第46話 前夜
その場所は闇に覆われていた。
だが、無明というわけではなかった。
しかし、目的の場所には現れていなかった。
遅れて、異世界から、この世界へ【
≪
まだ、皆、この世界に留まっているようだ。
ついでに、【
やはり、倒せたのだろうか。
≪転移≫
今度こそ、皆の場所へと現れることができた。
「――っ、貴様か。それで、【嫉妬】は何処に行った!?」
「恐らくですが、倒せたみたいです」
「……今のは僕の聞き間違いか? 貴様が倒したと言ったように聞こえたが?」
「俺にもまだよく分かりません」
「どういうことだ? ちゃんと説明しろ」
「実は――」
俺は少年の【
「――消滅した!? そんなことが可能なのか!?」
「【水晶眼】で捜索してみましたが、存在は検知できませんでした」
「では、何か? 【
「それは俺にもよく分かりませんよ。ただ、相手の気配が希薄になってはいきましたね」
「……希薄にだと……どういうことだ?」
「――もしかしたら、ですが。体内で【救世】を使用したことにより、吸収していた魂を消滅させていったのかもしれません」
少年が悩んでるところに、メイドさんからそんな言葉が投げかけられる。
「……【救世】は世界を消滅させる。……【魔神】は幾つもの世界の魂を吸収していた。つまり、その吸収した世界分に相当する【救世】を使用してみせれば、最終的には【魔神】に吸収された全ての魂を消滅させ、弱体化させることができるというのか?」
「あくまで、状況からの推察に過ぎませんが」
「…………」
「ですが、もし、それが有効であるならば、残る【
「……あの【怠惰】に勝てる、と?」
「可能性はあるかと」
「…………一度、天界に皆を集めよう。そこで今後の方針を決定したい」
「……そうですね。それに一刻も早く【救世】による世界の消滅を止めた方が良いとも思われます」
「っ!? そうだな、それについては、今すぐ通達するとしよう」
少年とメイドさんの話し合いにより、次の方針が決まったようだ。
一時はどうなることかと思われたが、どうやら光明が見えてきたらしい。
とんだ一日になったものだ。
まさか同じ日に、二度も【嫉妬の魔神】と相対すことになろうとは。
何とも肝の冷える展開だった。
何度か死にかけもした。
しかし、どうにかこの世界への被害は最小限に抑えられただろう。
良かった。
本当に。
脳裏に誰かの顔が浮かんだ気がした。
「――では、急ぎ天界に戻るぞ」
そこに少年から皆に声が掛けられた。
「おそらく、上位の【執行者】全員を動員して、【怠惰】討滅に向かう運びとなるだろう」
「できるだけ速やかに行動に移りたいところだが、天界で話を終えたら、一時休養を挟んだ後に出立するつもりだ」
「…………」
できれば屋敷のベッドで一眠りしたいところではあるが、そういうわけにもいくまいか。
だが、いきなり泊っているはずの二人の姿が消えていれば、屋敷では騒ぎが起きていてもおかしくはない。
一言、伝えてから天界に戻った方が良いかもしれない。
「俺は後から天界へ向かいます。皆は先に戻っていて下さい」
「――貴様、何を勝手なことをい――」
「――ハイハイ、委細承知しました。後は私に任せて、早く行ってあげてください」
何やら訳知り顔――といっても兜で表情は伺えないが――といった女性の【執行者】に促されるままに、俺は屋敷へと向かうことにする。
≪転移≫
とりあえず、
「――おぬし!? 今の今まで、一体、どこで何をしておったんじゃ!?」
すると、間を置かずにそんな声が掛けられた。
見ると、女王が部屋に居た。
「……いらしてたんですか? 屋敷に被害はありませんでしたか?」
「……やはり、先程までの振動や轟音は、おぬしが関わっておったんじゃな?」
「先程お話した【嫉妬の魔神】がこの世界に襲来していたのです。それを俺たちで迎撃に当たっていました」
「……ここに戻って来たということは、撃退に成功したということか? じゃが、連れの姿が見えんようじゃが……」
「彼女は先に天界へと戻ってもらいました。俺は事情の説明も兼ねて、ここに戻って来たんです」
「そうか、無事ならばなによりじゃ」
「それでですね、俺もすぐに天界へと戻ることになりまして、部屋や食事の手配をしていただいて大変申し訳ないのですが……」
「良い。まだやらねばならんことがあるんじゃな?」
「はい、そうです。おそらく、次で最後になるはずです」
「最後じゃと? 戻って来られるのか?」
「……どうでしょうか。まだ可能かどうかも不確かな状況ですから」
「何やら良く分からんが、全てを終えたら、また屋敷を訪ねて来るが良い。今度こそ馳走を振舞ってやるゆえな」
「……分かりました。では、それを楽しみとして頑張ってみますよ」
「うむ……」
「…………」
「…………」
「……では、俺はそろそろ戻ります。それでは、また」
「……うむ、では、またな」
最後は何やら気まずい雰囲気となってしまったが、俺はその場を後にすることにした。
