第166話 ユンハンス 2

 スペルセスはルノータスという精霊位第四位の大精霊を守護に持ち、得意な魔法属性は闇魔法。この世界ではかなりレアな魔法属性だった。

 闇魔法のイメージはこの世界でもあまり良い物ではなく。幼少期のスペルセスはそれを隠すために様々な属性の魔法を修練し磨いていた。


 その姿勢は魔法学院に行っても変わることなく、いや、それが逆に功を奏し、常に新しい魔法を追い求めていくスペルセスは学年でも常にトップクラスの成績を収めていた。そして、学院の卒業後に書いた論文『多種属性混合魔法に関する考察と実践』が世間を騒がす。


 相性の良い二つの属性を混ぜた攻撃というのが古来から行われていたが、混ぜることで相乗的にその威力が上がるという事は知られていた。

 それを、さらに三つ四つと混ぜていく事でその威力がさらに上がることは想定されてはいたが、その相性の難しさや、複雑性からそれを出来るものはほとんどおらず、出来たとしてもスピードを求められる戦闘時に自由に使えるというものでは無かった。


 それを、スペルセスの論文によってある種の方程式の様な物が提示されたのだ。


 とはいえ。実際にそれを利用し得た者は、現在でも天位に数人居るようなレベルではあったが……。三種以上の属性魔法で組み合わせの相性なども判明した事で、魔法士の戦闘職としても格が一気に上がったのは確かだった。



 スペルセスの得意属性は闇魔法だった。

 闇魔法はアンチマジックと言われる使い方があるように、他の属性の魔法を打ち消す効果が出やすい。そのために他の属性との混合は不可能ともいわれていた。

 スペルセスの思考錯誤はそこから始まった。


 ベースとして闇魔法を使うと上手くいかない。

 だがアンチマジック的な特性が、相性の悪い魔法同士の拒絶反応を抑えることに気が付いた時。理論は飛躍的に伸びる。


 緻密な魔法操作で複数の属性の繋ぎのように闇魔法を侵食させていく。


 火、水、風、雷といった一般的に使われる主要属性の魔法を闇魔法を触媒として混ぜ合わせていく。それは、賢者と呼ばれるスペルセスでも難易度の高い構築だった。



 ……



 パリンという音と共にマイヌイの槍が砕かれる。それはマイヌイによる時間稼ぎの限界でもあった。


 ――よくやった。


 長年連れ添った二人だ。その呼吸は完全に合っていた。


 スペルセスは完成した魔法を、マイヌイを見下ろすユンハンスに向ける。


 ガガッガガッガガッ……。


 空間を引き裂くような不協和音が鳴り響き、スペルセスの杖から怪しげな光が発せられる。マーブル状に溶けきれない魔法も混じるが、それは一つの生き物のように一気にユンハンスに向けて進んでいく。


 ――最近はサボっておったからな。精進がたりないか。


 名前も付けられていない極大魔法だ。


『なっ!』


 すぐにユンハンスもそれに気が付く。高位の悪魔とはいえ、マイヌイの攻撃に完全に意識が集中していた。気が付いた時にはすでにそれは避けるには不可能な距離にある。

 慌てたように右手に魔力を集めつつ魔法を受け止める。


『ぐぅおおおおお!』


 轟音と共にユンハンスの魔力とスペルセスの魔法がぶつかり合う。その凄まじい勢いにマイヌイも吹き飛ばされた。


 ……。


「はぁ、はぁ……全く年は取りたくないものだな」


 複雑な魔法の構築にスペルセスが息を荒くしながら呟く。そして更に再び魔法の構築を始める。

 ……残念ながらユンハンスの圧力消えていない。


 爆発の土煙が晴れていく中。確かにそこに立つユンハンスの姿がはっきりとしていく。


『驚いたぞ……魔法を無理やり混ぜやがって……』

「それを食らって息をしているお前さんの方が驚きだよ」

『片腕が完全に吹き飛んでしまったな。』


 言葉の通りユンハンスの右腕が根元から消失していた。その場には霧のような黒い靄が自らの身に戻ろうと渦巻いていた。


「多少は効いてくれたようだな」

『……ああ、次を撃たせるわけにはいかないな』


 ユンハンスは再び魔力を膨らませていく。スペルセスも既に魔法の構築を始めてはいたが、先ほどより時間がかかっている。急激に膨らむ膨大な魔力を前に、魔法の完成はあまりにも遠すぎた。


「ぐっ……これまでか……」

『よく頑張ったと思うぞ』

「……ぬかせ」


 魔力が残った左手に凝縮されていく。


『死ね……』

「スペルセス様!」


 ユンハンスの魔力が放たれた瞬間、スペルセスの目の前にマイヌイが飛び込んだ。


「なっ! やめろ! マイヌイ!」


 放たれた魔力の塊は、無情にも盾となったマイヌイに直撃する。


「ぐぅおおお!」


 突然のことに、スペルセスが苦悩の叫びをあげる。目の前では魔力を受けたマイヌイが膝から崩れ落ちた。


「マイヌイ! マイヌイ!」

「スペルセス……様……」


 必至にマイヌイに駆け寄り、その体を抱きかかえる。


 ――これでは……。


 マイヌイの胴は大きくえぐれ、突如思い出したかのように大量の血がボトボトと零れ落ちる。

 あまりのことにスペルセスは言葉も失い、呆然とマイヌイを抱きかかえていた。


 ……。


『そう、死に急ぐこともなかろうに……』

「……」

『順番は変わったが……次はお前だ』


 その時だった。再びユンハンスが魔力を集めようとしたとき、一本の光の筋が真っ直ぐにユンハンスに直撃した。集中を妨害され、魔力が散っていく。ユンハンスが不機嫌そうに魔法の出所を見つめると、桜木が必死の形相でこちらに向かっていた。


「スペルセスさん!」

「馬鹿者っ。何しに来たっ! 逃げろと言っただろう!」

「そんなの知らないっ! 虫眼鏡っ!」


 突然の桜木の登場に、スペルセスが怒鳴りつける。しかし桜木は聞く耳を持たずに走り寄りながら頭上に大きなレンズを作り出す。


『猿どもが何をしようとも、結果は同じ事……』


 まさにこの空間を支配するかのように、泰然と桜木を見つめるユンハンスに、桜木の光魔法が照射された。




※NGワード 「バカラギ来るな」www


 はい。という事で、続けて読んでもらいたい戦闘シーンなのですが。書籍化作業の校正作業の締め切り的な物もあったりで、次も少し遅くなってしまうと思います。

 申し訳ありません。

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