【魔王視点】妹はわたくしのモノを欲しがるのです

 初めてソノ存在を感知したとき、本能が我に、アレは我のモノだと告げた。

 しかし、我のモノにするには、アレは多くの言霊に縛り付けられ、無理に我の物にすれば自我が壊れてしまう。

 それは我の望むところではない。

 出来るのであれば、我に好意を持ってくれたまま我のモノになるのが良い。

 さて、どうしたものか。

 そうしてソレ、ゾーエを観察しているうちに、ゾーエには異母妹が出来た。

 庶子の出のくせに、ゾーエの物を欲しがり、貰えないとわかると、ゾーエを悪者に仕立て上げてまでゾーエの物を奪い取っていく空っぽの存在。

 しかし、ソレ、ケーラを見て、我は一ついい事を思いついた。

 ケーラがゾーエの全てを欲するのであれば、ゾーエは全てを失い我の物になるのではないかと。

 そしてその考えは正しかった。

 ゾーエを言霊や道具で縛っていたものは、ケーラがどんどん欲しがり、奪い取っていった。

 そう、婚約者であるアロイージの心さえ奪い取っていったのだ。


「偽聖女であるゾーエの悪行は聞くに堪えない。真の聖女であるケーラに対しての数々の身体的暴力、精神的暴力に加え、自らが本物の聖女だなどと周囲を偽り、この国を悪の道へと染めようとしたのだ! そのような者と結婚することなど到底出来ぬ! 今この場を持って、ゾーエとの婚約を破棄し、私はケーラと新たに婚約を結ぶ! ゾーエ! 王妃の地位が欲しいがために私と婚約を結んでいたお前は国を謀った罪として、即刻死刑とする!」


 その言葉を聞いた時、我の中にあったのは歓喜の感情だった。

 これでゾーエを我のモノにできると、そう思った。

 しかし、この国の国王はゾーエに聖女であることを強いた、これは計算違いだった。

 ケーラは国王を篭絡してはいなかったのだ。

 肝心なところで使えない娘だな。

 せっかくゾーエから取り上げた魔石に我の魔力を注ぎ込んでやったというのに、無駄骨に終わったか?

 結局その日はゾーエの結婚式は行われず、ゾーエは監視の目があるとわかっているにもかかわらず、一人バルコニーに出ていた。


『悔しいとは思わぬのか?』

「え?」


 気がついたら、そうゾーエの脳内に語り掛けていた。


『聖女ゾーエ、お前の心に隙が空くのを待って居った』

「わたくしの、心の隙?」

『そうだ、お前を我のモノにするために、ずっと見てきたのだ』

「ずっと……」


 そう、いままではこの国の聖女であろうと言う心、王子の婚約者であろうと言う心、周囲の期待に応えなくてはいけないと言う心が邪魔をして、こうして声を届けることも出来なかった。


『ああ、産まれたその時から見守って来た。しかし、ゾーエが産まれたその時から、様々な言霊に縛られ、我が無理に手にしようとすれば、其方自身が壊れてしまうため、手を出すことが出来なかった。だから、この時を待っていたのだ』

