第15話

 高校一年のころ、僕はバイトを探していた。でもあまり忙しいと勉強との両立ができなくなってしまう。インターハイ出ながらも現役で国公立に合格、なんていうのはごく一部の人だ。僕はそんなに器用な方じゃない。

 そんなに疲れなくて高給で、できれば人とあまり会わず、勉強の役にも立つバイトがいい。そんなありもしないものを求めていた。


 白き布にて顔を隠した老婆の群れ。手に手に鎌を持ち、蔓で編んだ籠を背負っている。

 体操着やジャージを身にまとい、小さな熊手を手にした小中学生の群れ。ぶんぶんと振り回してはしゃいでは引率の先生に注意されている。

 そんな魑魅魍魎が、肌を焼くような日差しの下で休耕田の周りに集結していた。

 別に百姓一揆や打ちこわしを起こそうというわけじゃなく、今日は地域清掃のボランティアの時間だ。生徒数が少ない田舎では、小中高総出と大人合わせての行事となる。

 高校では自由参加となりさぼる者も多いが、僕は来ていた。他に高校生らしい人は、黒縁の眼鏡をかけた真面目そうな男子一人くらい。

 手慣れている感じで、大人しそうな小・中学生を中心によくまとめていた。

 中学時代の知り合いは一人もおらず、僕は胸をなでおろした。

 僕が参加するのは学校行事だからとかボランティアに興味があるとか、そんな理由じゃない。ボランティア活動は内申書に書かれることもある。稼げる点数は少しでも稼いでおきたいだけだ。

友達同士でワイワイ参加するのが楽しいからというわけでもない。一緒に行事をやる、クラスの班決めの時積極的に組む。そんな友達はいない。

学区から離れた高校に入学して数か月。新しい環境で友達を作る暇なんてなかった。

今日の地域清掃は神社をはじめとして、集落の周囲の山林の草刈りやゴミ拾いが主な仕事になる。

田舎ではよくあることだ。

都会では地域の集会などろくになく、お隣さんの顔すら知らず、お隣さんが孤独死しても異臭が漂うまで気づかないというところも多い。

でも田舎では雑草をほうっておくと伸び放題で、田畑を荒らしたり獣の隠れ場所になるからこういった活動は必須。畑の近くの草やぶに、イノシシが隠れていることもある。

 確かにわざわざこういう活動に来るのは面倒くさい。

でも「自分ちの庭だからどうなっても勝手」と言う奴がいると他人の敷地まで雑草が広がって、迷惑どころか損害賠償ものになる。

お金は大事だ。僕の家のところにまで被害が及ぶかもしれないし、できることはやっておきたい。



小中学校の先生らしき人が参加者を集める。水分補給や道具を扱う際の注意事項などをこまごまと説明した後、いくつかの班に分かれ活動開始となった。

僕は神社の清掃担当となった。集落に近く、周りは森になっているので僕も小さいころ虫取りなどで遊びに来た覚えがある。クワガタがよく集まる木を探すのはすごくおもしろかった。

僕と同じようにこの付近に割り当てられたグループはさっそく友達同士で固まり、雑談に興じながら草を刈っていく。

口だけ動いて手が止まる人間が多いけれどいないよりはマシか。

僕は早めに終わらせたいので、割り当てられた場所の草刈りと清掃を一人で行わんばかりの勢いで進めていく。

リア充や陽キャの数倍の速度で作業を進めるが、褒めてくれる人は誰もいない。

別にいい。一人で作業するのも、誰にも見られないのも慣れている。

むしろそっちのほうが好きなくらいだ。

そんなことを考えながら作業を進めていくと、体操着に身を包んだ小学生のグループの近くまで来た。

一クラスが丸々この地域の担当に当てられたのか、担任っぽい若い女性の先生が歩き回って声をかける。そんな中、三十人近い人数がふざけたりまじめにやったり注意したりされたりしている。

その中でも一人、友達の輪に入れない子がいた。左右で結った髪に糸を引いたように細い栗色の瞳。知性を感じさせる顔立ちが印象的だけど、表情は暗い。

他の子はおしゃべりしながら草を抜いたり、道具で悪ふざけして友達や先生に注意されているのに。

彼女だけは他の友達とは少しだけ離れた場所で、黙々と作業をしていた。

草を抜き、鎌で狩り、ゴミ袋に持っていく。それだけなのに、彼女の周りだけ空気が鉛のように重く、雪の日のように冷たい。この真夏の日差しが嘘のようだ。

栗色の髪の少女と目が合う。悲しいような、怒ったような表情とともに眼を逸らしてしまった。明らかな拒絶と警戒の色。

でも僕は不快に感じなかったし、声もかけない。

でもどこにでもおせっかいはいるらしい。僕の通っていた中学とは違うジャージを着た男女のグループが彼女を見つけ、声をかけてきた。

 膝をかがめて彼女と視線を合わせ、優しげに言う。

「君一人?」

「お兄さんたちとやらない?」

 イケメンと美少女で構成された、ちょっと垢ぬけた感じのグループだ。スクールカースト上位というのがありありと伝わる。

 彼らの声にその子は俯いて、返事をせず目も合わせなかった。

「そんなに気にしなくても、ひょっとして怖い?」

 いじめているのとは違う。陽キャなりに気遣っているのが伝わってくる。真心からの行動なのだろう。

 でもその子は表情を変えようとせず、陽キャがどんなに話題を振っても、明るく声掛けしても何も言わず。やがて神社の裏手の森の奥の方へ、一人で入っていった。

「何だよ、あれ……」

「態度悪~」

「あんなんだからハブられるしぃ」

 陽キャグループは勝手なことを言っているが、バカだな。あんなことをされて、あの子が気分いいわけがない。

確かにあの子の態度は、一般的に言って褒められたものではないのだろう。

でも陽キャたちも、彼女の身になって考えた言動じゃなかった。

あんなことをされればますますみじめに思うだけだと、なぜわからないのだろう。

なぜ陽キャは陰キャの気持ちがわからないのだろうか。

どうして陽キャは陽キャの中でしかコミュ強でないのだろうか。

 一人ぼっちで休憩した後、また作業に戻る。草を刈り、運び、ごみ袋に入れて一か所に集める。その繰り返し。

 あの栗色の瞳の子はまだ一人だった。陽キャたちも今度は話しかけようとしない。

 恋バナやゲームの話に興じながら片手間に作業をしているだけで。さっきの出来事を後悔するでもなく、引きずるでもなく自分たちの世界に夢中だ。

 あの黒縁メガネも声をかけていたが、見事に玉砕していた。

 むしろ傍観していただけの僕の方がずっと、あの子のことを気にしている。

 


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