第2話「ゼロ歳児の僕」

 しばらくたっていたのか、それとも直後なのか。僕はまだ白い光を見ていた。

 いったい何が起こったのか? なにがあったのかを必死に思い出そうとする。

 眠っているのか、今は起きているのかよくわからない感覚。

 これは何? 今の僕は……。


 光の次は暗闇。いや、小さな光の点が無数に見えてきた。

 これは宇宙だ。その星々を遮るように、何人かの人影が見える。

 ここはあの世? それとも僕の迷い込んだ別の世界?

 眠って起きてばかりを感じて、そして体が声を上げて泣く。そしてまた眠る。

 そんなことを続けているうちに僕は――。

 今の僕が赤ん坊だと理解した。


  ◆


「なんと可愛らしい。君によく似ているよ」

「あなたと同じでかっこいいわ。男の子なのですから」

 男女の声が聞こえる。流れからいって僕、赤ん坊の両親のようだけど……。

「そうだな。でも表情は君に似ている気がする」

「いえ。あなたですよ」

「しかし、嬉しいものだなあ……」

「ええ……」

 間違いない。このニ人は僕のお父さんとお母さんだ。本能が知っているのか、僕はそう理解した。

「うー、あー、あーっ!」 こっ、ここはどこなんだ!

「喜んでるぞっ!」

「ええ。そうねっ!」

「キャッキャッ。キー」 違う違う。ちがーう!

 視界はおぼろげだ。まだ目もたいして発達していないみたい。

「そろそろお食事の時間ね。ミルクを用意するわ」

「うん。俺も手伝おう」

「大丈夫よー」

「私の方が美味しく作れる」

「それはないと思うわっ!」

 二人は仲よさそうに出ていった。僕は一人取り残されているようだ。

 まったく会話が通じていない――。

 ふう、あたりまえか……。ただ赤ん坊が騒いでいただけだ。

 この状況は一体何なんだ? 

 十三歳だった僕は、今赤ん坊になっている。そして当然ながら両親ともに別人だ。


 あの時――。

 あの時僕は教室にいた。そして白い光に飲み込まれた。

 意識を失いそのままどこかに連れ去られ、赤ん坊に肉体改造された? いやいや、いや。さすがにそれはないだろう。アニメや漫画が大好きな僕も、それはないと想像できる。

 つまり僕は一度死んだんだ。そして時代を超え時を超え、どこかの世界で生まれ変わった。

 どうやらこれっぽい。つまり現実の僕はやっぱり死んで、今ここにいる僕は別人の赤ん坊なのだ。

 なんと今時の設定だろうかっ!

 人生やり直すには早すぎたけど、もう一度やり直します。

 僕を愛してくれた、昔のお父さんお母さんごめんなさい。

 そして僕を尊敬できる兄と慕ってくれていた妹よ。突然いなくなってごめんな。

 いや。できの悪い息子がいなくなっただとか、冴えない兄貴がどこかに行ったとか。なんとかそんなふうには、なっていて欲しくないなあ。

 想像だけど、この世界での待遇は悪くないようだ。両親ともに僕を愛してくれている。

 それにこの部屋の環境、まだよく見えないけれど快適そうだ。

 少なくとも食事に困る事はないだろう。ミルク飲み放題だし。

 もしかしてこれはラッキー転生?

 前世に不満はありませんでした。

 だけど、さらば昔の自分よ。ようこそ新しい自分。


「こっちの方が絶対美味しいって!」

「いえ、普通に私の方!」

 二人が部屋に入って来た。

「よしっ! 判定は我が息子に任せようかっ!」

「私の息子よ? 私を選ぶに決まっているわ」

 どうやらミルク合戦になってしまったようだ。この二人はバカップルなの? なんでこんなことで張り合う? 勘弁してよ……。

「まずは俺のスペシャルミルクからだ」

「どうぞ。さりげなく有利な先攻を選ぶなんて、あなたって昔から策士だったわ」

「なんの。さりげなく有利な後攻を君に譲ったのさ。俺は昔から優しいだろ?」

「どうだか……」

「いくぞ」

 唐突に僕の口に哺乳瓶が突っ込まれた。

 むぐっ。むむむ……。ごくりごくり――。ぷはあっ。

「どうだ。この満足げな顔は」

「次は私ね」

 続けて唐突に、僕の口に哺乳瓶が突っ込まれた。

 むぐっ。むむむ……。ごくりごくり――。ぷはあっ。

「私の方が美味しかったって」

「そうかあ?」

「うー、うー、うー。うきゃっ、きゃっ!」 もっと飲ませて。どっちも美味しいから。

 たらふく食事を頂き眠くなってきた。

 もう寝よう。むにゃむにゃ……。

「早く名前を決めなくちゃね」

「父と母にも相談しなくちゃなあ……」

 僕の名前かあ。左近さこん孝朗たかよしとは、もうおさらばなんだ。

 一晴かずはるもこっちに来ているのかな? 一緒に寄り道するって約束だったよな。

 他の人たちは――誰だったっけ? 思い出せないよ。なぜかな? それが転生なのかな?

 このまま昔を全て忘れて、こっちの人になっちゃうのかあ……。それとも脳が成長すれば、だんだんと思い出してくるのか――。

 眠い。おやすみ……。僕は赤ん坊だしね……。

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