「そう、なのですか……」

『だが、お前はまだ聖女であり、未だ様々な言霊に縛られている』

「……」


 そう、婚約破棄などと言っていたが、それは王子が勝手に言っている事。

 ゾーエは未だ王子の婚約者であり、国に望まれた聖女なのだ。


『全てを捨てて、我の元に来るか? ゾーエ』

「わたくしは、貴方様がどこの誰かも存じ上げません」

『我は魔王。歴代最強であり、最恐で最悪の存在』

「魔王!」


 驚いたのだろう、ゾーエにしては珍しく声を上げ、そしてきょろきょろと周囲を伺うようなしぐさを見せた。

 ああ、その仕草もなんと愛らしい。


『全てを捨てる覚悟があるのなら、我が腕に飛び込むがよい』


 我はそう言って、ゾーエとの意識のリンクを切った。

 我としてはもっとゾーエと話していたかったが、魔王とわかってしまったら、ゾーエは我の言葉に答えることは無いだろう。

 だが、我は見逃さなかった、ゾーエについている影の者が、今のゾーエの独り言をメモし、国王に届けに行くのを。

 ああ、ゾーエ、もう少しだ。

 もう少しでお前は自由となり、我のモノになることが出来るのだ。

 そして案の定、眠っているゾーエが目を覚まさぬよう、薬を嗅がせ、ゾーエに魔力を吸い取る首輪をつけ、国王は地下の牢獄にゾーエを追いやった。

 自分達で自分達の首を締めるか、丁度いい、近くをたむろする魔物の軍団を結界の弱まった王都に誘導することにしよう。

 我は、このまま王都が魔物に食いつぶされても良かったのだが、ゾーエはそれを望まず、命を削ってまで結界を発動し、意識を失い冷たい石の床に倒れ伏してしまった。

 だが、魔物が王都を襲い、失われた命が多かった。

 民衆は、貴族は一体だれの責任なのだと王族を糾弾し始める。

 ああ、人間とは何て愚かしい生き物なのだろうか。

 己の過ちを見直す前に、他人にその罪を擦り付けるのが本当に得意なのだな。

 国王は、アロイージとケーラの提言もあり、此度の事は、ゾーエが魔王と通じ、結界を弱めたことによる結果だという事にした。

 本当に愚かしい。

 いくらゾーエの張る結界が強くとも、我の侵入を防ぐことなど最初から無理であったと言うのに。

 そもそも、我とてかつては聖人としてこの国を守護していた月の女神の加護を持った者だった。

 それが、仲間に裏切られ、国外追放され、何もかにも絶望して、ひたすら力を振るっていたら、いつの間にか魔王になったのだ。

 魔王となっても未だある同じ月の女神の加護を持つゾーエの結界など我には効かぬのだ。


「国王陛下、どうかお考え直しを。わたくしが居なくなってしまっては、誰がこの王都の結界を維持すると言うのですか」

「ケーラが行える」

「そうですよ、お姉様。偽聖女のお姉様と違って、私には本物の聖女としての力があるんです。お姉様は安心して死んでください」


 愚かしい。ケーラの張る結界など、吹いてしまえば消し飛ぶ程度の結界でしかない。

 それで魔物の進行を防げるわけがないではないか。

 まあ、しばらくは十分にゾーエの魔力を吸い取った首輪の力でどうにかなるかもしれないが、それもすぐに尽きてしまうだろう。

 ゾーエは今まで尽くしてきた人間から石を投げつけられ、罵詈雑言を浴びせられ、それでも無表情を貫き、だが目は絶望を宿し始めている。


『全てを捨てて、我が腕に抱かれよ』


 ゾーエは周囲を見渡すと、ふとその瞳に映る絶望の色が濃くなった。


「ああ、何もかも、まやかしだったのでございますね」


 そう、人間など自分の都合の良いように簡単に生贄を差し出す下等種でしかないのだ。

 ゾーエ、我が元に来るのだ。


「もう、いいですわ」

「聖女ゾーエ! 最期まで聖女としての誇りを持ち、崖から飛び降りるがよい!」


 ちっ、また余計な言霊を。

 これではゾーエは死ぬまで聖女のままではないか。


「クスクス。もうこの国は終わりですわ。さようなら、皆様。せいぜいあがいて死んでくださいませね」


 ゾーエはそう言って笑うと、自ら崖に身を投じた。

 そう、ゾーエが居なくなってしまったこの国は、あとはもう魔物に蹂躙されつくすだけなのだ。


『全てを捨てて、我が腕に抱かれよ』


 我は、ゾーエが谷底に落ちる寸前でその身を抱き留める。


『ククク。後悔するがいい人間ども。お前達が失ったのがどれほどの存在なのかを思い知るがいい!』


 我が谷の中からそう言えば、それは反響して王都中に広まっていった。

 ゾーエは落下している最中にその命を失ってしまった。

 次第に冷たくなっていくゾーエの体を抱きしめて、我は宙に浮かび上がると、今しがたゾーエを殺した人間どもを見下ろして嗤う。

 ゾーエの魔力を奪い取った首輪も、あっさりと粉砕した。


「なにをするの!」

『己の下罪を思い知るがよい、我はそう言ったはずだ』


 それから間もなく、結界が切れたことにより、王都に魔物がなだれ込んできた。


「ケーラ! 結界を張るんだ」

「はい!」


 ケーラは必死に結界を張っているが、その程度の結界で魔物を退けるはずもないだろう?

