185.ヨウコウと貿易都市1

「さて、まずは本題から話をしていきましょうか」


 お茶を配り終えて席に座ったヨウコウがそう切り出してくる。

 この場で本題といえば、ひとつしかない。


「私と貿易都市との協力関係の事よね?」

「その通りです。と言っても、前任の八柱オクタラムナからセレスティアさんの事や協力関係を結んだ経緯などはしっかり聞いていますので、私としては協力関係は続けたいと思っています」


 意外にもあっさりとした感じでヨウコウはそんなことを言ってきた。

 こんな部屋にまで通されたから、最悪の場合はよくない話でもするのかと思っていたので、ある意味で拍子抜けした。


「協力関係を続けられるのは私としては嬉しいけど、随分とあっさりしてるのね。私はてっきり、今後の協力関係についてもっと重要な話でもするのかと思っていたわ」

「もちろん重要な話も別件でありますよ」


 あるにはあるんだ……。

 何だか墓穴をほった気分だ……。


「その話は今は置いておくとして、我々としてもセレスティアさんとの協力関係を継続することは、『貿易都市の救世主』という肩書を除いても色々な面で貿易都市に恩恵があると認識しています。だから協力関係を破棄する様な選択は初めからありませんでしたよ」


 どうやら私との協力関係の大切さは、ヨウコウもしっかりと認識してくれているようでよかった。

 ……だけどそんなことより、今聞き逃せない言葉を聞いたような気がする。


「ちょっと待って、『貿易都市の救世主』ってなに? もしかして、それって私の事?」

「はい。勿論セレスティアさんの事ですよ」


 聞き間違えかもしれない僅かな可能性に縋ってみたけど、無情にもあっさりと肯定されてしまった。


「セレスティアさんがサピエル7世をを倒してくれたことで、戦争は終結しました。それは言い換えれば、この貿易都市を戦禍から守った『救世主』と言えるでしょう。感謝しても仕切れません」


 確かに、貿易都市に住むヨウコウからすればそうなってしまうのか……。

 あの戦場に連れて行かれたことは私からすれば不本意だった。でも貿易都市の人々からすれば私は危機を救った英雄というわけだ。

 正直私はそんな肩書なんてどうでもいいし興味もないのだけど……。


「……恥ずかしいからそれで私の事を呼ばないでね?」

「呼ばないですよ。私が勝手にそう思っているだけです」


 それなら……いいのだろうか?

 疑問は残るけど、呼ばないと言うならそれでいいか。

 

「因みに聞くけど、私がサピエル7世を倒したことを知っている人はどれくらいいるのかしら?」

「そうですね。この貿易都市で知っているのは、前八柱オクタラムナの4人と私だけです」

「貿易都市以外では、各国の要人と当時戦場で戦いを見ていたブロキュオン帝国軍の兵士達だね。勿論、その全員には厳しい箝口令を敷いたから安心していいよ」


 エヴァイアもオリヴィエも私の存在を隠すように動いてくれていたのは、オリヴィエの連絡で簡単には聞いていた。

 

