第6話 交流

 牢から連れ出された俺は、研究者のラボに案内された。


 ここに来るまでに、少し話をしていた。

 自己紹介をされかけ、名乗りを断ったり、至る所で見える銀色の金属が極小の機械群だったり、今居る建物が【水晶球すいしょうきゅう】で見た都市中央の一番大きい建物だった等。


 驚いたのは、その機械についての話だった。

 まるで、SFモノのナノマシンのようだった。

 俺の印象では、某映画の液体化できるサイボーグがイメージし易い。

 あのサイボーグと同様に、色々な形状変化が可能のようで、都市の建物、乗り物、機械全てがその極小の機械で構成されているとの話だった。

 名称は普遍的な機械という意味のユニバーサル・マシン、略して【UMユーム】と言うそうだ。

 まま英語に聞こえるが、翻訳により俺の知る言語に変換されているのかもしれないが、詳しいことは俺には解らなかった。


 流石の俺も、物の名前にまで拒否反応は示さない。

 俺も【UM】と呼ばせて貰おう。


 それと、漸く既視感の正体に気が付いた。

【UM】と【リング】が似ているのだ。

 組成は解らないが、触感が似ている。

 もしかしたら、【UM】を元にして、天界で【リング】が生成されているのかもしれない。

【UM】は銀色で、【リング】は金色だが、どうやら【UM】も色を変えるのは可能とのこと。

 ただ、都市運営の観点から、緊急時など、市民に対して警報代わりに全ての【UM】の色を変更させるらしい。

 故に、通常ではデフォルトの銀色になっているそうだ。

 室内等では、普通に個々人の好みに合わせた色にしているそうだ。


 それから、【UM】は一定数以上集合することで、重力制御を可能としているらしい。

 この世界に来た時に俺を轢いた乗り物も、【UM】の集合体による重力制御により移動していたようだ。

 操作用のデバイスを装着することで、諸々の操作が可能らしいが、【リング】のように小型化はできていないらしい。

 勿論、興味を示されても困るので【リング】は見せていないが。

 それで【UM】を用いずに宙に浮いていた俺に対し、未知の技術を使用していると考えたようだ。



 改めて、ラボを見渡す。

 デフォルトの銀色をした室内に居るのは、俺と件の研究者の二人だけだった。

 今は、机を挟んで椅子に座っている。


 正直、ラボとは言っても、どの建物も【UM】製なので、どの部屋でも性能は変わらないだろうが、持ち出しできない資料や道具もあるのだろう。

 紙ではなく、板のような物が壁の棚一杯に収められている。

 地球でいうところの、電子ペーパーとかだろうか。

 物珍しそうに周囲を見渡す俺に、研究者が声を掛ける。


「さて、ここなら誰にも聞かれることはない。この部屋の最高責任者は儂じゃからな。盗聴の心配も無しじゃ」


「……偉い人なんですか?」


「まぁ、そうじゃのぅ。この都市では一番の研究者じゃと自負しておるよ」

「そういうお前さんはどうなんじゃ? 何か特別な立場なんじゃろ?」


 特別……か。

 あんなことが起こる迄は、自分が特別な存在だと思い込んでいた。

 実際は、想像していたモノとは、特別の意味が異なっていたが。


 俺の微妙な様子に気が付いたのか、さっきとは違った言葉が掛けられた。


「……お前さんも、何かやらかした口か。誰か近しい者を亡くしたんじゃないか?」

「儂は、妻と娘を亡くしたんじゃ。【UM】の事故でのぅ。当時はまだ今程【UM】の制御が容易く行えず、な。当時から【UM】の研究者じゃった儂じゃが、それを切っ掛けに更に研究に打ち込み、今に至る訳じゃよ」