 案の定、魔物は王都の中に入り込んできて、王都中を蹂躙し始める。

 ゾーエ、見えないだろうが見ているか? お前をこのような目に合わせた者たちの末路だ。

 そうして、一昼夜の間に、魔物に占拠された王都には、最後の砦として王宮に騎士と国王と、アロイージと王妃とケーラがいた。

 だが、必死の抵抗もむなしく、門は破壊され、空中からも魔物は入り込み、国王達は蹂躙されその命を奪われていく。

 ああ、これだけの血の生贄があれば十分だろう。

 我は王宮の玉座にすっかり冷たくなったゾーエを座らせると、呪文を唱え始める。

 それはかつて、禁忌と言われていた時戻しの魔法、だが、魔王となった我に禁忌など存在しない、使いたいときに使いたい魔法を使うだけだ。

 この魔法で、邪魔な勇者共も覚醒する前に屠って来た。

 それを今度はゾーエに使うだけだ。


『ゾーエ、今度こそ我のモノに』


 そうして、呪文は完成し、魔法は発動した。



 我が気が付いたのは、ゾーエが産まれる半年前。

 まだ胎の中にいるゾーエを見守って来た。

 そうして、ゾーエが過去を思い出したのは三歳の時。

 嬉しさのあまり、寝室の闇の中で、ゾーエを抱きしめた。


「誰です?」

『時戻しは上手く発動したようだな』

「魔王……」

『しかし、其方は既に多くの言霊に縛り付けられておる。その全てを無くした時、その時こそ其方は我のモノになる』


 我の言葉に、ゾーエはうっとりと我に身を預けてくれた。


「わたくしが全て失えば、魔王のモノになれるのですか?」

『うむ。だが今はその時ではない』

「いつ?」

『近い未来、お前の異母妹を利用すればいい』

「ケーラを……」


 今回は、聖女の地位もなにもかも、ケーラに奪わせてしまえばいい、そう、暗にいえばゾーエもわかったのか、口の端が上がった。


「魔王のモノになるというのは、どういう気分なのでしょうか?」

『それは其方次第だ』


 しかし、今の生活よりもより自由な生活を送れることだけは保証しよう。

 我のモノであはるが、其方は自由に過ごせるのだ。


 しかしその後、月の女神が神託をし、ゾーエは再び聖女となり、アロイージとの婚約も結ばれてしまった。

 だが、我はそれでもゾーエは我のモノに今度こそなるという確信があった。

 なによりも、ゾーエがそれを望んでくれているのだから、以前よりもスムーズに事が進むだろう。

 そうして案の定、ケーラはゾーエから様々なものを奪っていった。

 おもちゃも、宝石も、侍従もメイドも、両親の愛も、婚約者も、そして聖女の地位も欲した。

 ああ、なんと愚かしく愉快なものなのだろうか。

 こうもうまく踊ってくれるとは思わなんだ。

 ゾーエはケーラに要求されれば断ることなく差し出した、ゾーエが差し出すのが難しい時は、ケーラがゾーエを悪者にすることで手に入れていった。

 そうして、ケーラがゾーエから婚約者も、聖女の地位も奪ったその瞬間、我は歓喜に満ち溢れた。


「ねえ、ケーラ。これでわたくしが今まで持っていたモノの全ては貴女が奪ったことになりますわ。もう、わたくしから奪えるモノはございませんわね」

「ええ、お姉様の持っているモノは全部、ぜーんぶ私のモノになっちゃいました。ねえ、お姉様、どんな気持ちですか?」

「そうですわね、とっても清々しい気分ですわ。わたくしには退屈なおもちゃも、ゴテゴテした宝石も、小うるさい侍従やメイドも、重苦しい両親の愛も、顔だけの婚約者も、過度の労働を強いられる聖女の地位も、全て要りませんもの。ケーラに貰っていただけて嬉しいですわ。これで、やっとわたくしは自由の身ですわ。もう何にも縛られることはございませんの。もうケーラに何も差し上げませんわ」

