第2話

 家の前に着いた俺は、大きな扉の隣にあるチャイムを鳴らす。


 すると、はーい!という元気な声共に扉まで走ってくる音が聞こえてきて、


「はい、どちら様っ……て飛鳥!?」


 ギイという音と共に扉を開けたのは、如月夏希。


「ただいま」


「うん。よくわからないけど、中に入って。ご飯はあるから」


「ありがとう」


 俺の表情を見て悟ったのか、夏希は何も言わずに中へ迎え入れてくれた。


 そして広間に着くと、


「飛鳥お兄ちゃんだ!!!」


「久しぶり!!!」


「遊んで!!」


 そこに居たたくさんの子供達が俺の元に駆け寄ってきた。


「はいはい散った散った、今から飛鳥はご飯を食べるからまたあとでね」


「「「うん!!!」」」


「じゃあ行こうか」


「そうだね」


 俺は夏希に手を引かれ、キッチンへと向かった。


「はいはいそこに座って」


「うん」


 俺はキッチンの中央を陣取る大きな机に向かって座った。


「ちょっと待ってて」


 そう言ってから数分後、夏希はご飯を出してくれた。


「ありがとう。いただきます」


「うん、どうぞ。で、どうしてここ孤児院に帰ってきたの?」


 ここは紛れも無く俺の家である。


 しかし、血の繋がりや戸籍上の繋がりがある家ではなく、孤児院である。


 ということで夏希はこの如月孤児院の院長だ。


 とはいっても前の院長である峰敏子院長から3年前にこの孤児院を引き継いだだけなので、育ての親ではない。


 寧ろ夏希はこの孤児院出身なので姉と呼んだ方が正しい。年齢も23と近いし。


「それはね……」


 そんな姉のような存在である夏希に探索者を諦めたこと。そしてどこか普通の企業に就職して働こうとしている事を伝えた。


「そう……」


 俺の話を聞いてくれた夏希は、ご飯を食べている俺の頭を優しく撫でた。


「別に心配しなくても大丈夫だよ。結構前から想定していた話だから」


 レベルが上がらなかったのが発覚したのは別に3年になってからとかではなく、学校主導でダンジョンに潜り始めた2年の夏頃である。


 ここまでやってきたのは可能性を追い続けてきたというのもあるが、高卒の資格を確定で取れる時期まで学校に通わなければならないという理由もあった。


 卒業が確定したのは1か月以上前の話だが、それはそれである。


「そっか、相変わらず意志が強いね。荷物的に探索者関連の物は全て置いてきたんでしょ。武器とかを持って帰って来れば、普通に働きながらレベルを上げられないか挑戦し続けることも出来たのに」


「単に自分の道具を見たら諦められなさそうだからで、俺の意志はそんなに強くはないよ。もし強かったら教材とか武器を持ってきて明日からでも探索者になりたい子供達にその辺りを教え始めるって言ってるよ」


「はは、流石にそれは鋼メンタルすぎるよ。で、飛鳥はどこに就職するとか決まっているの?」


「うん、これにしようかなって」


 俺はリュックから何冊かの本を取り出した。


「プログラミング?」


 取り出したのはプログラミングに関連する資格の参考書である。


「そう。数学は元々得意だったし、もしかしたらこの孤児院の管理とかに役立てられるアプリを作れるかもしれないし。予算と備蓄量に合わせてその日の献立を自動生成するアプリとか」


 それに、探索者養成を主とした高校の生徒が一般企業に就職するのはそこらの普通科高校を卒業するよりも難易度が10倍以上高い。


 その為、普通は大学に進学することになるのだが、孤児院出身の俺が大学に行くのは財政的に無理だ。


 というわけで、仮に就職出来なかったとしてもフリーランスとしての道が保険として残されるプログラミングを選択した。まああまり期待していないけど。


 そこら辺の事情を知らない夏希にそれを話すと心配させてしまうので言わないけど。


「何それ。でも面白いかも?」


「でしょ?」


「うん、それはそれで面白そうだね。頑張って」


「ありがとう、頑張るよ」


「5つ目の勉強部屋はいつも余っているから好きに使って」


「うん」


 夕食を食べ終わった後、子供達と一緒に風呂に入ってそのまま俺は勉強部屋に向かった。


「あ、飛鳥兄じゃん。なんでここに居るの?探索者高校は今休みじゃないよね」


 勉強部屋に入ろうとしたタイミングで、隣の勉強部屋に入ろうとしていた亮に遭遇した。


「そうだね。でも3年の今の時期は自由登校だから学校には行っても行かなくても大丈夫なんだ。だから寮に居る必要もあまり無いし、こっちに戻ってきて良いかなって」


「でもパーティメンバーとか居るんじゃないの?」


「一応居るんだけど、戦闘スタイル的に一人の方が強くてね」


「そうなんだ。じゃあここからダンジョンに潜る感じ?」



「いや、それはしないよ。とりあえず3月までは徹底的に勉強をして、今後に必要な知識を詰め込む予定だよ」


「なるほど、流石は飛鳥兄」


「ありがとう。亮は受験勉強でしょ?」


「うん、飛鳥兄たちと同じ所に行きたいからね」


「そっか。お互い頑張ろうね」


「勿論!」


 そう言って亮は元気よく勉強部屋に入っていった。そして俺も勉強部屋に入った後、


「嘘ついちゃったなあ……」


 今は自由登校ってのも、パーティメンバーが居るってのも当然ながら真っ赤な嘘である。


 自由登校は年が明けた1月からだし、パーティメンバーもレベル1から上がらない奴と組んでくれる人なんているわけがないので居ない。


 でも、それを正直に話してしまうと受験に響いてしまうから。


 一応俺が通っていた探索者養成高校は国立ということもあり、偏差値は高めだ。


 亮の学校での成績は悪くないらしいらしいのであまり心配はしていないのだが、完全に余裕ってわけではないので俺のような人が居るという不安要素を与えたくない。


 一応そこより偏差値が低い探索者養成高校もあるのだが、私立しかないので学費が払えない。悲しいけど孤児院だから仕方がない。


「っと。亮の心配もそうだけど、自分の心配もしないと」


 俺は参考書を開き、勉強を始めた。


 大体3時間程勉強した後、消灯時間になったので就寝した。

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