第12話 威厳の顔には裏がある

深雪みゆきは背筋を伸ばした


「このたびはご愁傷さまです。ご子息のご冥福を心よりお祈り申し上げます」


深雪の挨拶にしんみりとした空気が戻って来た

通夜とは本来こういうものである

故人の思い出を語らい、笑うことはあるけれど、どこか寂しさをまとっている


「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。国島深雪と申します。ocomeおこめくん…冬邇とうじさんとは…その…ホテルに行ったのは事実ですが、付き合っているわけではなくて…」


出会い系やセフレという単語が出せれば話は早いのだが、あまりにも直接的すぎるし、ocomeの立場もある

深雪はだんんだん歯切れが悪くなっていった


「それじゃあ、彼女とか結婚しているわけではない…?」

「はい」


小手川の顔がみるみるうちに蒼くなっていった


「じゃあ、産婦人科に行ったのは?」


ドクドクドクと心拍数が上がっていくのがわかった


本当のことを言うべきか否か

短時間の間にものすごい葛藤があった


家庭内の出来事を外に漏らすのはマナー違反な気がする一方、誰かに助けてほしくて常に悲鳴を上げていた


深雪は深く深呼吸をした


「今日会ったばかりの皆様にこんなことを打ち明けるのはお恥ずかしいのですが、実は…夫にモラハラを受けていて…昨日は…その無理やり性行為を…それでアフターピルを処方してもらいに行ってきたんです。あちらの方がつわりと間違えたのは、アフターピルの副反応です」


深雪は恐る恐る小手川の顔を見た

小手川に恥をかかせてしまったと思ったからだ


小手川の顔は真っ赤だった

しかし、それは恥ずかしさからではなかった


拳を握りしめ、額に血管が浮き出るほどの怒りで震えていた


ocomeが深雪の肩を揺さぶった


「なんで昨日の電話の時言ってくれなかったんですか!?あの時にはもう―」


ocomeは想像に耐えきれなくなったのか、頭を抱えてうずくまった


深雪の告白を最初から最後まで神妙に聞いていたocomeの父親が厳かに口を開いた

先ほどまでとはトーンが違い、威厳に満ちた重たい声音だった


「冬邇の子供を妊娠していなかったのは残念だが、これも何かの縁だ。力になれることがあれば遠慮なく言いなさい」

「そんなご迷惑をかけるようなことは…」


深雪が首を振ると、


「助けてほしくて、私たちに話したんじゃないの?」


座席を移動してきた女性が深雪の手を握った

その手は温かくていい匂いがした

深雪はふいに母親を思い出した


ほんの数時間前に会ったばかりの人に母親を重ね合わせるなんて―


深雪は自分がいかに孤独だったか思い知った


※※※


通夜の席に自分の身の上話をするのは気が引けたが、遺族が望むのならと深雪は話し始めた


母子家庭で育ったこと

難病の母親の臨床試験と引き換えに聡と結婚したこと

いまは小金井さんが母親代わりをしてくれていること―


そこまで話した時、ocomeの父親が口を挟んだ


「ちょっと待ってくれ。君の旧姓はなんていうんだ?」

「如月です」

「それじゃあ、君の父親はもしかして如月晴臣君か…!」


ocomeの父親の発言に他の二人も顔を見合わせて頷いた


「…父を知っているんですか?」


父親の顔は写真でしか知らない

名前も一度聞いたきりだから晴臣だったか正臣だったかもあいまいなほどだ


「知っているも何も、私が晴臣君と文香ふみかさんの仲人をしたんだ。君は母子家庭と言ったけど、離婚はしていないはずだぞ。離婚しているなら私に何か一言あるはずだ。戸籍謄本は見たことあるか?」


ocomeの父親がアイコンタクトを送ると、小手川はすぐさま携帯電話をかけた


「そうか…君の結婚相手は西本聡と言ったな。西本医事グループの御曹司か」


ocomeの父親はうなりながら顎をさすった


「夫のこともご存じなのですね」

「直接的には知らん。しかし、なぜ君が臨床試験の代償にモラハラ御曹司と結婚させられたかが読めてきたぞ」


確かに深雪も不思議だった

格別美人なわけでも稼いでるわけでもない自分が聡の結婚相手に選ばれたことが


「…知っていることを教えてもらえませんか?」


深雪はすがるような目でocomeの父親を見た


※※※


母親の十三回忌は一人で行った

聡とはocomeの父親である甲組の組長に間に入ってもらって協議離婚をした

いま、深雪の姓は如月だ


法要が終わり母のお墓に行くと、白髪交じりの男性が一人、お墓の前に座り手を合わせていた


「…もしかして、お父さんですか」


深雪は男性の曲がった背中に声をかけた

男がゆっくりと振り向いた


男の目元は自分にそっくりだった

母親に一番似ていない部分


「深雪…さん?」

「はい。お父さん」


男は首を横に振った


「僕は父親なんかじゃない。そんな風に呼ばれる資格は僕にはない」


深雪は男の隣にしゃがみ、手を合わせた

線香の煙が春の暖かい日差しにとけていった


「甲組長にお父さんの話を聞きました。とてもえらい医学博士だそうですね」

「妻子を捨てて研究の道に進んだものがえらいものか」

「組長が言ってました。『晴臣はいつか世界中の人々を救うすごい医療を発明する。だから大学進学費用や渡米費用を晴臣に投資したんだ』って。実際あなたの研究は次期ノーベル医学賞候補だそうですね」

「本当にそんなんじゃないんだ。文香の病気を治したかったのは本当だ。だけど、傍で支えてやることもできなかった。夫としても父親としても失格だ」


深雪は背中を震わせて泣く父親の肩を抱き寄せた


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