スクナビコナとアマカニ合戦⑦―さあ、今こそ仇討ちのとき!悪党どもよ!!我らの怒りを思い知れ!!!―

『大変よ!』


 アマノジャクが帰ってこないかを家の外で見張っていたキジヒメが、建物の入り口から中へと飛び込んでくる。


『…あいつらが、…アマノジャクとドブヒコが帰ってきたわ!』

「よしっ、みんな配置に着けっ!」


 スクナビコナの言葉とともに、キジヒメが、カニヒコが、チュルヒコが、ネズミたちが、全員がそれぞれの配置につく。またスクナビコナは位置に着く前に、開いていた家の入り口の扉を閉める。そして全員息を潜めて、アマノジャクたちが家の中に入ってくるのを待つ。


「ハハッ、久々に帰ったぞ!」

『ククッ、確かにここに帰ってくるのは相当久しぶりですぜ、アマノジャク様!』


 アマノジャクとドブヒコは、おそらく普段からそうやっているように、まったく自然に扉を開けて、建物の中に入ってくる。


『しかし今回は外でいろいろなものが食べれましたね!おかげでもう腹いっぱいで苦しくて動けねえよ!』


 そう言うと、ドブヒコは腹を突き出しながら、仰向けに寝転ぶ。


「まったくだ!何しろ最近はバカなカニどもを騙して柿を食べたり、間抜けなキジからキビダンゴを盗んで食べたり、人のいい人間どもから果物やら野菜やらをいっぱい盗んで食いまくったからな!」


 アマノジャクもそう言いながら、ドブヒコに続いて仰向けにねっ転がる。


「ハッハッハッ、最近はうまいものばかり食ってるからな!気分がいいぜ!」

『クックックッ、その通りだ!うまいものを食って気持ちよく寝る。この世にこれ以上幸せなことなどありませんぜ!』


 アマノジャクもドブヒコも実に気持ちよさそうに床の上に寝そべりながら、ついにはウトウトし始める。


 そのときである。


 アマノジャクとドブヒコが寝そべっている床の、すぐそばに置いてあるツボの陰に隠れていた一人と一匹のカニが、掛け声とともに躍り出る。


「トリャーッ!」

『母上の仇ーッ!』


 彼らはそれぞれに針とハサミで、アマノジャクとドブヒコに攻撃する。


「ウギャーッ!」

『ギョエーッ!』


 アマノジャクとドブヒコは針に刺された痛みと、ハサミに挟まれた痛みに、叫びながら飛び起きる。


『な、なんだっ!』

「あ、お前らっ!」


 起き上がった一人と一匹はスクナビコナとカニヒコの存在に気がつく。


「なんでお前らがここにっ!」

『ククッ、ここは俺たちの家なのにっ!』

「ふん!これまで散々悪事を働いておきながら昼寝とはいい度胸だな!」

『そうだ!お前たちのせいで母上がどうなったか。忘れたとは言わせないぞ!』


 スクナビコナとカニヒコはアマノジャクとドブヒコに対して、にらみ合いながら対峙する。


「ハハッ、お前らがいくらいきがったところでここは俺たちの家だっ!それに数の上では二対二で互角さ!」

『ククッ、その通りだ!まだまだ俺たちが有利だっ!』

「ふふん、それはどうかな!」


 アマノジャクとドブヒコの言葉にもスクナビコナは動じない。


「さあ、みんな!出てきていいぞ!」

『よしっ!』

『出番だ!』

『チューッ!』


 スクナビコナの言葉とともに、ツボや農具などの陰から二十匹ほどのチュルヒコとネズミたちが次々と現れる。そしてスクナビコナたちとともに、アマノジャクとドブヒコの周囲を取り囲んでしまう。


「…なっ!なんでお前らがここに……」

『…ククッ、こんなに大勢隠れていたとは……!』

「フフッ、ここには物がいっぱいあったからな。おかげで隠れる場所もいっぱいあったってことだ」

「クソッ、卑怯だぞっ!俺たちを罠にはめやがって!」

『まったくだっ!しかも俺たちの家に勝手に上がりこみやがって!』


 アマノジャクとドブヒコはスクナビコナたちを罵倒する。


「ふん、お前たちにそんなことを言う資格はないな。こんなのお前たちが今までやってきたことに比べればかわいいもんさ」

『そうだよ!お前たちのせいで母上はどんなに苦しめられたことか!』


 スクナビコナたちはアマノジャクたちと話をしながらも、その包囲網を徐々に狭めていく。


「…ううっ、まずいな……」

『…ククッ、これはやばいですぜ……』


 アマノジャクとドブヒコはスクナビコナたちによって、部屋の真ん中へと追いつめられる。


「さあ、どうする?カニヒコとカニヒコの母さんに謝るなら今のうちだぞ」

『そうだぞ!早く母上に謝れ!』


 カニヒコはアマノジャクたちに謝罪を要求する。


「フンッ!誰がお前らなんかに謝るものか!」

『そうですぜ!お前の母親が柿にぶつかったのは自業自得ですぜ!』


 アマノジャクとドブヒコはなおも意地を張り続ける。


「そうか、だったらもうどうなっても後悔しないよな?」

『覚悟しろ!』


 スクナビコナたちはさらにアマノジャクたちとの距離を詰めようとする。その瞬間。


「ハンッ、捕まってたまるか!」

『ククッ、バカめっ!こっちからだったら逃げられるぜ!』


 アマノジャクとドブヒコは唯一包囲するものが誰もいなかった場所から逃げ出し、建物の出口へと一直線に向かう。


「フン、お前ら!おぼえてろよ!」

『ククッ、必ずここを取り返してやる!』


 アマノジャクとドブヒコはスクナビコナたちに向かって叫びながらも、建物から〝脱出〟しようとする。

 と、そのときである。


「グワアッ!」

『な、なんだッ!』


 突然、アマノジャクとドブヒコは足を滑らせ、地面に前のめりにこけてしまう。


『ドスーン!』


 そして倒れている二人の真上からウスヒコが落ちてきて、その上にのしかかる。


「グギャアッ!」

『ゲブワッ!』


 倒れているアマノジャクとドブヒコは、いきなりのしかかってきたウスヒコのあまりの重さに悲鳴を上げ、そのまま身動きがとれなくなる。


「ハハッ、全てがうまくいったぞ!」


 スクナビコナが建物の中から外に出てきて、〝計画の成功〟を宣言する。


『やったー!」

『成功だー!』

『ざまあみろ!』


 さらにカニヒコ、キジヒメ、チュルヒコとネズミたちも倒れているアマノジャクたちのそばにやってきて、大歓声を上げる。


「…ううう、…お前ら、…俺たちにこんな小細工をしやがって……」

『…ククク、…どこまでも汚いやつらだ……』


 アマノジャクとドブヒコはスクナビコナたちに力なく抗議する。


「フフッ、事前にみんなで話し合って計画を練ってたのさ!」


 スクナビコナは得意げに〝計画〟を説明し始める。


「まずは僕とカニヒコでお前たちを奇襲する。さらにチュルヒコたちといっしょにお前たちを包囲し、そのときにわざと包囲網の一ヶ所を開けておく。そしてその開いている包囲網からあえてお前たちを家の外に逃げさせる。そのあと、家の入り口付近に置いておいたヌメヌメした体を持つワカメヒコに、お前たちを踏んづけさせ、こけさせる。そのうえに、事前にはしごを使って、全員で力を合わせて屋根の上に上げたウスヒコを、キジヒメとネズミたちの一部で、下で倒れているアマノジャクたちの上に落とす」