「ええ、だってもうお姉様は何も持っていないでしょう?」

「そうですわね、何も持っていませんわ。だから……、やっと自由の身になりましたの。だからやっと迎えに来ていただけますのよ」

「は? 何を言っている、ゾーエ」

「そうです、お姉様を迎えに来てくれる人なんていませんよ」

「ええ、もちろん人ではございませんわ」


 その言葉を待って、我は王宮の屋根を吹き飛ばし、ゆっくりと宙を舞い、ゾーエの横に降り立つ。


「魔王、ですわ」


 我は腕の中にゾーエを抱きしめる。


『やっと我のモノだな』

「ええ、やっとアナタだけのモノですわ」


 ゾーエに口づけを落としながら、周囲を見れば、夜会に集まっている全員が、何も言えずに我達を見ていた。


「ねえ、早くお家に帰りましょう?」


 唇を離したゾーエから、そんな可愛い言葉が漏れる。


『ああ、だがその前に虫けらを始末しなくては我の気が済まない。長い間言霊で我のモノを奪い続けた虫けらどもを、血の洗礼を以て浄化するとしよう』

「そうですの? もうわたくしのモノじゃないからどうでもいいですわ」


 我は魔力を振るい、アロイージとケーラを残したこの会場にいた全員の首を落とし、血の塊に変えた。

 はじめ、その光景に驚愕の顔を浮かべていたケーラが、ふと、目に光を宿しこう言った。


「ねえ、お姉様。ソレ、下さいな」


 その言葉に、怒りと同時に笑いがこみ上げてきた。


「勘違いなさらないで、ケーラ。魔王はわたくしのモノではございませんの。わたくしが魔王のモノですのよ」

『虫けらが何を言う。ゾーエを自由にした褒美に生かしてやったと言うのに』


 虫けらにはそんな事も理解できないのか。

 ゾーエがケーラとアロイージに語り掛けるが、二人は何も反応できずにいる。

 クスクスと笑い、上機嫌なまま、ゾーエは我を見て来る。


「ねえ、もういいでしょう? お家に帰りましょう?」

『ああ、そうだな。だが、ついでに虫けらをもう少々浄化してやらねばな』


 そういってゾーエからいったん離れると、ケーラとアロイージの頭部を吹き飛ばし血の塊にする。


「流石は魔王ですわね」

『さあ、ゴミ掃除も終わった。家に帰ろう』

「ええ、帰りましょう」


 再びゾーエを腕に抱きしめ、我は宙に浮き、魔法陣を描くと転移して魔王城に帰還した。


『ゾーエ、お前には我のモノだという刻印をしなければならない』

「然様でございますか、アナタの好きなようにしてくださいませ。もうわたくしはアナタのモノなのですもの」

『少し、痛むぞ』

「かまいませんわ」


 ゾーエがそう言って目を閉じたので、我はゾーエの体に我の魔力を流し込んでいく。

 びくり、とゾーエの体が震え、体に我の紋章が刻まれていく。

 ああ、我の魔力を纏ったゾーエは今まで以上に美しいな、想像以上の出来栄えだ。

 ゾーエはゆっくりと目を開ける。

 その目にも、我の紋章が刻まれていた。


「これで、本当に魔王の、アナタのモノになれたのでございますね」

「ああ、ゾーエ。愛している」

「わたくしもお慕いしておりますわ。いつも私を見守っていてくださり、わたくしを裏切ることのなかった、アナタ。わたくしの忠誠と愛を捧げます」


 その後、ゾーエはその魔力の高さから、実力主義の魔界でその地位を確保し、我のモノだということに異を唱える者はいなくなった。


『ゾーエ、こっちにおいで』

「はい、アナタ」


 今日も、我とゾーエは、この魔界で幸せに暮らしている。

 そうそう、ゾーエを失ったあの国は、我が手を下すことなく、魔物に蹂躙され、今では地図上から消えてしまったという。

 本当に、人間は手放したものの重大さを、手放した後で気が付くものだな。

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