≪転移≫
天界では、既に【執行者】たちが集まっていた。
メイドさんたちの姿を見つけ、そちらへと向かう。
「もう話は終わってしまいましたか?」
「いえ、まだこれからです」
「そうですか。……急展開過ぎて、何だか実感が湧きません」
「……そうですね。これ程早く【怠惰】と相対することになろうとは、私としても予想外でした」
「【怠惰の魔神】を倒せれば、もう当面の脅威は去ることになるんですよね?」
「そうなります。残る【魔神】は私たち【
「……そう、ですね。【救世】が本当に有効であれば」
「はい、ですが【嫉妬】の気配は未だ感じられません。恐らくはもう消滅してしまったと思われますよ? ですから大丈夫ですよ」
「…………」
これで、もし【救世】が有効でなかったならば。
あるいは、【救世】は有効だとしても、【怠惰の魔神】にだけは効かなかったとしたら。
それこそ、【救世】は効いておらず、【嫉妬の魔神】すらどこかで未だ健在だったとしたら。
無明の闇が仇となり、【嫉妬の魔神】の姿が確認できなかったばかりに、本当に消滅し得たのか、確信が未だに持てないでいる。
もし俺の勘違いでしかなかったとしたら。
そんな不安を拭い去ることができない。
【
それ故に、【嫉妬の魔神】の生存を否定できる根拠が得られない。
頭の中を同じような考えが堂々巡りをし続ける。
「――皆、集まったようだな」
すると、何時の間にか少年が皆の前に立って居た。
少年が話を続ける。
「集まって貰ったのは他でもない。先程、【嫉妬の魔神】の討滅に成功した」
「っ!?」
何だって!?
消滅を確認できたのだろうか?
俺の驚愕とは種類が異なるが、周囲もまた、驚愕に包まれていた。
「――諸君、静まりたまえ。これより後、残る【怠惰の魔神】の討滅へと赴くことになる。それには上位者全ての参戦を命令する。下位者は天界にて待機し、【
「以上だ。――何か質問はあるか?」
「はい!」
「よろしい、発言を許可する」
「ハッ、【救世】による世界の消滅は、もう中止されたとの認識で問題ありませんでしょうか?」
「あぁ、その認識で間違いはない。あれはあくまでも、【嫉妬の魔神】に対する緊急の措置だっただけだ。【怠惰】に関しては以前から積極的に活動する様子は見られない。今回の天界に対する襲撃こそが稀な事態だっただけだ」
「――他には何かあるか?」
「はい!」
「よろしい、発言を許可する」
「ハッ、【嫉妬の魔神】をどのようにして討滅せしめたのでしょうか?」
「その件か。それは、【魔神】の内部から【救世】を使用することにより、吸収していた魂を消滅させることが可能だと判明した。それによって【嫉妬】を弱体化させ、遂には消滅させるに至った」
その言葉を聞いて、周囲でどよめきが起こる。
それがある程度静まった頃を見計らって、少年が声を掛ける。
「他に質問は?」
「はい!」
「よろしい、発言を許可する」
「【怠惰の魔神】への攻勢には、時期尚早ではないでしょうか? 天界も未だ復旧の目処がたっておりませんし……何故、今それを成す必要があるのでしょうか?」
「僕たち【執行者】の目的は【大罪】の討滅にこそある。そして、急ぐ理由としては、相手に対策を取られる前に事を成す必要があるからに他ならない。【救世】が有効である今の内にこそ、決着を付けなければならないのだ」
「他には?」
「はい!」
「よろしい、発言を許可する」
「天界の守備はどうされるのでしょうか?」
「それについては、【
「――他には? もうなければ、この場は一旦解散とする。上位と下位の代表者は僕の元に来るように。今後の子細な指示を与える」
「では、解散!」
その言葉を皮切りに、皆が各々散らばっていった。
【嫉妬の魔神】のことを尋ねたいが、まだ少年は忙しそうにしている。
話を聞くのは後にした方が良さそうだ。
そうなると、途端に手持ち無沙汰となってしまう。
確かさっきまで居た世界では、もう夜だったはずだ。
どうせできることもないのなら、今の内に少しでも休んでおくべきか。
辺りは瓦礫が多少撤去されたとはいえ、部屋が修繕されているはずもない。
床にごろ寝するしかないか。
屋敷のベッドがまた恋しくなってくるが、贅沢は言っていられない。
多少、皆から離れた位置へと移動し、申し訳程度に床を片付け、大人しくその場で横になる。
一人で居ると、つい余計なことばかりを考えてしまう。
本当に【嫉妬の魔神】を倒せたのか。
【怠惰の魔神】に【救世】は有効なのか。
今もどこかで新たな【魔王】や【魔神】が誕生し、どこかの世界を襲ってはいないだろうか。
それは、ともすれば、先程まで居た世界だったりするのでは――。
眠りに落ちる事無く、ただただ悪い想像だけが次々と浮かんでは消えてゆく。
夜が訪れることのない天界で、俺は長い夜を過ごす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます