第85話 途中のヴァーヅル

「よく来たな、狭い寮だがゆっくりしていってくれ」


 ヴァーヅルに着くと早速カミラに挨拶に行く。曲がりなりにも連邦軍の賢者と天位の居るグループだ、州軍の寮を貸してもらえる。本来ならここでは長居するつもりは無かったのだが、雨のせいかビトーが少し風邪っぽいので少しゆっくりすることにする。


「ごべん……。ズルっ」

「気にするな、雨の中無理やり出発した俺たちも悪いんだ」


 風邪と言っても、この世界には魔法がある。特に仁科は回復魔法に関してはエキスパートだ。魔法の世界の回復魔法と言えば戦闘などで負った怪我などのダメージを治すイメージがあるが、もう少し万能のようだ。

 スペルセスの話によると、おそらく風邪のような症状を治すのは、仁科の回復魔法じゃなくても君島の木魔法を使った体の治癒力を促進させる魔法で十分だという。魔法をかけてもらいだいぶ症状の良くなったビトーだが、慣れない旅で本来の体力がだいぶ損なわれているのだろうと、ヴァーヅルで二泊し、少し体力を回復させてスペルト州の州都カプトへ向かうことにする。

 カプトはスペルト州のだいぶ外れにある。ヴァーヅルからドゥードゥルバレーに行くより、カプトへ行くほうが近いというのがデュラム州がいかに多くの土地を失ったというのを感じる。


 寮はドゥードゥルバレーの宿舎と基本的には作りは変わらない。城壁の内側に作られた寮は、カプセルホテルのような小さな区切りのプライベートスペースが作られている。

 こっちはドゥードゥルバレーより更に簡易で、3段ベッドにカーテンがつけられている位のものだったが。ようやく野宿から開放されて皆思い思いに足を伸ばす。


「一応ここがデュラム州じゃ一番大きい街って言ってたな」

「そうですね。でもなんか軍事都市みたいになってますよね」

「モンスターパレードから数十年魔物との戦闘の最前線でずっと頑張っていたっていうからな」

「今でも州軍本部はここですしね」


 実際州軍トップのカミラはここにいることが多い。本来なら戦力としても重要なカミラは最前線に居てもおかしくないのだが。結局はドゥードゥルバレーで起こっている過疎の問題が他の取り戻した街で起こっているため、新しく街を取り戻すより、周辺の魔物を間引く事で街の安全を確保することを主眼に置かれている。


 デュラム州の首都、ギャッラルブルーが最終的な目的にはなるのだが、魔物の強さなどから鑑みてまだまだ手を出せるような状況でない。いずれは仁科達もドゥードゥルバレー以外の場所への赴任があるのかもしれない。



 州軍本部の食堂で食事をとっていると、カミラが入ってくる。一応俺達にとってはトップの将軍だ。食事の手を止めて立ち上がろうとするが、すぐにカミラは気にするなと手で制される。


「あー先生。カミラさんはそういうの気にしないから大丈夫ですよ」

「でもそれでも、将軍だろ?」

「本人は言うなって言うんですけどね、皆姉御って呼んでますからね。将軍って感じでもないんじゃないですかね」


 仁科と桜木も一時期ここヴァーヅルを拠点に階梯上げをしていた為、そこらへんのカミラの性格もなんとなくわかっている。


「ん? タカトが失礼なことを言っている匂いがするな」

「ははは。気の所為っすよ」


 短い間の交流しか無かったようだが、仁科も桜木も普通にカミラと接している。そこら辺も群を束ねる人間の人徳というやつなのだろうか。


「じゃあ、シゲトはもう一泊していくのか?」

「はい。流石に雨の中三日も馬車を走らせたので、少し体を休めないとと思いまして」

「そうか。まあ、なにもない街だがゆっくりしていけ」

「なんか美味しいお店とかあるんですか?」

「美味い店か? ……ニコの店、というのがある」

「おお、いいですね」

「美味いかは分からねえけどな、モリソンの料理を出す」

「モリソン?」

「ああ、あたしのルーツの世界だ。モリソンからの転移者はほとんどがヒューガーに行っちまうからな。他所では割と珍しいんだ。……ほら。ヒューガー公家はモリソンの血を強く引き継ぐからな」

「なるほど……」


 確かに俺だって日本人が治める国があればそれを第一選択にするだろう。実際に転位してきたばかりだと、初めての世界に不安もある。自分と同じ出の人間が治めてる国に行きがちなのは当然だろう。


 いずれにしても、食べたことのない食文化はなかなか楽しみだ。明日の昼に行くことにする。


「まあ、美味いかは食ってみてだな。シゲトの好みなんて分からねえからな」

「ははは。大丈夫です」



 久しぶりに風呂へ入り、ちゃんとした寝床で寝た俺達は、少しゆっくりと朝を迎える。ドゥードゥルバレーでの暮らしは一応正規の軍人のように日の出とともに起き、狩りへ出かけていたので、明るくなってもこんなにダラダラしているのは久しぶりであった。


「モリソン料理ってどんなんだろー」

「ああ、辛いらしいよ?」

「えー。辛いの……食べれないよぉ」


 州軍の食堂で朝食を食べながら昼飯の話に盛り上がる桜木も桜木だが、相変わらず仁科が良い弄りをしている。本当に辛いのだろうか。

 君島も俺の隣で二人のやり取りを楽しそうに眺めながらサラダをポリポリ食べている。横のビトーもすっかり良くなったようで、むしゃむしゃと朝飯を食べる。


「ビトー。体調はどうだ?」

「うん。良い」

「そっか。疲れたら無理しないで言えよ」

「うん」


 モリソン料理は、イメージ的には香辛料の強い東南アジアな感じがする料理が多かった。仁科の情報のごとく辛い料理が多いらしいが、店長に辛いのが苦手な人が多いことを伝えると、笑って大丈夫だと言われる。

 元々モリソン人の少ないヴァーヅルには、辛いものを食べる習慣のないノーウィン人が多いためそれなりにアレンジもしているという。辛いバージョンはカミラ将軍がやってきた時に特別に作るくらいらしい。


 それでも不思議な香辛料の効いた料理は、絶妙な味で、どれも美味しいと感じられるものだった。久々に変わった味付けの料理を口にし、大満足だ。

 特に桜木は、最後に出てきたデザートに大感激をしている。ビトーも甘いものはあまり食べたことが無いようで、目を大きく見開き、必死にスプーンを動かしていた。



 そして1日ゆっくりした俺達は、今度はスペルト州都のカプトへ向かって出発する。


「あたしらはギリギリで行く感じだな。現地でまた会おう」

「あれ? 臨時政府の代表が行くって聞いていましたが、将軍も来るんですか?」

「ああ。ただでさえうちの州をスペルト州に編入しようと画策する連中が多いんだ。式典くらいは州軍からも出席しないとな。足元をすくわれるんだ」

「なるほど……色々あるんですね」

「本当はヤーザックに行ってもらえれば楽なんだがな。あいつはそういうの駄目でな」

「ははは、なんとなく分かります」


 カミラに見送られ、俺達はカプトへ向かう。魔動車で一泊でついたと言うが、セベックの獣車だともう少しかかりそうだ。それでも雨もやみ、太陽の下を進む旅は気楽な旅になる。



※ちょっと遅れてしまいました。子供とトンボを捕まえていて。月曜は定休。進捗具合で火曜は?という感じで今後は考えておりますよ。

 ビトー女子化良かったのか悩みますなあ。まあ。あくまでも後ろ側のキャラなので前でとかはないんですが。

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