52.それぞれの日々・ニーナ編3

「「「「「なにぃいいーー!!?? 許せねえぇぇぇーー!!」」」」」


 仕事場に戻り昼食を済ませたニーナは、隊の全員を集めて落書きされた小屋のことを話した。結果は見ての通りだ。


「これは我々に対する敵対行為だ!」

「絶対に許さねぇ!」

「俺達でその犯人捕まえてやるぜ!」

「私達の逆鱗に触れたこと、地獄の底まで後悔させてやるわ!」

「そうと決まれば……」

「「「「「ニーナさん、早速捕まえに――」」」」」

「ダメですわ」

「「「「「ええぇぇぇーー!?」」」」」


 ニーナの性格上、この手のことを許すはずがない。それを知っている部下達は、てっきりニーナが率先して「犯人を捕まえる!」と言うものだと思っていた。

 だからニーナが自分達を止めたことが信じられないといった様子だった。


「な、何故止めるのですかニーナさん!?」

「確かに、私もあなた達と同じで、こんなことをした犯人を到底許せないですわ」

「で、でしたら!」

「しかしその前に、あなた達は大切なことを忘れていますわ」

「「「「「そ、それは?」」」」」

「犯人捕獲よりも、穢された小屋を浄化することの方が先決でしょう!」

「「「「「はぅあぁーっ!?」」」」」


 正論を言われ、全員が揃って同じリアクションを取る。

 ニーナの調きょ……もとい、教育はしっかりと行き届いているようだ。


「そうだった……私達は美化清掃員……」

「汚れを清掃し、清めるのが努め……」

「感情に流され、役目を見失うとは……」

「なんたる未熟……!」


 見るからに落ち込み、項垂れる部下達。そんな彼等に、ニーナは聖母の如く優しく語りかけた。


「落ち込まないでください。先程も言いましたが、私もみんなと同じ気持ち……できることなら、私自ら犯人に鉄槌を下したいぐらいですわ! ですが、今は堪えて下さい。この事は上にしっかり報告して対策を講じてもらいますので、私達は今できることをしましょう!」

「……そうだな」

「俺達のやることは……!」

「たったひとつだけ!」

「「「「「清掃だぁぁあああーー!!」」」」」


 異常な盛り上がりをみせるその光景は、最早何かの宗教だった。


 


 ざわ……ざわ……。

 ざわ……ざわ……。


「おい、何だあれ?」


 落書きされた小屋の周りには、沢山の人だかりができていた。

 その中心に居たのは、ニーナと7人の部下達だった。

 ニーナを先頭にして、気迫溢れるオーラを垂れ流し、小屋の前に整列している。

 それを見てる人だかりから、声が聞こえてくる。


「お前知らないのか? あれは『青い流星群』だよ」

「青い流星群?」

「ああ、この辺り一帯のエリアを担当している美化清掃員達の別名だよ。清掃に対する意識の高さと、流れるような素早い手際で最近有名なった奴等だ。そしてそれを率いているのが、あの先頭に立っている青髪の女だ」

「なる程、だから『青い流星群』なんだな」

「そういうことだ。そして奴等がここで集まっているということは、今回のターゲットはあのカラフルなごみ集積小屋ということだろう」


 そんな会話を聞いてざわめきが更に大きくなっていく。

 そんな人だかりを押しのけて、ニーナ達の所に走って来る女性が一人いた。フロンだ。


「ニーナさん、お待たせしました!」

「ご苦労様フロン。それで、どうだったかしら?」

「はい、上から許可が下りました! ただし、『しっかり元の状態に戻すように』とのことです!」

「ふっ、当然ですわ!」


 ニーナは余裕の笑みを浮かべると一歩前に踏み出し、くるりと体を反転させて7人の部下とフロンの方に向き合う。


「聞きました通り、上から許可が下りましたわ。これより、小屋の清掃に取り掛かります! 各自、準備開始!」

「「「「「はいッ!!!!!」」」」」


 ニーナの号令を皮切りに、各自準備に取り掛かり始める。

 梯子を持って来た者は小屋の外と中に梯子を立て掛け、工具箱を持って来た者は中から必要な工具を取り出して並べ、『馬』と呼ばれる台を持って来た者は馬を等間隔に並べ、それを複数設置していく。

