第43話 結界


ガイコツはゾンビたちを製造し使役している。

そう考えると、今まで5階層で起こった奇妙な出来事が全て理解できたのだ。

おそらくハルクもゾンビ化して使役しようとしていたのだろう。

しかし、あまりの生命力の高さで自殺にまで追い込むことが出来なかった。

ハルクの恐るべき生命力に感謝しなければならない。

ハルクが敵となって現れたら勝てるわけがない。


次のことより、今は目の前の敵だ。

頭をつぶしても復活するのだから手に負えない。

【暴食】を使えば食べられるだろうが、お腹を壊しそうでいやだなぁ。


ボス狼は後方から雄叫びをあげた。

狼たちにかかっていた【重力Lv2】の影響は解除される。

ただ、受けたダメージまでは回復していないようだ。

明らかに狼たちのスピードは落ちている。


僕らは難なく狼たちの攻撃をかわし、狼たちを激しく壁にたたきつけた。


いくら激しく叩きつけても体を切り裂いても、体が残っている限り僕らを狙って襲いかかる。

しかし、折れた骨や切断された体が元に戻るわけではない。

移動手段が残っている内は動けるものの、切り落とされた部位や移動手段を失った体は這いつくばったまま動けない。

テレビやアニメで見るゾンビに比べて不完全な存在だ。

僕らは手や足を中心に攻撃をしかけ移動手段を奪い、意識はあるものの動けない状態とした。


ボス狼についても同様だ。

ダメージを受けて動きが遅くなったボス狼は、もはやハルクを翻弄した時のスピードは出せなかった。

あっさりボス狼をつかみ上げたハルクは、ボス狼の手足を一本ずつ引きちぎり地面に向かって投げ捨てた。


顔だけになっても僕らをにらみつけるボス狼の頭を、ハルクはその足で踏みつぶした。

どうやらハルクは人間以外には残忍になれるらしい。

残った狼の頭を僕らは一匹ずつ潰して回った。


狼のゾンビたちを一掃した僕たちは、部屋の奥の扉へと向かった。


扉の前は不思議なほど静かだ。

扉の向こう側からは物音一つ聞こえない。

頑丈な造りの扉であり、よく見れば鍵穴がついている。

ハルクがドアノブに手をかけると、フラッシュの光のように強くまばゆい光が僕らに振り注ぐ。


僕らは後ろを振り返ったが、特に変わった様子はなく潰された狼の頭が散乱している。

僕とハルクはお互いに顔を見合わせ大きく頷くと、ドアを開け部屋の中へと入った。


部屋に入ろうとした瞬間、妙な違和感を覚えた。

まるで空間を飛び越えて別の空間に到達したような浮遊感。

明らかに狼たちと戦った部屋とは部屋の空気が違うのだ。


部屋自体は思ったよりもずっと広く、30メートル四方はありそうだ。

部屋は全体的に薄暗く、どこか圧迫されているような重苦しさを感じる。

辺りを見回しても誰かが潜んでいるような様子はない。

壁と床と天井以外、別室へ向かうドアすらも無いのだ。

僕とハルクは部屋の中を歩き回り、この部屋を調べることにした。


部屋の中央には丸い大きな円が描かれており、何やら記号や文字が書かれている。

僕にはこれが何を意味するかが分からず、ハルクに聞いても分からないようだった。

罠が仕掛けられている様子もなく、誰かが現れるような気配がない。


何の手がかりすらない。一旦部屋から出てみようか。

僕とハルクは入り口に向かった。


あれ?確かここにあったはずだけど?


僕は先ほど通ったドアの前に立ったが、なぜかドアがなくなっている。

広いとは言え、何の遮蔽物もない分かりやすい部屋だ。

入り口の場所など間違えるはずがない。


僕は周辺をくまなく探したが、ドアを見つけることは出来なかった。

おかしい。

この部屋はやはりどこかおかしいのだ。


僕は部屋全体にカーソルを合わせ【鑑定Lv7】を発動。

何らかのヒントを得ようとした。


【部屋】

ダンジョンに設置された広めの部屋。

ステータス:結界Lv4



結界Lv4 !?

これで納得した。

僕らは結界に閉じ込められたのだ。

ドアに手をかけた時の発光、部屋に入る時の浮遊感、ドアの消失。

これらは全て結界に由来するものだったのだ。


部屋の中央に描かれた円形の奇妙な図形は、恐らく魔法陣だ。

魔法陣から何かを召喚して、僕らと戦わせようとしているのだろう。

RPGにありがちなベタなパターンに、僕らはまんまとはめられてしまったのだ。


ただ相手の誤算としては、今ここにハルクがいる。

並大抵のモンスターであれば、ハルクの相手にもならないだろう。


ハルクが傍にいてくれることで、僕の不安は大幅に和らいだ。

僕にも【暴食】スキルや【獣神の宝玉】というレアアイテムもある。

どんな相手が来ても十分に対抗できるという自信があった。


それから間もなく、魔法陣が光り始め、眩い光の束が天井に向かって伸び始めた。


いよいよ現れる。

僕は光の先を見ながら戦闘態勢を取った。


発光量が減少するにつれ、そのなかからシルエットが現れ始めた。

人型だ。

3人、4人、いやもっといる。


魔法陣から光がなくなった後、魔法陣に無数の人影が現れた。

真っ先に僕の目に飛び込んできたのは、すらっと背の高い銀髪の男。

耳が長く、鼻も高い。

胸には大きな傷跡があり、そのぶぶんだけ服が破れている。

他にも両方の首筋に牙の痕が残っているシーフ風の男。

切れ味が良さそうな短剣をそれぞれの手に持っている。


その面々の顔はいずれもどこかで見たことがある。

ダンジョンで自殺をさせられていた人らだ。


もちろん彼らたちは全員息絶えていた。

ここにいるのは狼と同じように、ゾンビ化したガイコツの兵士たちなのだ。


今度は人間たちと戦わせる気か?

ガイコツも趣味が悪い。


ハルクを見ると、明らかに戦意を消失している。

僕自身は人間と戦うことに対しては、何の抵抗も無い。

しかも奴らはゾンビだ。すでに別の生物となっている。

しかし、ハルクは違う。

どういうわけかハルクは人間とは戦いたくはなさそうなのだ。


やばいな。

どんなモンスターが現れるかよりも、僕たちにとっては遥かに脅威だった。

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