第169話 ユンハンス 5

 目の前で言葉をしゃべる魔物は、何やら慌てたように傷に手をやる。

 完全に両断され下半身がドウと地面に倒れるも、上半身部分は宙に浮いたまま四つの眼で俺を見据える。

 半身になりながらも生きているのか? 俺は得体のしれない恐怖を感じていた。


 しかし、それは魔物も同じだったようだ。戸惑ったように俺に問う。


『な、何なんだお前は……』

「……この子達の担任だよ」


 俺は刀に手を添え、いつでも抜けるように警戒しつつ答える。


『くそっ。なんだそれは……いかん。一先ずここを……』


 魔物は黒い霧を散らしながら少しづつ下がろうとする。


「逃がしてはならん!」

「先生! そいつはマイヌイさんを!」


 スペルセスの怒声に続き、仁科が叫ぶ。

 俺は仁科の言葉に警戒をしたままスッと視線を動かす。スペルセスの眼の前には胴体部分に大きく穴が空いたマイヌイが倒れていた。明らかにあれはやばい。


「マ、マイヌイさん!」


 俺の視線がズレたのを見たのだろう、魔物はそのまま勢いよく逃げ出そうとする。


 ……こいつ!


 俺は反射的に鯉口を斬る。瞬歩の要領で逃げる魔物に向かい歩みを進める。左手で角度を調節し、鞘の中を滑らせるように抜刀する。下から上へ。

 魔物は俺の動きに自らを守ろうと分厚い魔力を生じさせるが、放たれた刃はそれをたやすく越える。切り上げられた刀は魔物の顔面を抜け、天頂を指した。


『ぐぁ……貴様……よくも……』


 再び刃筋にそって、両断された体が霧状に散り始める。


『くそっぉぉおおおお!』


 魔物は断末魔を上げながら黒い塵と成る。


 ……。


「マイヌイさん! 仁科! 回復を!」


 魔物が死んだと判断した俺は叫びながらマイヌイに向けて走る。しかし仁科は黙ったまま俯いていた。


「おい! 仁科! ……マイヌイ……さん?」

「既にマイヌイは……」


 スペルセスがマイヌイの体に近づきその横にひざまずく。愛おしそうにその眼を閉ざさせる。


「嘘っ! なんでっ!」


 桜木もようやくその事実に気が付き、口を抑え立ち尽くしていた。



 くっそ……。この世界に来て何度も死を感じてきた。君島と二人で逃げているときだって。ディザスターの連中に君島が刃を突きつけられたときも。モンスターパレードの時だって、いつだって生徒達の命が損なわれることを恐れてきていた。


 ……でも、最後はなんとかなっていた。それに慣れてしまっていた。


 覚悟が……足りなかったのか?


 ……違う。


 どこかで、甘えがあった。


 このファンタジーな世界にやってきて。

 どこか、ゲーム感覚で居た自分がいる。


 こんな形で……仲間の死に直面して。


 くっそ。


「あ、あいつは……何だったんですか?」

「……わからん。ただ、悪魔だと名乗っていた」

「悪魔? そんな存在が?」

「ワシの知る限りでは、フェールラーベンの古い記述に残っているのみだ。教国としてもそんな存在が本当に実在するとは考えていなかった……」

「なんでそんな物が……」

「……わからん。モンスターパレードと同じで、ある種の災害と考えるべきなのか……」

「……」


 俺達の感覚からすれば、神がいるなら悪魔が居たって不思議じゃない。だが、この広い世界でなぜ俺達が出会わなければならなかったのか。


「先生……」

「ゆづ……」


 遅れてやってきた君島もすぐに状況を把握する。いや、もしかしたら上空を舞うメラを通してすでに知っていたのかもしれないが。

 確かに、仁科と桜木は守ることが出来た……。しかしこれは、間に合ったと言えるのか。


 すぅ。はぁ……。


 俺はどうしようもない気持ちから逃げるように、いつものようにゆっくりと深呼吸をする。


 ……気分が悪い。


 気持ちは少し落ち着くものの、心のショックが取れないのか。悪寒に襲われ、猛烈な吐き気をもよおす。


「先生。ひどい顔色……大丈夫ですか?」

「も、問題な……」


 そんな顔色が悪いのだろうか。

 慌てて近づいてくる君島にもたれるように……。


 俺は意識を失った。



 ……。



 ……。



 目を覚ますと俺は小屋の中に寝かされていた。身をおこし横を見れば、小屋の中には桜木や仁科、スペルセスまで寝ていた。


 ……なんだ?


 スペルセスの横には顔まで毛布を掛けられた人に気が付く……。おそらくマイヌイだろう。俺が意識を失っている間に……いや、仁科達もなのか?


 外に人の気配があり、料理を作る良い匂いがする。俺は少しフラフラする足取りで小屋の外に出た。外のかまどの所には、君島がビスモンティとミーモと共に鍋を覗いていた。

 俺に気が付いた君島が声をかけてくる。


「先生!」

「ゆづ……。俺は……?」

「先生たち、皆階梯が上がったみたいなんです」

「階梯が?」


 なるほど。だが、なんで俺が?

 俺は階梯が上がったとはいえ、大抵が発熱して終わるくらいだが。


 いぶかし気に神民カードを確認する……。そこには19階梯の文字が……。


「……」

「どうしました?」

「いや……。階梯が、四つもあがってる」

「そんなに?」

「なるほど……。意識を失うわけだ」


 意識を失う程だ。それなりに体のベースも上がっているのだろう。手を握ったり開いたりして確認する。あの魔物はそこまでの存在だったのか。

 ビスモンティのゴーレムやスペルセスやマイヌイ、戦力的にはかなりのもののはずだが、それでも敵わなかった。


 悪魔と言っていたが……。


 あの後、俺だけじゃなく仁科、桜木、スペルセスの三人が同時に階梯の上がる症状が出たらしい。

 丁度その後に、ビスモンティが慌てて最強モードで召喚したゴーレムを現地に派遣してきた為、ビスモンティに頼み俺たち俺たちを運んでもらったらしい。


 その最強モードのゴーレムは消すことなく今は念のため村の周りを警戒させているという。


「マイヌイさんは……俺が着いた時にはもう手遅れだったんだ」

「はい……」

「もし……」

「?」

「いや。何でもない……」


 もし俺が最初からあの場所にいれば……。そう口にしそうになり慌てて口を閉ざす。それを言ってしまえば、俺がそこにいない理由……階梯が上がって寝ていた君島は自分を責めてしまう。

 これは完全に運が悪かっただけで、誰が悪いというわけじゃない。そんな十字架を君島に背負わせるわけにはいかない。



 ビスモンティとミーモも連邦軍の所属という事で古くからマイヌイとは面識がある。ショックもあるのだろう。


 俺たち四人は黙ったままかまどの火をぼんやりと眺めていた。




※なんとか。本日中にアップという事で。

 ぎっくり腰報告にいろいろ心配をしてもらいありがとうございます。一つの体勢で寝続けてしまうのが悪いのか、朝起きると症状がひどく出て、夕方くらいになると少し楽になる。を繰り返しております。

 もう若くないんだなと思いつつ。

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