「一応これも聞くけど、もしその箝口令を破ったらどうなるの?」

「簡単に言えば、全ての国が敵になるね」


 エヴァイアの言葉にオリヴィエとヨウコウは、うんうんと頷く。

 ……どうやら相当に厳しい箝口令を敷いてくれているみたいだ。

 とりあえずこれで、私達は外に出ても大丈夫になっただろう。


「話が逸れましたね。とにかく、無事に協力関係継続のお話が出来たことですし、別のお話でもしましょうか」

「別のお話って?」

「そうですね、例えば……について、とかどうですか?」

「!?」


 ヨウコウの正体……それはここに来てからずっと気になっていたことだ。

 私が議長室に来た時、ヨウコウはエヴァイアを隣に立たせて座っていた。

 貿易都市は各国が協力して作り上げた中立都市だ。つまり言い換えれば、貿易都市は各国の傘下にあるということになる。

 だから貿易都市評議会の議長に、ブロキュオン帝国の皇帝を隣に立たせる事の出来る権力があるわけ無い。


 そして更に不可解なのは、飲食店のウェイトレスに過ぎなかったヨウコウが貿易都市評議会の議長に選ばれた事だ。

 普通に考えてそんな大出世があり得るわけない。つまりそこには何かしらの理由があったと考える方が自然だ。


「確かに、それは知りたいと思っているわ。……だけど、どうして正体を明かそうとするの?」

「どうしてと言いますと?」

「だって今まで隠していた正体をわざわざ明かそうとする人なんて、普通はいないでしょう?」

「……ふふ、それもそうですね」


 そう言ってヨウコウはクスッと笑う。


「私がセレスティアさんに正体を明かそうとする理由はいくつかあります。ひとつ、協力関係を続けていればいずれ私の正体を明かす必要が出てくるから。ふたつ、私の正体を知っていれば今後こちらからの要求を通しやすくなるから」


 ヨウコウの言いたいことは何となく分かる。

 ずっと正体を隠し続けることが困難になりそうなら、逆の発想で最初から正体を教えてしまえばいいこともある。以前私がプアボム公国の四大公達に素直に正体を明かした時がそうだった。

 あの時は正体を明かしたことで結果的に彼らを牽制することに成功し、私に対して簡単に手を出し辛くすることに成功した。

 

「そしてみっつ、私だけがセレスティアさんの事を知っているのは不公平だと思ったからです」

「どういうこと?」

「先程も言いましたが、私は前任の八柱オクタラムナからセレスティアさんの事をしっかりと聞いています。つまり私は、セレスティアさんが正体を隠して行動していた理由を知っているということです。でしたらセレスティアさんにも、私が正体を隠していた理由を知ってもらうことで、真の意味でお互い対等になって信頼関係を築けるとは思いませんか?」


 ヨウコウは真っ直ぐな瞳で、私をじっと見つめてくる。

 その瞳は真剣そのもので嘘偽りは一切感じられず、ヨウコウが本気で言っているのだと分かる。

 

「……そうね、その通りね。それじゃあお言葉に甘えて聞かせてもらえるかしら、あなたの正体について」

「ではお話します。私の正体ですが、端的に言いますとこのディヴィデ大山脈を守護する『守り神』です」

「ま……守り、神……? それってつまり……『神様』ってこと?」

「はい、その認識で間違いありません」


 ヨウコウの正体が何であれ、只者ではないだろうと予想していた。しかしまさか『神』と言ってくるなんて……全くの予想外だった。

 私は答えを求めて、ここまでずっと静かにしているオリヴィエとエヴァイアに目線を向ける。

 オリヴィエから事前に聞いていた話で、ヨウコウの議長選出の場に二人がいたのは分かっている。そしてその時、当然ヨウコウの正体についての話が出たはずだ。

 つまり二人は、ヨウコウの正体を知っているはずだ!

 私の目線に気付いた二人は、私が何を言いたいのか察したようで静かに頷いて答えた。


「本当……なのね。……ひとつ聞いてもいいかしら?」

「はい、何でしょうか?」

「……その『神様』というのは、サピエル7世が目指していた『神』と同じだと思っていいのかしら?」


 私は半年前にも、『神』という言葉を耳にした事がある。

 正直あの出来事は、私の人生においても最悪の部類に入る出来事だった。

 その所為なのか、私は『神』という言葉にいい印象を抱いていなかった。

 

「大まかに言えば同じ名称ですが、厳密に言えば分類は少し違います。話を聞いた限りでは、サピエル7世が目指した神は、人を導く『人神ひとがみ』です。対して私は特定の場所を守護する『守り神』なのです」

「その二つは、具体的にどう違うのかしら?」

「簡単に説明すると、神に与えられた『役目』が違います」

「役目?」

「今は詳しく説明する事が出来ませんが、神になった者には必ず何らかの『役目』が与えられるのです。サピエル7世が目指した『人神』には、迷える人々を導く役目。私の様な『守り神』には、特定の場所の平穏を守る役目が与えられるのです」


