どんなに黒く染まっても
あの人に与えた奇跡を全て無かったことにする事。
それが私が純白の天使に戻る方法。
けれども、それはあの人に対する私の裏切り行為にも等しい事。
それをするぐらいなら、私はこのままで構わないと思った。
あの人の為に私が苦しむことなんて、何ともない、今までだってそうやって過ごしてきたのだから、今更純白であった頃に戻ろうとは思わない。
今日も私はあの人をじっと見つめて、あの人が神様に、私に祈る事を叶えていく。
あの後、何人もの昔の仲間が、私に元に戻るようにと説得をしに来たけれども、私は首を縦に振らなかった。
だって、それが私の愛の証なのだもの。
この黒い翼も、赤い瞳も、罪の角も、全てはあの人の為だと思えば何の苦にもならないの。
私の首を覆うチョーカーすら黒く染まって、私が純白の天使であったという証は今となっては、この髪の毛と纏う服だけになってしまった。
「私の守護天使、どうかもう一度その姿を見せてください」
その言葉に、私は信じられないものを見るようにあの人を見つめてしまった。
あの人は今の私の姿を見てしまったはずなのに、それでも私に会いたいとそう言ってくれるのだろうか。
けれども、私には再びあの人の前に姿を現す勇気はない。
情けないけれども、しっかりと視線が合ったあの瞬間の驚愕の瞳が忘れられない。
それがいけなかったのか、神様はあの人に一人の天使を遣わした。
それは下位天使だったけれども、純白の美しい羽根に、美しい翡翠色の瞳を持った愛らしい天使。
あの人は、その天使こそが自分の守護天使なのだと思ったに違いない。
天界では珍しくないけれども、人間にとってまるで理想を描いたようなその姿に、あの人は目を奪われている。
ああ、神様。
あなたは何処まで残酷なのでしょうか。
ほどなくして、あの人は神様に遣わされた天使を慕うようになっていった。
その姿を、その言葉を、その祈りを聞くたびに、私の心臓はズキズキと痛みを訴えてくる。
ずっとあなたの傍にいたのは私なのに、あなたのために尽くしてきたのは私なのに。
けれども、私はそれでもあの人に全てを打ち明けて姿を現すことが出来ない。
そんな私にとっては苦しいだけの日々が続いて、それでもあの人の為に私は力を振るっていった。
天に背く奇跡は、まさに堕天使に相応しい物だけれども、それでもいいのだと、私ではない天使を慕うあの人の姿を見ても、それでもいいのだと私は思うようにしていた。
それなのに、あの人はある日神様が遣わした天使に向かってこう言った。
「あなたは私の守護天使ではない」
信じられなかった。
人間が思い描く天使そのものの姿のはずなのに、まさかあの人がそれを否定するなんて思わなかったから。
「私の守護天使は、自分を犠牲にしてでも私の願いを叶え、今なお苦しみに耐えている、そんなお方だ」
その言葉に、私は知らずに涙を流していた。
わかってくれていた、知ってくれていた。
もう十分だろう。
あの人が私を知ってくれているだけで私は満たされる。
神様が遣わした天使は憤怒の表情を浮かべて天界へと帰って行った。
「私の守護天使、私はどんなあなたであっても受け入れましょう。どうか姿をお見せください」
真摯な言葉。
毎日毎日、何カ月も続けられる言葉に、私はついにあの人の前に姿を現した。
驚愕に見開かれた瞳に、侮蔑の色も憎しみの色も浮かぶことはなく、そこにはただ尊敬と愛おしいという色が浮かんでいた。
「やっとお会いすることが出来ましたね。私の守護天使」
その言葉に、私は静かに涙を流す。
「その翼も、その瞳も、その角も、私の為に力を行使してくれた代償なのでしょう?」
私は静かに頷いた。
「私はどんなに黒く染まってもあなたを愛してる」
伸ばされた手に私は自分の手をそっと重ねた。
いつのまにかしわが目立ちカサつくようになったその手の感触に、私は柔らかく微笑む。
「最期にあなたに会えてよかった」
そうして目を閉じて永遠に開かれることの無くなった瞳に、わたしは涙を流してその場から飛び立った。
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