「…………」


 俺が上手く言葉を返せないでいると、更に声が掛けられた。



「何となく、な。お前さんも過去に抱えるものがあるんじゃないかと思ったんじゃよ。気のせいならすまんかったな」


「っ!!!」


 俺よりも20歳以上は年上の大人が、こんな身元不明な若造に腹を割って話してくれたのだろう。

 気が緩んだのか、気を許したのか。

 気が付けば、俺は自分の身の上話をしていた。

 俺の世界、俺のこと、天界など、洗いざらいぶちまけた。




「…………そうか」


 長い話を聞き終え、研究者が発したのは一言だった。

 だが、その一言で終わりではなかった。


「重たいなぁ……背負ったもんが。途方もないわ」

「それじゃあ、簡単には死んじゃいかんな」

「死んだもんに詫びる方法などありゃせん。あらゆる想いは生きとるもんだけが持っとる」

「悔いも、悲しみも、憤りも、嘆きも、お前さんが生きとるから持てるんじゃ」

「お前さんの言葉どおりなら、お前さんの世界のもんは、もぅお前さんしか覚えていてやれないんじゃ」

「【水晶球】とやらで記録されとるのかもしれんが、生きとるってのは情報じゃない」

「そこに感情があるからこそ、生きとるって言えるんじゃと儂は思う」

「生き残ったお前さんの感情こそが、お前さんの世界の全てじゃ」

「生きることが恥な訳あるまい。恥をかいて生きとるのと、生きていることを恥ておるのとでは意味が違う」

「お前さんは恥をかいてでも、生きなならん」

「それを、誰も責めることは許されん。しちゃならん」

「例え亡霊としてお前さんの前に誰かが現れることができたとしてもじゃ」

「お前さんは、お前さんを生かせばいいんじゃよ。それだけでいいんじゃ」


 涙が出た。


 女神様に世界が滅んだと聞いた時も、その後でいろいろ考えた時も、この世界に来て牢屋の中で考えた時も、涙は出なかったのに。

 でも、悲しいのか嬉しいのか、どの感情かが分からなかった。

 唯々泣いた。



「……何か、すみませんでした」


 人前で泣くなんて、子供の頃以来だ。

 今は無性に恥ずかしい。

 顔は赤くなり、身を縮こませながら、言葉を放つ。


「良いんじゃよ。話してスッキリしたんじゃろ」

「楽になれとは言ってやれんが、苦しむことがお前さんのすべきことじゃありぁせんよ」


 何ていうか、いろいろ失礼な表現かもしれないが、俺の両親よりも親って感じがした。

 こういうのを親身って言うんだろうか。


 ……これは強烈な皮肉だな。

【救世主】が救われる側っていうのは。


 これは研究者なんて呼び名では失礼だな。

 とはいえ、名前で呼ぶのは信条に反する。


「……あの、迷惑でなければ、おやっさんて呼んでもいいですか?」


「…………」


 沈黙が返ってきた。

 完全に自爆したかと、恐る恐る表情を伺う。

 すると……。


「ファッハッハッハッ!!!」


 破顔していた。


「ハッハッハッ。好きに呼んだらえぇ。ここに来る道中でもそう言っとったじゃろ」



 お言葉に甘えて、今後おやっさんと呼ばせて貰おう。

 まだ気恥ずかしいが、この世界について、色々と聞いておきたい。



「分かりました。では、おやっさん。この世界には、ここ以外にも都市があるんですよね?」


「あぁ、勿論じゃとも。じゃが、どこも海上か空にしかないがの」


「?」


「地上は自然のままに保持されておるんじゃよ。人間が動植物に影響を及ぼさんようにな」

「勿論、海中にも影響を与えてはおらん。海上といっても浮いておるしの」


「それは……」


 言われ、思い出すのは地球の環境についてだった。

 人間が居ることで、多くの種が絶滅していたはずだった。

 人間はいろいろな環境で生きてゆけるが、動植物はそうでは無かった筈だ。

 勿論、魚類や鳥類、他の生き物だってそうだったろう。

 地球では終ぞ実現できなかったそれを、この世界では実現できているというのか。


「人口とかは大丈夫なんですか?」


「ん? お前さんの世界にはどれぐらいおったんじゃ?」


「……正確には分かりませんが、70億は超えていたと思います」


「そりゃまた、随分増えたんじゃのぅ。この世界じゃ精々1千万ってとこじゃろうな」

「都市は10個あってのぅ、大体、1都市につき100万人位が住んどるよ」


「食料はどうしているんですか?」


「人工的に作った所謂栄養食じゃな。味は好きにできるが、必要な栄養が摂れるようになっとる」


「じゃあ、家畜とかもいないんですね」


「カチク?」


「えぇ、俺の世界では、食用に生き物を管理していたんですよ」


「……空恐ろしいのぅ。っと、すまんすまん。悪く言うつもりはないんじゃがな」


「いえ、俺も生き物以外の食物を生産できるのに、頑なに生き物を食べることを止めないっていうのは、おかしいと思いますよ」


 しまったな。

 微妙な空気になってしまった。


 しかし、この世界はいろいろと革新的だ。

【UM】建材のビジュアルには少し忌避感があるが、その実、優れていると思わせる箇所が多い。

 地球よりも文明が進んでいるのだから、当然と言えば当然なのだろうけど、そもそも作ろうというアイディアが浮かばなければ実現し得ないだろう。

 地球でも誰かしらアイディアぐらいあったかもしれないが、実現できる技術はなかった。


 食料問題に関しては、もしかしたら人口比とかも関係してくるのかもしれないが、とはいえ、俺の思いも嘘ではない。


 俺がいろいろと見知っても、何処かに活かせる訳では無いかもしれないが、知らない技術や道具は好奇心をくすぐられる。


 問題点を強いて挙げるなら、デザインのセンスが俺には合わない、というところか。

 何というか、無機質というか、無個性というか。

 刺激的ではない、緩慢とした空気感がこの都市には感じられる。

 それが悪いという訳ではないのだが、これは地球との文化の違いなのかもしれない。

 人口が圧倒的に多かった地球では、どんな商品も競争を強いられる。

 必然、他より目立ったり、個性的だったり、他にはない特色を出さざるを得ない。

 この世界では、競争を強いられてはおらず、利便性とかを重視しているのかもしれない。



「同じような容姿の人間が住んでおるのに、世界が違うと、いろいろと違ってくるもんなんじゃな」


「えぇ、まったくです」


 他の世界はどうか知らないが、天界でもこの世界でも、人間は人間だった。

 ゲームみたいに亜人種とかも、どこかの世界には居るのだろうか。

 当然、人以外の生き物が進化した世界なんかもありそうだ。


「じゃが、異世界があると判ったんじゃ。いずれ他の世界とも行き来が行われるようになるかもしれんのぅ」


「そう、ですね」


 果たして、それは良いことなのか悪いことなのか。

 影響とは双方に生じるものだ。

 そして、自分と相手では、感じ方も同じとは限らない。

 ましてや、世界同士だと、どんなことが起こるか予想できない。

 できることなら、この世界はこのままでいて欲しいと思った。





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