第26話 探索

 結局、心の中で文句を言いつつも、馬車に同乗し、ついて行くことにした。


 お礼として、食事と寝床を与えてくれると言う話だったからだ。

 これで不審者として捕まることも無いと信じたい。

 まさか、このまま騙されていて収監されるとかは勘弁して欲しい。


 見るからに人目を忍ぶような、怪しい馬車と、顔を仮面で隠している御者ぎょしゃとその主人。

 抵抗が無いわけではなかったが、折角発生したイベントだし、これで何かしらのフラグでも立つことだろう。

 そんなゲーム脳で方針を決定した。



 馬車は街道を進み、程なく街へと到着したようだ。

 馬車に掛かる覆いの所為で、外の様子は伺えないが、街の奥の方まで進んでいるようだった。


 しばらくして、馬車が停車した。

 御者が扉を開いてくれる。


 この馬車の主人が降りるのに続いて、俺も降りる。

 そこは、所謂いわゆる馬屋うまやといわれる馬を休める場所のようだった。


 馬車の片づけを行う御者の代わりに、使用人らしき青年が出迎えに来ていた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「あぁ、客人を連れて来た。食事と部屋を用意してくれ」

「私の恩人だ。くれぐれも粗相のないようにな」


「はい、かしこまりました。それでは、お客様を客間へとご案内致します」


「あぁ、頼む」

「それでは、私はひとまずここで失礼します。貴方は存分にくつろいでいってください」


「えぇ、お言葉に甘えさせていただきます。それでは」


 そう言って、主人とは別れた。

 残された俺を、使用人が案内してくれる。


「それではご案内致します。どうぞこちらへ」


「はい、お願いします」


 やはりと言うべきか、先程の馬車の中に居た人は、身分の高い人物のようだ。

 屋内の様子や調度品などが、明らかに一般的な物とは格が違う。


 それ故に、お忍びで何処かに出かけていたのは、人目をはばかるようなことだったということか。

 帰りに遭遇したのではなく、主人の目的地で遭遇していた場合、この展開にはならなかったように思える。

 大方、貴族の良からぬ趣味というやつなのだろう。

 深入りすると、藪蛇になりかねない。

 今は、食事と寝床にありつこう。



 案内された室内もやはり豪華だった。

 とはいえ、きらびやかというわけでは無い。

 ただ、高級ホテルの紹介映像とかで見たような、独特の雰囲気があった。


 しわ一つ無いシーツとか、使うのも躊躇ためらわれる程に、整った室内。

 何とも、緊張して落ち着かない感覚だ。

 所詮しょせん、俺は庶民といったところか。


 食事はわざわざ部屋に持ってきてくれた。

 この世界の食事がどういった形式かは不明だが、フランス料理のフルコースが出てくるといったことはなく、パンとスープに、高そうな肉と野菜が一緒に出された。


 マナーとかも分からないし、会食というわけでもない。

 特に片意地はらず、好きに食べさせてもらった。


「お風呂はいかがなさいますか?」


「あ、じゃあ入りたいです」


「畏まりました。それではご案内致します」


 再び部屋を出て、案内につき従ってゆく。


「こちらのお部屋が、浴室となっております」


「ありがとうございます」


「私はここで待機しておりますので、お帰りの際、またお部屋までご案内させていただきます」


「すみません、助かります」


 それは正直ありがたい。

 初見で大きな屋敷、しかも、似たような造りの部屋が並んでいるのだ。

 迷うなと言う方が無理だろう。


「いえ、お気になさらないでください」

「ご入浴中に、お召し物はこちらで洗濯させていただきますので、室内のお召し物を代わりにお使いください」


「あー、すみません。それは遠慮させてください」


「……これは、失礼致しました。それでは、お召し物はそのままということでよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


