第188話 リュードの街 2

 翌朝早々に俺たちはホテルを出て国境へ向かう。

 元々連邦国側でこれからの食料などを購入する予定だったが、俺や君島はまだ他国へ行ったことが無い為、共和国側の方で食料などを買おうという話になった。


 連邦国側の出国ゲートに行くと、一人の国境警備隊の隊員が近づいて来て仁科に話しかけた。


「おう、坊主じゃねえか」

「あ……」


 話しかけてきた隊員は、仁科がこの街の国境で桜木を攫ったエバンスを見つけるために張っていた時に何かと世話を焼いてくれた人らしい。


「周年祭はえらいことになってたな。風のうわさで攫われた彼女は助かったらしいと聞いているが……」

「お、おお~。私の事ですね!」


 仁科たちの話を聞いて、獣車の窓から桜木が顔を出す。それを見て隊員は嬉しそうに笑う。


「なんだい。可愛い彼女じゃねえか」

「そ、そんな事無いっすよ」

「そんな事有るっすよ」

「ちょっ。美希は黙ってろよ」

「はいはい~」


 仁科と桜木の軽口の応酬に隊員も顔をほころばす。


「ま、若けえっていうのは良いことだ」

「ははは。でもあの時はありがとうございました」

「おう。教国まで行くんだってな。気を付けろよ」

「はい!」


 俺もその隊員にお礼を言いゲートを通過していく。連邦国のゲートはすんなりと通っていけるが、共和国側のゲートはそうも行かない。連邦国所属の天位と賢者が通るのだ、当然共和国の国境警備隊員も緊張しているのが分かる。

 神民カードを慎重に確認していく。


「すいません、おまたせしました」

「ご苦労さま」

「共和国へようこそ」


 政府同士で俺とスペルセスの通行の許可申請は通ってる。俺たちが賢者会議へ行くために通過していくこともすぐに確認は取れるが、それでもなるべく揉め事は起こさないように。など簡単な申し送り事項を伝えられ、ようやく通過を認められた。





 共和国側の街並みは、そこまで大きな違いがあるわけでは無いが、微妙に建築様式などが違う気がする。特に屋根の形状だ。連邦国の建物の屋根はどちらかと言うと直線で構成されているのに対し、共和国側の建物は丸みを帯びた屋根の建物が多い。


 そんな些細な違いだが、他国へ来たという感覚はなかなか旅行感が出て楽しい。


 獣車と騎獣を預け、商店が並ぶ通りへ入っていく。かなりゴミゴミと小さめの建物が密集しているような連邦国と比べ、大きめの建物がゆったりと並び、少しゆとりのある街づくりにも感じる。


 俺たちは食料品などを買い求めて街を歩く。ある程度買い込み昼飯を食べてから出発をしようとした時だった。歩いていると広めの公園に出る。


 公園はそこそこの広さがあり、その中の一角に多くの人が賑わう場所があった。

 石でできた備え付けのテーブルと向かい合うように二つの椅子が何個も設置してあり、そこで人々が向かい合って何かをしている。


 なんだろうと近づいていくと、集まった人々はそこでチェスのようなゲームをしていた。たしか、バーセルと言うゲームだったと思う。カプトの街の書店によった時に書店内で多くの老人たちがプレーをしていたのを思い出す。


 書店に行った時はほとんどが老人だったが、ここでは小さな子供まで一緒になってプレーをしていた。


「ほう、バーセルか……」


 スペルセスも嫌いじゃないのだろう、感慨深そうに呟く。



「ああ! くっそ……もう駄目か」


 人々がバーセルをプレーしている広場を歩いていると近くのテーブルでは一人の男が頭をかきむしりながらうめいていた。向かいに座る男は会心の一手を打った感覚に酔いしれるかのようにニヤリと笑う。


