていた様ですよ。ですが、気になる事が一つ…。」


山南が近藤に答えながら、疑問に思っていた事を口にした。


「どうして、芹沢さんが隊士の名簿をもちだしたんでしょうか。」


持ち出した。そう言ったのは張本人。

隊士。と言ってもまだ隊にいる人物の名を書き記しただけの物で、今まさに役職名を考えている最中、持ち出す必要があったか。という素朴な疑問を山南は投げかけただけだ。


「それにどうして、わざわざ自分が落としたのだと言ったのでしょう?」


自分の非など認めるとは思えない男が、あの夜は、わざわざ山南に告げにやってきた。その後、山南が倉へと慌ててやって来たのだ。


言われてみれば、おかしい事この上ない。


「俺は、可笑しいとは思わんけどな。」


真っ直ぐな近藤に、やれやれと息を吐きだす。


芹沢鴨、水戸藩士で、実家は郷士で神道無念流の師範役も努めた。壬生浪士組合として活動をする以前は「天狗党」という団体に所属していた。


此処で芹沢の話しをしても、近藤の前では意味がない。腰を上げた土方は、女の様子を見てくる。と告げ部屋を出た。


女を心配などしていない。ましてや女が言った事など信じていない。


「————時渡りなんて、ありえねぇだろう。」


だが、これから先の事を女に聞こうとしている自分は、果たして心配していないし、信じていないと言えるのだろうか。


————やっと、追いついた。


白い腕に、綺麗な碧瞳。桜色の髪。

見た事も無い容姿の女は、自分の懐刀だと言った。


あの身のこなしは、並大抵の努力で成し得る技ではない。それぐらいは承知していた。


総司の部屋に着けば、三馬鹿が揃っていて、目の前の男達は行く手を阻む。


「朝っぱらから、何してんだ?テメェらは。」


ドスが効いた声に振り返れば、切れ長の美男子がそこに腕を組んで立っており、女が見えない様に立ちはだかる自分達は、きっと彼の邪魔をしている。


「退け。邪魔だ。」


「いや。土方さん。まだ眠ってるからよ。また後にしたらどうだ?な?」


そう言えば、眉間のシワが一層深く刻まれ、


「退けっつったんだ。聞こえなかったか?」


三人は、鬼の形相の男を目の前に、そこを退くしかなく、隣の布団で眠る男がようやく目を擦りながら起き上がった。


ゆっくりと前に歩いていく土方は、桜色の髪を掴むと迷う事なく引き上げる。


「……うっ……。」


「土方さんっ!」


慌てた藤堂の声が聞こえるも、男は手を緩める事はしなかった。


目覚めは、最悪だった。

髪を引っ張られ、碧い瞳は、土方へと向けられる。


とりあえずは身の潔白は証明された筈だった。


沖田は、出入り口にいる三人を捉え、ゆっくりと彼女の髪を掴む土方を視界に映した。


「何してるんですか!土方さんっ!」


思考回路が目醒めた沖田は、桜色の髪を鷲掴む男の考えなど分かるはずもなく声を荒げた。だが、真っ直ぐに男に視線をむけた千夜には、手にとる様に理解できた。



「間違って拷問した次は、間者の疑いですか。忙しない事で。私が浪士組に間者に入ってどうするんです?――――内部情報は、熟知してます。何処に情報を流すんです?」


「そんなもん知るか!」


「でしょうね。後ろ盾になる藩も居ない。訪ねていけば門前払い。間者に入る価値はない。いい加減、手を離してもらってもよろしいでしょうか?」


ゆっくりと土方の手が離れていく。

女の言う事は、全て当たっていたからだ。唇を噛み締める土方は、言い返す事すら出来なかった。



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