第195話 ディディー2

「スペルセスさん……」

「ん?」

「この人知ってるんですか?」

「まあ……。そりゃな」

「モンスターパレードを起こしたって……。エバンスの人間なんですか?」

「いや。エバンスには雇われただけだろう。そんな思想に準ずるタイプじゃない。あるのは興味だけだ」

「え……」


 何やらスペルセスはこの老婆の事をよく知っているようだ。それにしてもあのモンスターパレードを起こした張本人とは……。ただ事じゃないぞ。

 俺は、あのパレードで君島に何かが入り込んで苦しんだ事を思い出す。


 ……いざとなれば戦うのかもしれない。


 俺達の緊張はよそに、老婆は台所で湯を沸かしだす。カウンターの奥は小上りになっていてそこは板の間になっていた。そこが作業場になっているようで作業台と思われる机には大きなルーペが備え付けられており、机の上には色々なアクセサリーのような物が転がっている。


 どこかで見かけた風景だと思ったが、以前ナマズの蒲焼きを食べたブルグアの街で見かけたアクセサリー屋だ。あそこでも同じ様に女性がアクセサリーを作っていたのを思い出す。


 ただ、あの店と違いアクセサリー以外にも様々な魔道具も置いてある。魔道具を作る人はみなこんな感じなのだろう。


 通されたものの、どこに座ってよいか悩んでいるとスペルセスは不機嫌そうに作業台の前にある座椅子を引っ張りそこにデンと座り込み腕を組んでいる。

 俺は君島と目を合わせ、適当に地べたに座り込むことにした。


 ただ、俺はいつでも抜けるように正座だ。


 やがて老婆が沸かした湯でお茶を入れ持ってくる。近くに転がっていた箱を無造作に俺達の前に置き、そこにコップに入れたお茶を置く。

 それで終わりかと思ったが老婆は再び台所に行く。そして切った野菜が盛り付けられた野菜を持って戻ってきた。色もついている事からどうやら漬物のようだ。俺達の前に置きながら、フォークで野菜の一つを取ると口に放り込む。

 ポリポリと野菜を食べながら俺達の方にも食べるように、ギラギラした指輪だらけの手を伸ばし促すしぐさをする。


「久しぶりじゃないか。研究室で会ったのが最後か?」

「もう会いたくなかったがな」

「そう言うな、儂が居たからあの論文も完成したんじゃろ?」

「抜かすな! アンタの研究の手伝いばかりで論文の完成が二年も遅れたんだぞ」

「かっかっか。そうじゃったか?」


 やはりこの二人はだいぶ深いつながりがあるようだ。俺は思わずスペルセスに尋ねる。


「お知り合い、なのですか?」

「知り合いたくなんてなかったがな」

「寂しいこと言うんじゃないよ。そうじゃ。ワシの名はギャロンヌ・ディ・ディ。皆はディディーちゃんと呼ぶ」

「誰もそんな呼び方しておらん!」

「スペ坊の卒業論文の指導教官じゃった」

「最悪の思い出だ……」


 な、なるほど。知り合いのようだ。しかもスペルセスの指導教官とは……まさか。俺の顔を見たディディーは心を読んだかのように言葉を続ける。


「そうじゃ。ワシも賢者の一人じゃよ」

「賢者。だった。だ」

「だった?」

「モンスターパレードを起こすような奴だ。こいつの研究は危険すぎて教国の教義をことごとく無視する。結局賢者の称号は剥奪されておる」

「ホントに馬鹿じゃな。あやつらは」

「お前が馬鹿なんだ!」


 どうやら、スペルセスとしてもモンスターパレードの事以上に深い恨みがあるようにも見える。あのスペルセスを手玉に取るようなディディーという老婆に、何か底しれぬ物を感じる。



 ディディーは憤慨するスペルセスを他所に座り込み、コップを手に取ると茶をすする。


「で、悪魔とあったのか?」

「……は? なぜそれを」


 突然ディディーの口から悪魔の話が出る。俺はもとよりスペルセスもいきなり虚を突かれたように言葉を無くす。


「レグレスにこれを渡すように言われてな」


 ディディーは俺達の反応などお構いもなしに古ぼけた冊子を取り出しスペルセスの方に放り投げる。スペルセスが慌てて手を伸ばしそれを受け取る。そのまま冊子に目を通したスペルセスは再び凍りついたように固まる。


「こっ、こっ、これは……」

「必要なんじゃろ?」

「なっなぜお前がこれを」

「可愛いディディーちゃんを追い出そうとしたんじゃ。これくらい良いじゃろ」

「良いって……。持ち出せるような物じゃないだろ!」

「かっかっか。ザルじゃよあんなもの」

「しかしあそこはマジックバックも持ち込めない――」

「そんなんで防げると思ってるから馬鹿なんじゃよ」

「なっ……」


 どうやら管理の厳しい場所から勝手に持ち出したもののようだ。それをディディーは事も無げに言う。完全にペースを握られあたふたするスペルセスを見るのは始めてだ。


 スペルセスの反応が楽しいのだろう。ディディーはニヤリと笑うと左手を伸ばす。手にはどの指にもギラギラとした宝石のついた指輪が付いている。


「ゴーブ」


 そうつぶやくと、指輪の一つが光る。何だと思い見ていると指輪から何か小さな物が飛び出した。それは飛び出した瞬間にムクムクと大きくなっていく。


「きゃっ」


 それを見た君島が悲鳴を上げながら俺にしがみついてきた。

 出てきたのは30cmもある大きなカエルだった。


 ディディーは俺達の方を向きウィンクをすると近くに落ちていた本を一冊手に取る。完全に場の空気を支配している。

 何をするかと見ていると本をそのカエルに向かって差し出した。するとカエルはグワッと口を開け、その本を飲み込んだ。


「な……」

「こいつの口の中は、何ていうかな。有り体に言えばマジックバッグのような物じゃな」


 そう言うとディディーは指輪をカエルに向けると「戻れ」と命じる。カエルは逆らうこと無く再び小さくなりながら指輪の中に戻っていった。


「……発生時に生じる魔力はどうするんじゃ?」


 一連の動きをじっと見つめていたスペルセスが口を開く。


「そんなもん、幾らでも封じられるがな。それにこれは召喚じゃない、魔力の歪みも生じん」

「召喚じゃない?」

「まあはじめは召喚のようなもので呼び寄せたがな」

「召喚したものを封じ込めたということか?」

「ああ。そして従属させたんじゃな。といってもまあこいつは爵位も無いような低級なものじゃがな」

「爵位、だと?」


 老婆の言葉にスペルセスの眉がピクリと動く。


「ああ。悪魔じゃよ」



※ちょっと落ち着きだしてます。更新頑張らねば!

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