178.帰還

 サピエル7世の口と鼻に繋がる部分の空気を固体から気体に戻し、空気の通り道を確保してあげる。

 これでサピエル7世が窒息死することはないだろう。


「それで、どうやってサピエル7世を捕まえておくつもりなの?」


 サピエル7世の処理にエヴァイアが名乗りを挙げてくれたので、私としても任せることに異存はない。

 だけど一つだけ気掛かりなのは、その処理までの間サピエル7世をどう捕らえておくつもりでいるのかだ。

 サピエル7世の力は今の私とまではいかないまでも、常識を外れている。並大抵の方法だと簡単に抜け出してしまうのは想像に難くない。

 だけど提案してきたのはエヴァイアなのだから、何かいい方法を思い付いたものだと期待したのだが……。


「……それが問題なんだよね~。セレスティア、何かいい方法はないかい?」

「……期待した私が馬鹿だったわ」


 どうやらそこも私の力に頼ろうとしていたようだ。本当に小賢しい性格をしている。


「はぁ~、仕方ないわね」


 正直に言うと私も、私が何かしらの対策をしない限りサピエル7世を安全に捕まえておくことは不可能だと思っていた。だから元々手を貸すつもりではいたのだ。

 しかしどうにも、私がエヴァイアの手の平で転がされている感が否めず、なんだか複雑な気分だ。


「……報酬は、楽しみにしてるわよ」

「心得た」


 よし、何か無茶な要求でもして嫌がらせしてやろう!

 ……と、心の中で少なからず思ったことは内緒だ。


 そんな気持ちを一旦横において、私は意識を集中して錬金術を発動する。狙いはもちろんサピエル7世だ。

 細心の注意を払いながら、錬金術でサピエル7世に干渉する。そして、サピエル7世と一体化していた例の魔鉱石を肉体から分離して取り出す。

 取り出した魔鉱石はゆっくりと飛んで来て、私の手の中に収まった。


「それは?」


 興味津々といった様子でエヴァイアが私の手にある魔鉱石を覗き込んでくる。

 私はこの魔鉱石の特異性とサピエル7世がこれをどう利用していたのかを話した。


「なるほど、魔力を奪う特性か……。そんな物を取り込んで一体化してしまうなんて、とんでもないことをしてくれたものだね」

「なんて恐ろしい……もはや人じゃありません。悪魔か何かですよ!」


 悪魔か……モージィの言う通りかもしれない。

 国宝とまで呼んで代々大切にしてきた物を、自分の私利私欲の為に利用して使ったのだ。

 少なくとも、まともな思考回路をした人間のすることじゃないことは確かだ。

 

「それで、それが今君の手元にあるということは、サピエル7世はもう魔力を奪うことが出来ないのかい?」

「ええ。完全に分離したから、もうサピエル7世は魔力を奪う力を使えないわ」

「そうか。それを聞けて安心した」


 一番の脅威が取り除かれた事に、エヴァイアは心から安堵しているようだった。


「ああそれと、これを分離するついでにサピエル7世の魔力回路にちょっと細工を施しておいたわ」

「細工?」

「魔術を発動しようとすると魔力が暴走して、全身を堪え難い激痛が襲うようにしたの。きっとすぐに魔術を使おうなんて気も起こさなくなるわよ」

 

 魔力を奪う力を無くしたと言ってもサピエル7世は神人のままで、強力な魔術を使えることに変わりはない。安全に捕らえておくためには、魔術を使えないようにしておく必要がある。

 一応、全身の魔力回路を遮断する方法もあったけど、これは人体にどんな影響が出るか私でも予想がつかなかったので止めた。最悪、魔術を使った瞬間にショック死する可能性すらあった。

