スクナビコナとチュルヒコ⑥―サルタヒコとキジヒコ―
「…とりあえず、岸に着いたな」
『うん、ここはどこだろうね』
スクナビコナとチュルヒコは岸に流れ着くと、おわんから降り、辺りを見回してみる。
今は先ほどまで悪天候が嘘のように雨もやみ、空も晴れ渡っている。
「少し辺りを探索してみるか?」
『うん、そうだね』
そう一人と一匹で決めて、歩こうとし始めたときである。
「ここにいたか」
いきなり上のほうから声が聞こえる。スクナビコナは声がしたほうを向く。
「…サルタヒコか」
赤ら顔に一度見たら決して忘れないであろう長く伸びた鼻。〝高天原の空飛ぶ神〟サルタヒコが声の主である。
「ははっ、よかったよ、来てくれて。せっかくだからついでに僕たちをいっしょに乗せて空の上を飛んでくれよ」
「いや、それはできない」
「な、なんでだよ!」
サルタヒコが自分の頼みを断ったことにスクナビコナは憤慨する。
「君たちに私は一切力を貸してはならないことになっている」
「なんでそんな決まりがあるんだよ!」
「それは高天原の神々全員ですでに決められたことだからだ。当然私もそれに従わなければならない」
「ちぇっ、ケチ!」
「ふふ、それに残念ながら私がここに来たのは君たちを助けるためではない」
「じゃあ、なんで来たんだよ!」
「それはね―」
そう言うと、サルタヒコはスクナビコナたちのすぐそばで放置されたままのオワンヒコとハシヒコを拾い上げる。
「〝彼ら〟は本来ここにあるべきではない。だからこそ私は彼らを回収し、高天原に持ち帰るためにここに来たというわけだ」
「ふん、僕やチュルヒコよりもおわんや箸のほうが大事だってのか」
「ははっ、確かに私は君たちを助けてあげることはできないが、それでも君たちがいずれ高天原に戻ってくる日が来ることを願っているよ」
「へっ、言われなくてもぜーったい戻るよ!」
「ふっ、元気があるのはいいことだ。では私はこれで…、ああ、あと一つ忘れていた」
サルタヒコはいったんは空を見上げたが、何かを思い出したらしく再びスクナビコナのほうを見る。
「えっ、なに?」
「君たちにはもう一人用がある者がいるよ、では」
そう言うと、サルタヒコは今度こそ空に向かって飛び去っていく。
その去り際にサルタヒコの両腕に抱えられていたオワンヒコとハシヒコが、ざまあみろ、いい気味だ、と捨て台詞を吐く。
「うるさいぞー!」
そんな罵声に精一杯の大声で叫ぶスクナビコナの声がその場にむなしく響くのだった。
『…行っちゃったね……』
「全くおわんと箸め、最初から最後までふざけたやつらだった……」
『ケーン!』
サルタヒコを見届けたスクナビコナたちに何者かの声がいずこかから響く。
『えっ』
「なにっ?」
『ふん、ここだよ!』
周囲を見回すスクナビコナたちをあざ笑うかのように、一羽の
『スクナビコナ、このキジヒコがお前に言っておきたいことがある!』
「ふん、キジヒコ、ずいぶんといやみな登場のしかただな」
キジヒコは毒づくスクナビコナを無視して話を続ける。
『このキジヒコは我が妻キジヒメとともにお前の監視を高天原より命じられた』
「はん、そいつはご苦労なこった。ついでに僕たちをお前の背中に乗せて空を飛んでくれたりするのか?」
『それはぜえーったいにない、ケーン!』
「ふんっ、ケンケンうるさいぞ、雉野郎がっ!」
『何かにつけて口答えばかりするお前に言われる筋合いはない、スクナビコナ!お前の地上での行動はこれから全て我々夫婦によって交替で監視され、
「ふざけるな、僕は悪事なんて働かない!僕のやることはいい事ばかりさ!」
『ふん、それはどうかな?いずれにせよ、今からお前の行動を空から見張らせてもらうからな!』
そう言うと、キジヒコは空に向かって飛び立ち、スクナビコナを挑発するかのように真上を旋回し始める。
「しっしっ、お前なんかどっかに行け!」
スクナビコナは忌々しげに真上を見上げながら、右手でキジヒコを追い払うしぐさをするのだった。
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