 まぁ、洗うも何も、【聖衣せいい】は解除すると消えてしまうのだが。


「それでは、ごゆっくりとお寛ぎください」


「はい、それではまた後で」


 そう言って、俺は風呂を堪能した。



 風呂から上がり、また部屋へと戻って来た。

【聖衣】を解除することなく、着衣のままベッドへ倒れ込む。

 シーツに皺が入ることに、若干引け目があったが、ベッドの吸引力には逆らえなかった。


 ベッドに身を預け、暫し考える。

 現状、この世界の異変は見受けられない。

 それどころか、この世界について、まだ何も知らないに等しい。

 街には入れたみたいだが、この屋敷が街の何処に建っているかも分からない。


 流石に、この屋敷に居座るわけにもいかないし、明日は宿を探さねばなるまい。

 盗賊たちの金で足りれば良いが、足りなければ、また、何か金策を講じなければ。

 あの盗賊たちは捕縛もしていないし、また、街道に現れてくれれば楽なんだが。


 ともかく、明日は情報収集と宿探しをするとしよう。

 俺はそこで考えるのを止め、眠りについた。






 腹に衝撃。


 流石にびっくりした。

 例え、何か起こるだろうと予想していたとはいえ、だ。

 流石に、今回は全裸で寝ずに【聖衣】を着ていて正解だった。


 目を開けると、案内してくれていた青年がベット脇に居た。

 その手に先程、俺の腹を刺したであろうナイフを握って。


 お忍びの種類にもよるとは思ったが、予想よりもバレると不味い類のものだったらしい。

 目撃者を口封じするつもりで、屋敷へと招いたようだ。


 襲撃者は驚きの表情を浮かべている。

 俺にナイフが刺さらなかったことが、余程予想外だったのだろうか。

 これまで被害者が居るのか居ないのか不明だが、あまり手慣れてはいない様子だ。


 窓の外を確認すると、まだ朝焼けも迎えてはいない。

 こんな時間から活動を開始しなければならないことに憂鬱ゆううつになる。

 俺は昼まで寝る体質なんですが……。


 俺は、驚愕きょうがくに固まったままの襲撃者、もとい、使用人を余所よそに、窓辺へと近寄る。

 窓を開け放ち、身を乗り出す。


「じゃあ、お世話になりました」


 そう捨て台詞を吐いて、窓の外へと身をおどらせる。

 己の姿が窓からは見えなくなった位置で【転移てんい】を行う。


≪転移≫


 俺は屋敷内の浴室に姿を現していた。


 流石に、成功しなかったとはいえ、暗殺までされたのだ。

 これからも一方的に付け狙われたのではたまったものではない。

 相手の弱みを握っておくべきだろう。

 差し当たっては、この屋敷の主人が夜に何をしに出掛けていたのか、だ。


 街道で見た限りでは、どこから来たのかは何となくしか分からない。

 それこそ、途中で街道かられていれば、元を辿ることもできはしまい。

 当然、目的地を知っているのは、主人と御者だ。

 ならば、御者の身柄を押さえよう。


 ……ラッキースケベには恵まれなかったか。

 無人の浴室内を見渡し、そんなことを思った。



 室外に耳を澄ませば、俺の逃亡を知らせたのか、慌ただしい様子が伝わって来る。

 こういう時は、透明化とかできるとありがたいのだが。

 十二分に便利な【リング】にも、そんな機能は備わっていない。

 こんなズブの素人がスニーキングミッションとか、無理ゲー過ぎるんですが。

 俺はアクションゲームは苦手なのだ。

 もっぱらRPG専門、リアルタイムな操作を要求されるものとか、特に苦手だ。

 しかも、それをリアルにやらねばならないとか、人生何が起こるか分からんね。


 暫く浴室内で待機していると、室外の様子が落ち着いてきた。

 ……そろそろ行きますか。


 俺がこの屋敷内でイメージできるのは、今のところ、馬屋、浴室、客間の三つだ。

 後は廊下とかもいけるかもしれないが、どこに行けばいいか分からないだろう。


 さて、使用人とかは、普通どこの部屋になるんだろうか。

 俺が案内された客間は、二階だった。

 まさか、同じ二階には割り当てないだろう。

 となれば、一階か、もしくは地下か。


 一階は、浴室もあるし、共用スペースが多いのかもしれない。

 第一候補は地下だろうか。

 まぁ、この屋敷に地下があるかは知らないが。

 後は、隣接した別の使用人用の家屋が用意されている場合か。

 ひとまずは、この屋敷を探索して、その後でそちらの可能性をあたるとしよう。



 一階の廊下に人の気配は無い。

 この世界の常識とかは分からないが、一階の廊下の明かりは保たれたままだ。

 夜に消す習慣が無いのか、身分的なもので贅沢の一種なのか。

 まぁ、暗がりで探すよりは楽だと考えよう。

 見つかる可能性も高まるが、どうせ捕まらないし。

 これはワンサイドゲームなのだ!