「諦めろ。もうお前さんに勝ち筋はねえよ」

「えー。そうだか?」

「ああ?」


 歩きながらチラリと盤面を見たエルデネが呟く。それを耳にした男が「なんだ?」という目でエルデネの方を向いた。


「バカ言うな。ここからどう逆転出来るっていうんだ?」

「だども、もう詰み路が出てるど? 19手で終わりだべ」

「はあ? ……デタラメ言いやがって」


 勝利を確信していた男は、突然隣からチャチャを入れられたことに苛立ちを見せる。こういった勝負事は横から口を出すのは危険だ。俺は慌てて止めに入る。


「お、おい。エルデネ。やめておけって」

「良いよ兄さん。本当にここから詰めれるならやってみろよ」

「あ、いや。でもこの子、今ちらっと見ただけだし、勘違いかも――」

「勘違いじゃねえど。おらちゃんと詰ませられるだ」

「その言葉、嘘じゃねえだろうな?」

「なして嘘なんてつく必要があるだ?」

「……よしそこまで言うんだ。やってみろ」


 まさに売り言葉に買い言葉だ。男は対戦していた相手にエルデネと変わるように言う。負けそうになっていた男も自信満々なエルデネに興味を持ったのか立ち上がって席を譲る。エルデネが何の不安もなさそうに椅子に座るのを見て、俺は一人不安に陥っていた。


「ふむ……」


 スペルセスも気になったのか腕を組んで盤面をにらみつける。


「スペルセスさん、分かります?」

「……いや。19手。と言ったか?」

「確か……」

「ふむ……」


 スペルセスもわからないようだ。それはそうだ。見た瞬間にそんな手を思いつくなんて普通ありえない。しかしエルデネは賢者に成るためにケイロンに行くと豪語する子だ。もしかしたら本当に……。


「まず、こう打つな」

「ああ? そんな凡庸な手で……。簡単に受けれるわ」

「そしたら、こうするだ」

「ん? それが何の意味があるんだ?」


 俺はバーセルがよくわからないが、向かい合う男とエルデネが将棋の感想戦のようにぶつぶつと喋りながらゲームを進めていく。

 男のほうが、これで詰むのか? と言った顔でそれに対応していく。


 ……が。


 次第に男の顔が厳しくなっていく。


「だめだ。そこはもっと詰みが早く来ちまうだ。受けるならこっちだろ? 普通は」

「お、おう……」


 男が戸惑う中、受け手まで注意をされながら19手。見事にキングを詰ませる。その見事な指し手に知らぬ間に集まった人々が歓声を上げる。

 ザワザワと周りが騒然とする中、エルデネと向かい合う男が訊ねる。


「何者だ? 姉ちゃん」

「おらエルデネだ」

「はて……もしかしてバーセルのプロか?」

「違うど。おらはこれからケイロンに入って賢者になるだ」

「け、賢者。だと?」

「そうだ。バーセルは頭の体操には良いだども、遊びでやるくらいがいいど」

「はっはっは。悪いことは言わん。姉ちゃん。賢者なんか目指すよりバーセルのプロになれよ。お前さんならウィスク・フィッシャーの世界大会五連覇の記録だって越せるかもしれないんだぞ?」

「先生のか? うーん。そんでも先生は賢者になれって言ったど?」


 ウィスク・フィッシャー? 


 ……たしか、エルデネの故郷で勉強を教えてくれていた神官がウィスク先生って言っていた気がする。俺は思わずスペルセスの方を向くと、スペルセスも何かを思い出したかのようにウンウンとうなずく。


「じゃあ、お前の先生はそのウィスクだっていうのか?」

「ああ。若え頃に遊びすぎたって言ってただ」

「……全く。天才の言うことは訳が分からねえな。そうか。賢者にか……。よし応援してるぞ」

「任せておけ。おらは間違いなく賢者になるだ」


 そう言うと、エルデネは何事もなかったかのように立ち上がり、俺達の方へ戻ってくる。単なる田舎娘だと思っていたエルデネの実力を前にし、俺達はキョトンとエルデネ見つめていた。


「どうしただ? いかねえのか?」

「あ、ああ……」


 バーセルの実力が学力にそのまま繋がるのかはわからないが、もしかしたら本当にこの子は賢者に成るのかもしれない。そんな思いまでしてしまう。


 チラッとルルドの方を見れば、ルルドもエルデネをライバルのように見つめていた。



※早起きして仕上げたど~。

 戦闘的なの求めてる読者様にはまったり旅の話が続いてしまい申し訳ないですがw


 あと、書籍出版のバナーで読者様がたくさん流れてきており、かなりの応援コメントが入って若い番号の話にはあまり対応できないかもしれません。よろしくです。

 新着の常連さんのコメントには出来る限り対応していきますよ~。

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