『ケーン!完璧な計画だったわ!大成功よ!』


 キジヒメが自慢げに、再び歓声を上げる。


「…ううう……」

『…ククク……』


 うつ伏せのまま一切動くことができないアマノジャクとドブヒコはただただ悔しがることしかできない。


『さあ、お前ら!まずはここにいるカニヒコに謝れ!』


 そう言いながら、すぐ隣にいるカニヒコを手で示す。


「ハンッ、カニヒコに謝れだと!死んでも嫌だね」

『ククッ、そうだ!悪いのはお前の母親だとさっき……』

『黙れーっ!』


 そう叫びながらカニヒコは両腕を振り上げる。


『僕は本当に怒ったぞ!お前らいい加減にしろ!』


 カニヒコはさらに叫びながら、腕の先のハサミをアマノジャクとドブヒコの顔のそばに近づけ、威嚇いかくする。


「や、やめてくれ!そんなものを近づけるのは!」

『あ、危ない!殺されるっ!』


 カニヒコの行動にアマノジャクとドブヒコは本気で慌てる。


『もうこれ以上痛い思いをしたくないなら今度こそ謝れ!』


 カニヒコは謝罪を迫りながら、アマノジャクとドブヒコのすぐ目の前でハサミを振り回す。


「わわわわ、悪かったッ!ほんとーうに悪かったッ!」

『クククッ!すみませんッ!心の底からお詫びもーしあげますッ!』


 ついにアマノジャクとドブヒコはカニヒコに謝罪する。


『もう二度とこんなことはやらないなと約束しろ!』

「やりませんッ!決してやりませんともッ!」

『その通りですッ!諸悪の根源は我々にありますッ!』


 アマノジャクとドブヒコは地面に這いつくばるような姿勢のまま、何度も謝る。


『…よし、もういい……』


 カニヒコは納得したのか、アマノジャクたちに向けていたはさみを下ろす。


「…大丈夫か、カニヒコ……」


 落ち着きを取り戻した様子のカニヒコにスクナビコナが声をかける。


『はい、スクナさんや皆さんのおかげで母の仇を討つことができました。ありがとうございます』


 カニヒコはスクナビコナ以下、周囲にいる者たち全員に礼を言う。


『…でもこうして母の仇を討っても…、このものたちをいくら懲らしめ、謝らせても…、倒れている母が元通りになることはありません……』


 カニヒコはうつむいたまま、悲しそうにつぶやく。その言葉に周囲は静まり返る。


『…そういえば、大事なことを思い出したよ!』


 辺りの沈黙をワカメヒコの言葉が破る。


「…ワカメヒコ、大事なことってなんだよ?」

『以前こいつらが話してたのを聞いたことがあるんだ。確か人魚の体から取り出した油を持っていて、それは万病に効く薬だって言ってたぞ』

「何!それは本当か?」

『うん、確かに言ってたよ。それがあればカニヒコの母親も元通りになるんじゃないかな?』


 ワカメヒコの言葉を聞いたスクナビコナは歩いて、アマノジャクとドブヒコのすぐそばに近寄る。


「おいっ!お前たちは薬を持っているのか?」


 スクナビコナはアマノジャクとドブヒコを問い詰める。


「し、知らん!俺は知らんぞッ!」

『知りませんぜッ!そんな薬を家の床下に隠してるなんて!』

「バッ、バカッ!」

『クッ!し、しまった!』

「ふん、ドブヒコ!大事な秘密を教えてくれてありがとうよ!」


 こうしてスクナビコナたちはこのあと、アマノジャクたちから薬の隠し場所を聞き出すのだった。



 全ての問題は解決した。


 アマノジャクたちから薬の場所を聞き出し、実際に薬の入ったツボを見つけ出したあと、結局スクナビコナはカニヒコたちとも相談して、アマノジャクとドブヒコを解放してやることにした。


 アマノジャクたちは例によって、おぼえていろ、今度会ったらただじゃおかねえぞ、などと捨てゼリフを吐きながら、いずこかへと逃げ去っていった。


 カニヒコはアマノジャクたちから手に入れた薬をカニヒメの体の柿をぶつけられた部分に塗った。

 すると、カニヒメはそれまで苦しんでいたのが嘘のように元通りに回復した。

 カニヒメはカニヒコとともにスクナビコナたちに心から感謝し、礼を言った。


 キジヒメもいったん高天原に帰るとスクナビコナたちに告(つ)げて、去っていった。キビダンゴを取り返すことはできなかったが、アマノジャクたちを懲らしめたことで、気分的にはすっきりしたとのことだった。無論、今後もスクナビコナたちの監視は続けるとのことだ。


 ウスヒコとワカメヒコはスクナビコナたちによって元いた家へと戻され、そのあとにネズミたちも元いた穴へと帰っていった。


 ただ、スクナビコナとチュルヒコはネズミの穴には帰らず、ウスヒコとワカメヒコの強い希望もあり、彼らとともに住むことになった。

 つまり、スクナビコナたちは元々アマノジャクたちがすみかとして使っていた家に、代わりに住むことになったわけである。


 めでたし、めでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る