 そして全ての準備を完了すると、再びニーナの前に全員が整列した。


「ニーナさん、準備完了しました!」

「よし……かかりなさい!」

「「「「「おおぉぉーー!!」」」」」


 気合いの籠った掛け声と共に、ニーナ以外の全員がごみ集積小屋に突撃を開始した。

 まずフロンを含めた4人が、立て掛けた梯子を駆け昇り屋根の上に立つと、すかさず下にいる4人が上の4人に向かって金槌と釘抜きを放り投げる。屋根の上の4人がそれらを受け取ると、屋根板に打ち込まれている釘を次々と抜いていく。4人は手分けして全ての釘を数分で抜き終わると屋根板を剥がし、剥がした屋根板を下の4人に受け渡す。下ろされた屋根板は、馬の上に乗せられて並べられていく。

 屋根板を剥がし終えた4人は、次に屋根の骨組みを解体に取りかかる。屋根の骨組みは仕口しぐちという手法で組み合わせて作られており、その繋ぎ目を金槌でコンコンと叩いて外して丁寧に解体していく。解体した木材はまた下の4人が受け取って、屋根板と同じように馬に乗せて並べていく。

 並みの大工よりも早いスピードで屋根が解体されていく様を見て、野次馬からはまるで素晴らしい見世物を観た時のような歓声が上がっていた。


「ニーナさん、屋根の解体完了しました!」

「よし、全員屋根板と骨組みの塗装剥がしに取り掛かって下さい。あとは、私がやりますわ!」

「「「「「はい!!!」」」」」


 ニーナの指示で部下全員がごみ集積小屋から離れ、それと入れ替わるようにニーナがごみ集積小屋の前に堂々と立つ。ここからはニーナの仕事だ。


「さて、ちゃっちゃと片付けますわよ!」


 そう言って気合いを入れたニーナは、両手を前にかざしそれぞれ違う魔法陣を2つ描き、更に足元にも違う魔法陣をもう1つ描き、合計3つの魔法陣を同時に展開する。


「魔法陣だと!?」

「彼女は魔術師か!?」

「しかもただの魔術師じゃないぞ!? 魔法陣を3つも同時に展開するなんて……これは、あのAランクハンターのティナちゃんに匹敵する天才級の魔術師だ!」

「マジかよ……!?」

「スゲェ……!」


 ニーナが展開した魔法陣を見て野次馬達が一気に騒がしくなった。だが当のニーナはそんなこと微塵も気にした様子もなく、魔術を発動させる。

 ニーナが描いた魔法陣だが、右手の魔法陣は水を生み出す魔術、左手の魔法陣は砂嵐を作り出す魔術、足元の魔法陣は竜巻を起こす魔術だ。

 ニーナはこの3つの魔術を組合せ、水に砂を含ませると竜巻でそれを巻き上げて、巨大な渦を形成させる。渦は高速で回転しているが、ニーナが魔力で水をコントロールしているため、遠心力によって水が外に飛び散ることはない。

 その巨大で異様な渦を見て野次馬達はどよめき、部下達はニーナに崇拝の眼差しを向ける。

 そんな中ニーナは勢い良く回転する渦を操って、それを小屋へとぶつける。ぶつかった渦は小屋の外周を沿うように回転し、ドーナツ状の形へと変形した。

 その光景は、さながら巨大な蛇が小屋を締め付けている様に錯覚してしまうほど圧巻的で、先程まで騒がしい程どよめいていた野次馬達を黙らせるのには十分だった。


 渦が小屋の外壁を回転して直ぐ、外壁に変化が現れ始めた。色とりどりのカラフルなモザイク画に彩られていた塗装が、欠けていくように少しずつ剥がれ始め、元の石独特の天然のモノクロ色が徐々に露わになってきた。