 ええと……つまりヨウコウの話を纏めると、神様にはそれぞれに役目というものがあって、その役目によって神様の中でも分類が分かれるということだろう。

 だからサピエル7世が目指した『神』と、ヨウコウは違う『神』だということか。


「なんとなく、言いたいことは分かったわ。だけど私はまだ『神』という存在に半信半疑なの。ヨウコウが神様だという証拠を、私に見せてくれないかしら?」


 いきなり「自分は『神様』だよ」と言われても、素直に信じられるほど私は純粋じゃない。

 私は研究者だ。信じるに値する証拠がない限り、確証の無いものは信じない。

 

「証拠ですか……」


 ヨウコウは少し考える様に腕を組む。

 しかしすぐに何かを思いついたようで、静かに立ち上がった。


「セレスティアさん、私の魔力を視認することは出来ますか?」

「ええ、出来るわよ」


 私は魔力を視認することができる。集中してヨウコウを凝視し、魔力量を確認する。

 ヨウコウの魔力量は常人より多く、熟練の魔術師と言えるくらいの魔力量があった。……しかし私やエヴァイアに比べれば、足元にも到底及ばない量だ。

 つまり言い換えれば、神を目指したあのサピエル7世よりも少ないのだ。

 そんな魔力量しかないヨウコウが神だとは、私には到底信じられない。


「では私の魔力をよく見ていてください。――いきますよ?」


 ヨウコウが何をしようとしているのか分からないが、私は言われた通りに固唾を飲んで魔力を注視する。

 ……そして私は、信じられないものを目にしてしまうことになった。


 熟練の魔術師と同じくらいだったヨウコウの魔力量が一瞬の内に増大し、あのスぺチオさんの魔力量を軽く上回ったのだ。

 そのあまりにも膨大な魔力量の変化に空気が激しく振動し、部屋全体がとてつもない圧迫感に襲われる。


「くっ……!?」


 襲い掛かってくる圧迫感に私は咄嗟に耐えようと身構える。

 だけど次の瞬間、ヨウコウの魔力量がまた一瞬で変動し、今度は魔力量が完全にゼロになった。

 魔力が無くなったことで圧迫感から急に解放され、私はただただ呆気に取られる。

 そして気が付けば、さっきまでゼロになっていたヨウコウの魔力量が、いつの間にか最初の魔力量にまで戻っていた。


「如何でしたか?」


 如何でしたかと聞かれても、私はすぐに言葉を出せなかった……。

 

 魔力量のコントロール自体は、魔力の扱いに長けた者なら誰でも扱える技術だ。……だけどヨウコウのしたことは、明らかに常軌を逸していた。

 通常は魔力量をコントロールすると、必ず流動的な変化の仕方をする。樽の中の水を出し入れする様なものだと考えれば分かり易い。

 もちろんコントロールの仕方に慣れてくれば、その変化速度を早くすることは可能だ。しかしどれほどコントロール技術が熟練になっても、変化を一瞬で完了させるのは不可能なのだ。

 ヨウコウはその不可能な事を、いとも簡単にしてみせたのだ。


 だけどそんな事より、更に常軌を逸した信じられないことをヨウコウはしていた。

 ――それは、魔力量を完全にゼロにしたことだ。

 魔力は生物にとっての生命力であり、生物が生きる為には必ず必要なものだ。言い換えると、魔力がゼロになればそのまま生物としての『死』を意味する。

 だけどヨウコウは魔力がゼロになっても死ななかった。私の目の前で今もハッキリ生きている。


 私の目の前で二つのあり得ない出来事が起きた。これはヨウコウの正体をハッキリと示していた。

 簡単には信じたくないが、実際に自分の目で見てしまったからには信じるしかない。

 ヨウコウは間違いなく、生物という枠組みには収まっていない『超常的』な存在だ。

 それこそ……『神様』と呼んだ方がしっくりくるだろう。


「……これが、『神』というものなのね。想像以上だったわ……」

「信じて頂けたようでよかったです」


 信じるしかなかったと言うのが正直なところだが、それを言っても意味はない。

 とりあえず私はまだ心に燻ぶっている色々な感情を、お茶と一緒に一気に飲み干すことにした。

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