 一旦、各部屋の物色は控えて、大人しく地下への入口を探す。

 広い空間、エントランスに出た。

 ここも無人だ。


 二階に上がる階段が、左右に弧を描くように備え付けられている。

 一番ありそうなのは、ここなんだが。

 一見しただけでは、見当たらない。

 もっとも、地下があるとは限らないのだが。


 エントランスでは何も見つけられず、一階の反対側の廊下へと向かう。

 この屋敷はエントランスを中央に構え、左右対称の造りをしているようだ。

 似たような廊下を進んでゆくが、廊下にもそれらしき場所は見当たらない。


 こうなったら各部屋を虱潰しらみつぶしに当たるべきか。


 と、そういえば、馬屋で別れた主人は、俺たちとは違う扉を使用していた。

 あの扉の先はどこに繋がっていたのだろうか。


≪転移≫


 馬屋に来てみた。

 主人の使用していた扉を見つける。


 流石に、主人の部屋に直通はしていない筈だ。

 だが、そもそもこの扉の位置はおかしい。

 屋敷の方向とは異なっている。

 では、一体どこに繋がっているのか。


 扉に手を掛ける。

 鍵は……掛かっていない。

 扉を慎重に開けてみる。


 真っ暗闇。


 俺は身を横に避け、馬屋の明かりで中を見ようとする。

 そこは室内ではなかった。

 下り階段だ。


 屋敷の主人が地下に直接行く要件とは?

 これは御者を探すまでもなく、何か見つけられそうだ。

 俺は階段へと踏み出し、扉を内側から閉める。

 そして、暫しその場で暗闇に目が慣れるのを待つ。


 うっすらと周囲を確認できるようになったのを確認し、階段を下りてゆく。


 狭い。

 人一人通るのが限界といった細さ。


 そして、結構長い。

 これは一階層分どころではない深さのようだ。


 果ての見通せぬ階段を慎重に下りてゆく。

 ここの空気は埃っぽくは無いし、カビ臭くも無い。

 つまり、空気を定期的に入れ替えているのか、余程、使用頻度が高いのか。


 ようやく階段の一番下に辿り着いた。

 ここからは通路になっているようだ。

 地下室ではない。

 どこか別の場所に繋がっているのか。


 どこぞの屋敷の地下に謎の研究施設があって、みたいなのは勘弁願いたい。

 ゾンビとかは嫌だ。

 中世にゾンビってあっただろうか。

 そもそも文化圏というか、違う地域だったように思う。


 そんな取り留めもないことを考えながらも、歩を進めて行く。

 分岐も無い、一本道。


 こうなってくると、ここから出た場所こそが問題になりそうだ。

 ここまで遠くに地下室というわけもあるまい。

 何処か別の場所への通路だと考えるべきだろう。


 屋敷の馬屋から伸びる地下通路。

 金持ちの道楽にしては手が込み過ぎている気がする。


 屋敷を建ててから通路が造られたのか、あるいは、この通路の先に屋敷を造ったのか。

 前者ならば、目的地はこの通路の先にある筈だが、後者ならば、屋敷こそが目的地になる。

 さて、何処に繋がっていることか。


 これまた暫く歩き続け、今度は上り階段につき当たった。

 行き先は地下では無く、地上なわけか。


 階段を上って行く。


 やはり、下りと同じ距離があったのだろう、随分かかったが、ようやく上り終えた。

 目の前には扉。

 外の様子は伺えない。

 耳をそばだててみるが、特に何も聞こえない。


 ここまで来て、外を確認しないわけにもいくまい。

 意を決して、しかし、慎重に扉を開けてゆく。


 そこは石造りの室内だった。

 だが、何もない。

 寝具も無く、調度品も無い。


 用途不明な一室だった。

 あるいは、この通路のためだけの部屋なのかもしれない。


 室内にはもう一つの扉があるのみ。

 さぁ、何処に繋がっている。


 俺は扉を開いた。





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