ゲームの世界もそんなに甘くない
ロコロコキック
第1話
「ただいまー」
ガラガラっと玄関の戸を開け、田舎に有る古い古風な民家に帰宅する
中に入ると、少し離れた所からは気合いの入った掛け声がこちらの耳まで届いてくる
出どころは家に隣接してある、これまた古風な空手の道場。看板には[神鷹空手道場]の文字
ちらりと窓から外を見ると、今日は天気が良いからなのか、道場に通う子供達がイチ、ニ、と掛け声にあわせて道場の外で稽古に励んでいる
子供達は皆真面目に取り組み汗を流している。教えているのは俺の父、[神鷹正(かみたかただし)]。親父は代々受け継がれてきたこの、神鷹道場の三代目に当たる
ふと窓からその光景を除いていた俺と親父の目が合った
「……………伸之(のぶゆき)も久しぶりにどうだ?」
「いや、……今日は新作のゲームがあるからやめとく…」
誘われた言葉に半ば反射的に答えつつ、俺は自室のある二階へと足を運ぶ
親父とは少し気まずい雰囲気をここ何年か続けているが、深く踏み込んではこない親父のおかげもあって、俺は趣味に没頭することができる
いそいそとカバンから取り出したのは少し前に発売された新作のゲーム
週に二、三回入っているバイトの給料が入ったのでやっと購入出来たやつだ
俺はそれをすぐさま機械へとセットしプレイを始める
元々ゲームなんてあまりしない生活をしていたけど、とある出来事から俺の世界が一転。ゲームは俺の趣味へと変わった
やるゲームのジャンルも様々で、決して上手いとは言い切れないが、自分なりにかなりゲームを楽しんでいる
唯一手を出さないのが恋愛シュミレーションだろうか?
一度、隣の家に住む古くからの幼馴染みの菜々(なな)に勧められてやってみたが、女の子が何を求めているかが理解出来ずに断念
あれほど難易度の高いゲームは二度と出来ないと俺はその手のゲームを封印した
土曜、日曜と休みを前にして俺は一足先にゲームの世界へと没頭する
太くなった指でコントローラーをカチャカチャ操作し、時間も忘れてゲームに集中する
ゲームは趣味であると同時に、俺にとってはかけがえのない大切なものになった
ゲームをしている間だけはこの現実(リアル)から抜け出している。そんな感覚に陥る事が出来るから
「こら!もうご飯出来てるよ!早く食べないと片付かないじゃない」
と、そこに背後から声が掛かる
「………ノックくらいしてよ千花(ちか)姉」
「したわよ!返事しないあんたが悪いんでしょ?」
見ると壁に掛けられた時計の針は、既に夜の7時を回っている
「ありゃ、もうこんな時間か。分かった、すぐに降りるよ」
「全く。今度文句言ったら正拳突きを叩き込んでやるから」
言いながら俺の部屋から出ていく千花姉。あそこで具体的な技名が出てくるあたり、あれが決して冗談では無く、次に同じ事をすれば本当に正拳突きが叩き込まれるだろうとは想像に容易い
俺はやりかけのゲームを一時停止ボタンで中断し、一階に降りて親父と千花姉と一緒に晩飯を食べる
終始無言で食事が終わると、食器を洗い場に持っていき、ついでとばかりにお風呂を済ませてからまたゲームに没頭する
これが俺のいつもの日常。平凡な高校生の、平凡な日々の中にある、少しだけ特殊な家庭の、平凡な俺の生活
俺はこの生活がもうしばらくは続くと思っていた。高校三年生になって、卒業したら何処かに就職して、休みの日には変わらずゲームをして……
ピロン
ふと、スマホの通知が鳴る。いつもなら気にならないくらいに集中している筈なのに、その時だけは何故か、不思議とその通知音が俺の耳に届いた
滅多に鳴らないスマホからの通知に、なんだろうと少しだけ届いたメールを見てみる
すると出てきたのは、定期的にスマホに送られてくる今度発売される新作ゲームの情報
あぁ、なんだ。いつものやつかとスマホを閉じかけた俺の目に、一瞬だけ興味深いタイトルが映った
【退屈な世界(リアル)をぶっ飛ばせ!新感覚アクションアドベンチャーゲーム
[チェンジボディーワールド]
今からでも遅くない!世界が君を待っている】
今までにない謳い文句とタイトルに、一気に興味を持つ俺
それは新感覚と言う所に惹かれたのか?それともジャンルが俺の一番好きなモノだったからか?はたまた退屈な世界(リアル)を吹き飛ばせるという期待感からか
もしくはチェンジボディーワールドと言うタイトルの通り、今のこの俺の体が変わってくれるのか?と言う現実味の無い、妙な期待感を持たせるモノからきているのか?
俺はやりかけのゲームに一時停止ボタンすら押さすに自身の肉体を見てみる
身長175センチの体に95キロの体重。測ったのは少し前だからもしかしたら今は100キロを超えているかも知れない
どうしてこんな体になってしまったのか………
いや、原因は分かっている。単に俺がゲームに没頭しすぎるあまり、運動もろくにしなくなったからだ
バイトがある日以外は、学校が終わるとすぐに家に帰ってはゲームをする毎日
何故だろう?今までこんな事考えた事もなかったのに、不思議とこの一通のメールが俺の心に深く入り込む
発売はちょうど来月。バイトの給料日と同じ日だから十分に買える
この時の俺は、このふと目についた一つのゲームが、俺の人生を変えると言うことをまだ知らなかった
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