 だから魔術を使えば激痛が襲うという、抵抗心を削ぐ方法を採用したのだ。


「…………セレスティア、君の方がよっぽど悪魔じみてる気がするよ」

「……失礼ね」


 予想外の反応に、軽くショックを受ける。

 いやね、別に褒めてほしかったとかそういう訳じゃないけど、少なからず感謝はされたかった。

 まさか悪魔扱いされるとは思いもしなかったわ……。


 まあ何はともあれ、これで安心してサピエル7世の身柄をエヴァイアに預けることが出来る。

 空気の固体化を解除して、錬金術で作った鎖で失神しているサピエル7世を縛り上げる。

 これで、私に出来ることはもう無い。あとはエヴァイア達が片付けないといけない事だけだ。


「じゃあ私は帰るわよ。流石にこれ以上止めたりしないわよね?」

「ああ、ここからは僕達がやるべき事だけだ。改めて、本当に助かったよセレスティア。このお礼は必ず返すと約束しよう!」

「楽しみにしてるわ」


 あまり期待をしすぎるのはよくないけど、エヴァイアが何を用意してくれるのかは楽しみだ。戦後のゴタゴタが落ち着いた頃に受け取りに行こう。


 さて、そうと決まれば屋敷に戻るとしよう。

 これから何をするにしても、まずはサピエル7世から分離したこの魔鉱石と、転がったままの私の死体を保管しておきたいからね。

 私は錬金術で空間に干渉して私の体の倍くらいの大きさの穴を開ける。この穴の先は私の屋敷に繋がっている。

 魔鉱石を白衣のポケットに入れて自分の死体を担ぎ、穴に歩いて入る。

 一瞬の浮遊感を感じた後、すぐに穴を通り抜けて地面に足が着いた。

 周りを確認したらここは間違いなく、私の屋敷の玄関前だ。


「なんだか、久しぶりに帰ってきた気がするわ……」


 思い返せば、貿易都市に戻ってすぐエヴァイアに半ば強引に連れ去られ、ブロキュオン帝国軍に今日までの数日間帯同していた。

 戦争の動向を見張るはずだったのが、一体どうしてこうなったのか……。考えれば考えるほど頭が痛くなるばかりだ。


 バンッ!


 ここ数日の事を振り返っていたら、突然玄関の扉が勢いよく開いて、いつもの青いメイド服を着たニーナが飛び出してきた。


「何者! この森は淵緑の魔女の領域、無断で侵入してくるとはいい度胸ですわ!! この私が相手になって――」

「私よ、ニーナ」

「ん、んん……?」


 疑問符を浮かべながら私を凝視するニーナ。どうやら本気で私だと気付いてないみたいだ。


「……もしかして、セレスティア様ですか?」


 ようやく私だと気付いてくれてホッとする。

 

「そうよ。主人の顔を忘れるとはいい度胸してるわね」

「も、申し訳ありませんでしたセレスティア様! おかえりなさいませ!」


 とは言ったものの、よくよく思い返してみたら、ニーナを含めた使用人達には私が『輪廻逆転』で復活出来る事は教えていたけど、復活後の実際の姿を見せた事はなかった。

 パッと見ただけでは気付かなくても当然かもしれない。

 

「この姿については後でみんなが帰って来てからしっかりと説明するわ。それよりも、これを私の自室に運んでくれないかしら。この姿だと運びにくくて仕方ないのよ」


 そう言って私は自分の死体をニーナに預け、ついでにサピエル7世から分離した魔鉱石も自室に持っていくように頼んだ。


「なんですかこれは? 首の無い人形と鉱石ですか」

「それも後で纏めて説明するから、とりあえずお願いするわね」

「かしこまりました!」


 死体を担いで屋敷に戻るニーナの後に続いて、私も屋敷の中に入る。

 いつもの見慣れた玄関ホールを目にすると、本当に帰って来たのだと実感する。

 その玄関ホールには、屋敷の留守を任せていたユノとモランとエイミーの姿があり、私に目線を向けている。

 ユノは警戒した表情をしていたが、モランとエイミーはさっきのニーナみたいに疑問符を浮かべた顔をしていた。

 そんな三人にニーナが簡単に私の事を説明してくれて、三人もようやく私がセレスティア本人だと認識したようだ。


「セレスティアさん、不思議な人だとは思ってましたけど、こんなこともできるなんて……」

「ほ、本当にセレスティア様、なんですか?」

「小さくなっちゃってますね。私の弟妹ていまい達みたいで可愛いです」


 三者三葉の反応で三人は興味深そうに私の事を見てくる。


「はいはい、あとで説明してあげるからとりあえず離れなさい。とにかく私は少し休むから、他のみんなが帰ってきたら起こしに来てね」


 大量の魔力を使って無理やり自然の法則や理を超越した影響か、あるいはずっと面倒ごとに巻き込まれていた精神的疲労か、それともその両方か……いずれにしても私は今、相当な疲労感に襲われていた。

 それにもう、自然の法則や理を超越した時の感覚が無い。多分その状態を維持するだけの魔力が、屋敷に帰ってきた辺りで切れたのだろう。

 とにかく今はゆっくり休みたい。自室に戻ってアイン達に連絡を入れて、帰ってくるまで横になって魔力を回復させよう。


「あっ、そういえばセレスティア様、客間にお客様が来てますよ」


 寝室に行こうとした私に、ニーナがそんなことを言ってくる。

 ……なんだか嫌な予感がした。

 この屋敷に訪れる客人の候補なんて選択肢が少なすぎる。そして今の世界の現状を考慮すれば、今ここに来れる客人が誰かなんて簡単に導き出せてしまう。


「……一応聞くけど、お客って誰かしら?」

「スぺチオ様です」


 ……どうやら、私はまだ休むことが出来ないようだ。

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