第116話 首都を目指して 3
目の前に居る老婆は気持ちよさそうに手にした酒を飲んでいる。
「堂本……」
「酒を飲んでの妄言だろう。気にすることは無い」
それでも突然死ぬと言われれば誰もが良い気はしない。当然堂本も言葉の真意を読み解こうとしたが、ニタニタと笑う老婆を見て、酔っぱらいの戯言と流すことに決めた。
「良いのかい? 気にしないで。ほれ、婆にちょっと付き合うがよい」
見れば老婆はすべての指にゴテゴテとした指輪を嵌め、ジャラジャラと首輪をさてている。服もセンスのほどは分からないがそれなりに上等なものを着込んでいるようだ。酔っ払いの浮浪者という感じでもない。
「……」
「敬老の精神ってのをちょっとは持つがいい。おい。小僧! ボアのステーキを!」
呆然とする三人を他所に、老婆はつまみを勝手に注文する。
「食うだろ? 若けえのがあんな定食一個で満足するもんじゃねえ」
その言葉に、堂本はこの老婆がもう少し前から自分たちを見ていたことに気が付く。少し興味を覚え、椅子に座りなおす。
それを見て老婆が満足そうにうなずく。
「首都に行くと何が?」
「んあ? まあ、そんな急くな。な、楽しいじゃろ?」
「……何か良いことでもあったのか?」
「そうさな。ワシの研究が高く買われたということじゃな」
「研究? 研究者なのか?」
「さあな。ワシは楽しくてやってるだけだがな」
「……どんな研究を?」
「気になるか?」
「……言いたくなければ良い」
辻と佐藤はどうしようかと悩んでいたが、結局老婆に合わせることにする。辻はついでとばかりにエールを追加注文する。
「兄ちゃんたちも周年祭かい? まあ、あそこまで大きいイベントはしばらくなかったからなあ」
「も。というと婆さんもか?」
「ディディーちゃんって呼びな。ワシは逆方向じゃな。首都から帰るところじゃ」
「せっかくの周年祭を見ないでか?」
「仕事じゃからな。マニトバに行ったのは。ワシの仕事は終わりじゃ」
「……仕事の結果には興味は無いのか?」
「ん? ……良いねえ。……兄ちゃん名前は?」
「恭平だ」
「ふむ。いい男で、頭も良い。たまらんね。ワシがもうちょっと若かったら」
「ちょっとじゃ足りなそうだな」
「ひっひっひ。女性にそれは言うべきじゃないねえ」
「そうだな……気をつける」
ディディーと名乗る老婆は若い堂本達と語らいながら飲むのが嬉しいのかニコニコと杯を開けていく。首都へ行くなという意味を知りたい堂本は、慌てずに少しづつ引き出そうとする。
出てきたボアステーキの濃い味がまた酒を進ませ、ディディーはどんどんと酔いも深まる。
「アイツラは馬鹿だが、信念だけはあるからな」
「アイツら?」
「あ~。まあ。足りなかった鍵は二つとも手に入れたというからな。後は起動させるだけじゃなからな」
「起動? その研究というやつか?」
「んあ? そうじゃな理論はその昔から出来ていたんじゃがな。それを起動させるのがなかなか難しくてな」
「ふむ、魔道具みたいなものか」
「まあ広義で考えれば似たようなもんじゃがな。道具じゃなく陣じゃ」
「魔法陣というやつか……」
堂本はなんの魔法陣なのかと、考え込む。それを見ていたディディーが聞く。
「キョウヘイは、転移組かえ?」
「そうだな」
「転移して来る時の感覚は覚えとるか?」
「……いや。特に無いな。気がついたらこの世界にいた感じだ」
「なるほどな……」
「それがどうしたんだ? ディディーの研究に関係が?」
「ワシはそもそもその研究から始めたからな。祠を調べる許可をもらい。いつ開くかわからない次元の穴をひたすら待ってな。ひっひっひ」
「で、何が分かったんだ?」
「特殊な魔法が起動していたんじゃ」
「魔法が? ……次元の穴というのを神が作為的に開けていたという事か?」
「いや。それはわからん。次元の穴というのは実際自然に起こることかもしれんがな。穴に落ちた人間をこの世界に誘導しているのは、聖書にあるように神の業だと」
「その技術が、教会にある転移陣なのだろ?」
「そうじゃな。秘匿され、一般にはその陣の刻みがわからんがな。……フェールラーベンは異常じゃ。ワシの様な天才でもあそこまでの仕事は無理じゃな。あれは人では無かろう」
