9 ジーク視点 飲むのは二人のときだけだよという話

「じーくぅ……」


 潤んだ瞳。紅潮した頬。甘い声を出しながら僕にのしかかるのは、最愛の妻。

 彼女は、僕のワインを口にして酔ってしまったのだ。

 隣に座る彼女にぐいぐい押され、ソファに押し倒されてしまった。

 酔ったアイナの力なんて、大したことはない。

 だからいくらでも耐えられるけど、抵抗する気もなかったから、彼女の好きにさせてみた。


 大きな目を潤ませ、ぽーっと見つめられると、理性がぐらつく。

 正直、今すぐにでも襲いかかりたい。それでも、酔った彼女に手を出すのはよくない気がして、何もできずにいた。

 男を誘っているわけではなく、甘えているだけだとわかるから、尚更だ。


「じーく、いい匂い……」


 僕の上に乗ったアイナが胸板に顔を埋め、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 個人的には、アイナの胸の方がいい匂いがすると思うけど……それはお互い様らしい。


「大きくなったねえ……」


 こてんと胸に頭を置き、ぽやぽやと、けれど感慨深そうに彼女が言う。

 確かに、僕は大きく成長した。アイナの全体重を預けられたってなんともない。

 アイナの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうにへにゃりと顔を緩ませた。


「あんなに可愛くて、小さかったのに……」

「いつの話だい?」

「んー……。10年ちょっと……前……?」

「はは、10年か……」

「こんなにかっこよくなるなんて、ずるいよねえ」

「それを言ったら、君もずるいと思うけど」

「私が……?」


 23歳になったというのに、10代の頃とあまり変わらない顔つき。

 更に言えば、身長も15歳ぐらいからほぼ変わらない。

 僕の方は年相応に大人の男らしくなっているから、ぱっと見だと同い年には見えないだろう。

 なのに、胸は豊かなのだ。

 今もぐいぐいと僕に押し付けられていて、幸せな感覚を与えてくる。

 胸だけでなく全身がふわふわと柔らかく、とても触り心地がいい。


「可愛いって話だよ」

「ふーん……? ん……」


 アイナの顎を撫でると、喉を撫でられた猫のように、もっともっとと首を伸ばした。

 彼女は恥ずかしがり屋なため、自分から甘えてくることは少ない。

 そんな人が、酔って甘えん坊になったこの姿。最高に可愛い。

 少しでも許容量を超えると動けなくなるから、彼女がお酒を飲むときは要注意だけども。


「アイナ」

「んー?」

「外では飲まないようにね」

「わかってる……。じーくと二人のときだけ」

「そう、二人の時だけ」


 僕の胸にぺっとりとくっついた彼女が、ふふ、と笑う。


「じーく、大好き」

「僕もだよ」


 僕の返事に満足したのか、彼女はすり、すり、と数度胸板に頭を擦り付け、動かなくなった。


「アイナ?」

「……」

「寝た……かな……?」


 彼女からの返事はない。代わりに、すうすうと穏やかな寝息が聞こえる。


「生殺しだなあ……」


 元々手を出す気はなかったけど、こうして眠られてしまっては、本当になにもできなくなる。

 彼女の頭を撫で、柔らかな髪を指ですく。


「僕も寝ようかな……」


 10代のときにこんなことが起きていたら、眠るどころじゃなかっただろう。

 でも、僕はもう初々しい青少年じゃない。

 妻に密着されるぐらい、なんてことは……ある……あるけど、自分も寝てしまおうかと思えるぐらいにはなった。

 アイナとくっつくと安心できるんだ。

 彼女を乗せたまま、ゆっくりと目を閉じる。

 寝付きのいい僕は、心地よい重みと柔らかさを感じながら眠りに落ちた。

 そうして二人揃って寝てしまい、目を覚ます頃には深夜になっていた。

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