4.中央塔

 この受付嬢が何故涙を流していたのか気になるところだけど、詮索してはいけない気がしたのであえて触れないようにして、自分達が「貿易都市に始めて来たので都市の事を色々教えてほしい」と頼んだ。


「でしたらあちらのフリースペースで説明しましょうか? なにぶんこの都市は広いので、色々お話しするのにも時間が掛かります。立ったままでは疲れてしまいますので」


 昼食の時に休憩したとはいえ、都市門前で長時間立ちっぱなしだったり、ここまで歩いて移動したりで足を酷使していたのは確かだ。まああまり気にはならないのだが、特に受付嬢からの誘いを断る理由は無かった。

 受付嬢は受付窓口から、入口近くのテーブルと椅子が並べられている場所へと私達を案内する。


「どうぞお座りください、今お飲み物も用意いたしますね」


 大きな長方形のテーブルに受付嬢と向かい合う様に座ると、受付嬢は近くにいた別の職員に飲み物を持ってくるように頼んだ。しばらくしてその職員が氷で冷やしたジュースを人数分持ってきて、それぞれの目の前に置くとペコリと一礼して下がって行く。


「どうぞお飲みください」

「ありがとう」

「それで、聞きたいことはこの貿易都市についてでしたね?」

「ええ。貿易都市には始めて来たから右も左も分からなくて……、門番さんにここに来れば教えてくれると聞きましたので」

「分かりました。それではまず、この中央塔から説明していきますね――」


 それから受付嬢は時間を掛けて、かなり詳しく説明をしてくれた。

 まず私達が今居る中央塔だけど、都市の中央に位置するこの建物は有名な観光スポットなのだが、実は貿易都市の管理運営もしている重要施設だそうだ。


 そんな中央塔の1階は、案内所や掲示板、私達のいるフリースペース等が設置された公共施設になっていて、一般人の立ち入りは自由になっている。

 しかし2階から上の階は関係者以外立ち入り禁止で、もし許可なく入ったら一発で警備隊のお世話になるそうだ。なので絶対に立ち入る事の無いようにと、受付嬢は口を強くして注意してくる。

 ……まあ私にとってそんな所に興味は無いので関係ないだろうけど、一応覚えておこう。


 次にこの貿易都市の構造だが、貿易都市は大きく4つの区画に分かれていて、それぞれ『居住区画』、『工業区画』、『商業区画』、『管理区画』と呼ばれているそうだ。

『居住区画』は貿易都市で暮らす住人の家や宿屋などの住居が建ち並ぶ区画で、貿易都市の東側と西側がこの区画に該当する。因みに、都市門があったのもこの区画だ。


『工業区画』は貿易都市の北側にあり、沢山の工房と技術者が集まっていることから、“技術の巣窟”とも呼ばれているらしい。

 研究者としてそういった場所は興味がそそられるので、求人募集を出し終えたら寄ってみることにしよう。


『商業区画』は貿易都市の南側にあり、沢山の商人や人々が行き来する活気溢れる区画になっているらしい。

 商業区画には、ありとあらゆる種類のお店が建ち並んでおり、大抵の商品はここに揃っているので欲しいものがあればここで探せばいいそうだ。


 そして最後がこの中央塔が建つ貿易都市の中心に位置する『管理区画』だ。ここは重要施設や公共施設の集まる場所で、中央塔もその重要施設の一つとなっている。


「そう言えば、皆様はどういった御用でこの都市に来られたのですか? 始めて来たとの事でしたが?」

「実は私、地元で商人をしていたのですが少し商いの手を広げようと思いまして……。それで経済の中心地とされるこの貿易都市を一度目にしておこうと思ったのです」


 いかにもそれっぽい理由を語ったが、勿論これは嘘だ。

 この貿易都市で行動するにあたって目立つ事がないように、予めそれらしい理由と設定を作っておいたのだ。

 因みにその設定では私は地方商人で、他の4人は私の知り合いで仕事を探す為にここまで一緒に付いて来たという事になっている。


「成程、それでこの都市に商いをしに?」

「そうしようと思ったけど、今回は私の扱う商品に需要があるかを調べるだけにするつもりです。そしてそれとは別で最近忙しくなってきたこともあり、先に我が家の使用人を新しく雇う為に求人募集を出そうかとも考えています。それとこの4人は私の知り合いで、私が貿易都市に行くことを知って付いて来たのですが、出来れば彼らの仕事先も見つけてあげたいのだけど、そういうことに適した場所はありませんか?」

「それでしたら『労働組合』に行かれるのがよろしいかと」

「労働組合?」

「ええ。この中央塔を出てすぐ近くにある『管理棟』と言う大きな建物の中にある施設の一つなのですが、そこでは主に仕事の紹介や募集・掲示を行っているので、皆様の目的を叶えられると思います」

「成程ね。どうもありがとう、助かりました!」

「どういたしまして。また何か分からない事があればいつでもいらして下さい」

「ええ、その時はまたよろしくお願いしますね」


 私は受付嬢と握手を交わしてお礼を言う。

 目的の場所が決まったなら善は急げだ。私達は早速『労働組合』に向かう為に、中央塔を足早に飛び出した。


 しかし中央塔出たすぐの所で、私の首から下げていたネックレスの石が突然淡く光り出し、突然頭に声が響いてきた。


(セレスティアよ、少し厄介なことになったかもしれん。この都市にはあまり長居はしない方が良いかもしれないぞ)


 声の主はミューダだった。

 何故屋敷で留守番をしているはずのミューダの声が聞こえるのかというと、それは私が首から下げているこのネックレスのおかげだ。

 このネックレスはミューダが特別な術式を組み込んで作った魔道具で、装着者の視覚と聴覚を対となるネックレスを所持する術者に共有する能力がある。

 つまり簡単に言うと、ミューダは私が見たり聞いたりしていることを、あたかも自分がそこに居るかのように受け取っているのだ。

 更に凄いのは、ネックレスに魔力を流すことにより思念を飛ばして、直接会話をすることも可能なのだ。実に優れ物である。


 だけど今はネックレスの凄さはどうでもいい。気になるのは、何故ミューダが突然そんな事を言ってきたかだ。


(長居しない方がいい、っていうのはどういうことかしら?)

(それが先程の受付嬢だがな、セレスティアとの会話中に何度も魔術的な能力を放ってこちらに干渉しようとしていた)

(な、何ですって!?)

(幸いにもそのローブのお陰で防げたが……逆に向こうも防がれたことに気付いているはずだ)


 私達が着ている新緑色のローブ。見た目こそ質素で何の変哲もない普通のローブだが、これもまたミューダが術式を組み込んだ特別製だ。

 その効果は、魔術的な攻撃や干渉を探知すると、自動的にその術式を解析し無効化するという物である。

 ミューダの言う事が本当なら、あの受付嬢は何かしらの干渉をできる力を持っているという事だ。……それはかなり危険だ。


(あの受付嬢が何者で、何をしようとしていたかまでは分からんが、今後何かしらの接触がある可能性は高い)

(成る程、それで長居は無用というわけね)

(そういうことだ。さっさと用事を済ませて帰ってくること勧めるぞ)

(わかったわ。なるべく今日中に帰れるようにするわ)


 その言葉を最後にネックレスは輝きを失って、ミューダの声は聞こえなくなった。

 私はすぐに先程のミューダとの会話を4人に話し、警戒を怠らないよう注意して足早に『労働組合』に向かうことにした。

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