「神の子、か」
いい感じに酔い、気持ちよさそうに語りだすディディーの話に次第に堂本も、のめり込んでいく。ディディーは若き日に、ダンジョンの奥で魔物がどこからやってくるかの研究までしていたという。
「で、解ったのか?」
「半分ほどじゃな。モンスターパレードの中心地にはダンジョンが出来る。そして次第にそれは弱まり。やがて消える。ワシが入れるようなダンジョンなど枯れそうなダンジョンじゃ。そんなに多くもない」
「それでも行って調べたんだろ?」
「ああ、次元の歪みの発生は、ほぼ祠の転移時と同じじゃった」
「魔法陣?」
「そうじゃな、ただ。祠は普段は閉じている。おそらく次元の穴に落ちたものが居ると同時に魔法陣が起動するのだと考えておる。ダンジョンのそれはもう少し雑じゃな。だから段々とコアが崩れれば口が閉じる」
「……面白いな」
「そうじゃろ? 人生をかけるに値する研究じゃよ。教会からは異端扱いで追放されるがな。ひゃっひゃっひゃ」
「ほう。聖職者だったのか?」
「いや。ケイロン魔法学院を出てるだけじゃよ」
ケイロン魔法学院は、ウィルブランド教国の経営する学院だ。その門戸は広く開かれており、この世界のすべての国から生徒が集まる。冒険者でも、ケイロン魔法学院を出ている魔法師と聞けばそれだけで優秀な魔法師として見られる。そんな学院だ。
次第に堂本の中で点が結ばれていく。
「もし。大都市部で次元の穴が空き、モンスターパレードが起こるとしたら……どういうところに穴が空くのが被害が大きくなると思う?」
その堂本の質問に、ディディーは目を見開く。
「ひゃっひゃっひゃ。良いな。良いな。そうか……それも面白いな」
笑うディディーを堂本はじっと見つめる。
「割と繊細なものじゃなからな。人が多い所だと、難しいな。場所はなるべく閉ざされたところが良い。魔法の力は拡散しやすいものじゃ。かといってモンスターの流れが変に固定されるのも良くないな。……行くのか?」
「ああ……大事な後輩がそこにいる」
「そうか。旨くやるが良い」
「……あんたの研究を潰しても良いのか?」
「あんなもんは研究の中でたまたま出来たもんじゃ。金さえ貰えれば後はどうなったって良いわい」
「仲間では、無いのか?」
「はっ! 宗教や思想なんて非生産的な物にゃ興味ないね。世の中の理を知る。それ以外に興味はない。金さえ貰えればあとは、な」
「……そうか。場所は言うつもりは無いのか?」
「無いね。そこら辺の守秘義務はもらった金の範囲内じゃからな」
「無理矢理でも……」
「時間の無駄じゃな。やめておけ」
「……そうか?」
堂本は答えるやいなや、腰の剣を抜きディディーに斬りつける。電光石火の早業に辻も佐藤も止める暇もなかった。
ガウゥン!
だが刃はディディーに届くこと無く、鈍い音と共に停止する。
「ほう……シールドが3枚も飛んじまったわ。やるな」
「……」
「無駄じゃというとるじゃろ。契約で縛っておるからな、無理矢理でも吐かせようとすれば自動でワシの記憶は飛ぶ。無駄なことなどせんで次も笑って飲もうぞ」
「……」
突然堂本が抜いたことで、食堂内ではどよめきが起こる。
しかし、ディディーは笑いながら他の客へと大声で話しかける。
「すまんすまん。いやあ。気にするでない。ワシの開発した魔道具の効果を見せようと思ってな」
ディディーの話に、客もようやく緊張を緩める。
「堂本……どうする?」
「いや。良い。元々情報がゼロだったんだ。無いよりは良い」
堂本は刀を納めながら辻に答えた。
「ひゃっひゃっひゃ。そんなむくれるでない。支払いはワシがしよう。旨い酒じゃったぞ」
話が終わったと見てディディーが席を立つ。それを堂本はじっと見つめる。
「ん。……短絡的に物を考えないことじゃ。絶対など存在しない。月に嘱があるように。太陽の中にも黒点が存在する。味方が敵で。敵が味方であることも、時として起こりうる」
「……何が言いたい?」
「老婆心というやつじゃ。まあ頑張れや」
そう言うと老婆は席を立った。
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