第9話

 遥から話を聞いて呆然としていると、再びドアが勢いよく開いた。


「竜太郎!」


 ドアの前に立っていたのは絵梨奈だった。


「えーちゃん、なんで」


 息を切らし、肩を規則的に上下させている。

 相当急いできましたって感じだ。


「お母さんに倒れたって聞いて、私急いで来て。それで……」

「別にいいよ」

「よくないよ!」


 声を出したのは遥だった。

 明るい顔で、見るからに上機嫌だ。


「だって、えーちゃんがこんなに慌てて来てくれたんだよ? いつも喧嘩ばっかりしてたけど、やっぱり心配なんだよね?」

「べ、別にそんな慌てたわけじゃ」

「だろうな。今まで知らなかったくらいには、相当忙しかったみたいだし」

「ちょっとリュウ君そんな言い方!」


 せっかく仲をとりもとうとしてくれてる遥には悪いが、とても仲良くする気分にはならない。

 彼氏のために応援に来て、彼氏のために俺に喧嘩ふっかけて、彼氏に夢中で俺が倒れたことにも気がつかなかった奴だ。

 仲良くなんてできるわけない。

 絵梨奈もそわそわして目線をそらしっぱなしだし、不機嫌……というか怒り? なんだかわからないが負のオーラが漏れてる。

 どーせ、おばさんに言われてここに来たのはいいものの、俺は意識を取り戻してるし、こんな程度ならデートを中止する必要なかった、とか考えてるに違いない。


「竜太郎君元気ー?」


 気まずい雰囲気を破ったのはおばさんだった。


「おばさん。俺の両親は?」

「まあ軽い脳震盪だし、そんなに心配する必要もないわってことで仕事に。ああでも勘違いしないで。ほんとに泣く泣くって感じだったし、二人とも休みを取ろうとしてたのを私が見るからって止めたの」

「いやいや。むしろありがたいですよ。二人が忙しいのは誰よりも俺が知ってるし、邪魔したくありません。お金がなきゃ贅沢できませんから」

「あはは、たしかに。頭は大丈夫?」


 こめかみを指で叩きながら言った。

 当然いきなり罵倒してきたわけじゃない。


「ええなんとも」

「そっか。痛みが続くようなら病院に行った方がいいって言われたけど大丈夫そうかな」

「はい」


 その後、俺は遥にお礼を言って、おばさんの車で家まで送ってもらった。

 その間、俺と絵梨奈の間に会話はなかった。


「じゃあ、ほんとに少しでも痛くなったらすぐに言ってね?」

「はい。わざわざありがとうございます」

「じゃあ私もこの後夜勤だから帰るね。絵梨奈はどうするの?」


 絵梨奈は俯いたまま、静かにつぶやいた。


「…………残る」

「そ、じゃあねー!」


 おばさんはそう言って家の中に入っていった。

 俺と絵梨奈だけが、俺の家の前に取り残される。


「えっと……」


 正直驚いた。絵梨奈は絶対帰ると思ってたのに。

 それに、帰ってほしかった。少なくとも、今は二人きりでいる気分じゃない。


「あの、とりあえず入るか……?」


 鍵をポケットから出してドアを開けようとすると、袖をぎゅっとつままれた。


「絵梨奈……?」

「ぁ……は、遥と……って……の?」

「え? ごめん、よく聞こえなかった」

「遥と! ……付き合ってる……の?」

「っ…………!」


 振り返って見えた絵梨奈の顔は、今にも泣き出しそうで、目には涙が溢れるギリギリまで溜まっている。


「え、そうなの?」

「はあ? 私がきいてるんだけど」

「いや、記憶にないけど」

「ほんと? ほんとにほんと!?」


 絵梨奈の顔が途端に明るくなる。

 なんだよ、そんなに遥が誰かに取られるのが嫌だったのかよ。


「はいはいほんとですよ」


 お前こそ、彼氏いるくせに……。

 口に出せない代わりに、心の中でつぶやいた。


「じゃあ、早く中に入ろ」


 絵梨奈は俺の腕を組むように取って、ドアに手をかける。

 その瞬間、俺はとっさに、手を振りほどいてしまった。

 今は、絵梨奈に触れたくない。


「りゅ、竜太郎……?」

「俺が倒れたこと、知らなかったのか?」

「いや……」

「悪い。今日はもう帰ってくれ。話す気分じゃない」

「はあ? 私はあんたのために!」

「だから! それが迷惑だって言ってるんだよ!」

「っ……! 何よ、大体試合から帰れって言ったのはあんたの方じゃない! そのくせやけを起こしてケガするなんて。……ふん! あれだけカッコつけて、ほんとに情けない!」

「なんだと……? お前こそ、最初から応援する気なんてなかったくせに」

「はあ? 私は本気で……! 言いがかりもいいとこね。もういいわ、ほんとのほんとに呆れた」

「こっちのセリフだ! もういい。さっきは謝ろうと思ってたのに、完全に失せた」

「何を偉そうに。悪いのはあんたでしょ」

「ああわかった。本気だぞ?」

「私もね。いい、二度とよ?}

「ああ二度とだ。二度と話しかけるなよ。今日からお前は幼馴染でも何でもないただの他人だ!」

「頼まれても話さないわよ」


 俺達は睨み合いながら、子供みたいに喚き散らした。

 そして、どちらから言うまでもなくそっぽ向いて、気が付いたときには絵梨奈は俺のそばから消えていた。

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