 これは渦の中に含まれた細かい砂が高速で外壁に接触することで研磨剤の役割を担い、外壁を細かく削って塗装を剥がしているのだ。

 この作業には膨大な集中力が求められる。渦の水圧、含まれる砂の量、渦の回転速度のどれか一つが少しでも狂ってしまえば威力が足りずに塗装を剥がせなかったり、逆に威力が高過ぎると小屋を破壊してしまうかもしれない。掃除の為だけに磨き上げられた、ニーナの『繊細な魔術操作技術』と『天才的な魔術の才能』がなければ、真似することすら不可能な至難の業だ。

 そして数分も経たずに外壁の塗装を全て剥がし落としたニーナは、今度は渦を小屋の中に移動させて内壁と柱の落書きを落としていく。


「すげぇぜ……」

「さすがニーナさんね……!」


 屋根板と骨組みにかんなやすりをかけて落書きを剥がしていた部下達が、ニーナの神業につい見惚れてしまい作業の手が止まっていた。


「こら、自分の作業に集中しなさい!」

「「「「「は、はいぃいいい!」」」」」




 1時間後――。

 ニーナの手によって元の質感を取り戻したごみ集積小屋に、部下達がかんなやすりで綺麗にして、新しく腐食剤を塗り直した屋根板と骨組みを取り付ける作業を進めていた。

 取り外す時もそうだったが、ニーナの部下達の手際は並みの大工顔負けと言っていい程で、慣れた手つきで難なく取り付けを完了させた。


「ニーナさん、取り付け完了です!」

「「「「「おおぉぉぉーーーー!!」」」」」


 フロンの言葉に先程まで静まり返っていた野次馬達が、一斉に興奮した歓声を上げ、拍手が鳴り響いた。


「おい見たかよ! あんな神業今まで見たことねぇ!」

「凄い、凄すぎるぅー!」

「流石だぜ、青い流星群!」

「感動したわッ!」

「俺達は今、歴史の目撃者になった!」


 野次馬の数はニーナ達の知らない間に倍以上に増えていて、その異様な盛り上がりぶりにニーナ達は若干戸惑っていた。


「いつの間にこんなに人が……」

「作業に夢中で気付かなかったぜ……」

「あはは……、なんだか照れ臭いですね……」

「まったく、見世物じゃないってのによぉ……」


 部下達は困ったようにそう言ってはいるものの、その表情は綻んでいた。世間の爪弾きだった自分達の仕事ぶりが評価されている、その事実が素直に嬉しかったのだ。


「はいはいみんな、喜ぶのはいいけどまだ今日の仕事は終わっていませんわよ。私とフロンは作業が完了したことを報告しに戻るので、ちゃっちゃと後片付けをしてから自分の持ち場に戻ってください」

「「「「「了解です!」」」」」


 ニーナの一言で部下達は後片付けを始め、ニーナとフロンは仕事場に戻ろうとし、野次馬達は興奮さめやらない様子で帰ろうとした。

 まさにその時だった――。


「な、なな、なんじゃこれはぁぁああーー!?」


 野次馬の中から飛び出してきた一人の老人が、突然叫び声を上げた。

 あまりにも突然過ぎる出来事に、ニーナとフロン、部下達、野次馬までもがその場で硬直し、ただただその老人に目を向けることしか出来なかった。


「お前達かぁああ! 絵を消したのは!?」


 ニーナ達を見つけると老人は、ズカズカと近寄り喚き散らす。


「なんてことをしてくれたんじゃ! お前達にはあの芸術の価値が分からんのか?! あれはわしらが魂を込めて仕上げた傑作なんじゃぞ!」

「「「「「……」」」」」

「これだから最近の若いもんは……芸術の何たるかを全く理解しておらん!」

「「「「「…………」」」」」

「いいか、芸術とはな、己の内に秘めた物をいかに表現できるかに……カクカクシカジカ――」

「「「「「………………」」」」」

「――つまり、このキャンパスに描いていた絵は、わしらの芸術家魂の集大成で……って、聞いているのかお前達!?」

「「「「「……………………」」」」」

「な、なんじゃその目は……。何故そんな殺気に満ちた目でわしを見るのじゃ……」


 ニーナはおもむろに軽く手を挙げて、そして勢い良く振り下ろした。


「確保ぉぉおおおおー!」

「「「「「うおおぉぉー!!」」」」」

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