第23話 尋常じゃない!

 夜になっていた。渋谷交差点である。いつの間にか雨風は止み、拓けた空に赤い月が昇っている。妖しげな光に照らされて、眠らされた魔法少女たちの上に立つのは、あの日死んだはずの『夢と希望』の魔法少女・業平千鶴だった。


「莉里様!」


 莉里は千鶴に首根っこを締め上げられ、吊し上げられていた。小夜子が血相を変えて叫び声を上げる。一体これはどういう状況なのか?


「静かにしてくれ。今良い場面なんだ」

 風が凪ぎ、不気味な無音が周囲を包み込む中。業平千鶴の凛とした声が響き渡った。

「あ!?」

「『犯人』を捕まえたんだよ。魔法少女・スイートリリィ、白石莉里ちゃんさ」

 千鶴が、手入れの行き届いたブロンドヘアーから雨粒を滴らせ、唇の端を釣り上げた。衣装が濡れているのは、雨のせいばかりではない。純白のコスチュームに、べっとりと赤黒い血がこびりついていた。左手には、同じく返り血のついたナイフが握られている。千鶴の瑞々しい唇が、ゆったりと言葉を紡いでいく。


「『突如生徒たちを襲った、魔法少女狩り。その犯人は、何と現役で活躍する魔法少女だった……。彼女は自分の人気が脅かされるのを恐れ、愛すべき後輩たちを夜な夜な殺して回っていたのだ』」

「何を言って……?」

「『誰もが絶望に沈む中、奇跡が起きる。殺されたはずの生徒が、『皆の願い』によって復活を遂げるのだ! そうして真の主人公が立ち上がり、犯人と対峙する。画面越しに、視聴者は思い知る。どちらが真の魔法少女にふさわしいか』。これが……」

「お前……」

 

 大観衆の向かって演説するように抑揚を繰り返し、それから千鶴は、小夜子に白い歯を見せた。


「これこそが、『希望』だ。極上のエンターテインメントだよ。面白いだろう!?」

「お前だったのか……」


 その目つき。その表情で、小夜子は全てを悟った。

 小夜子は千鶴を睨みあげた。

 この女だったのだ。今回の事件を巻き起こし、莉里を殺人犯に仕立て上げたのは。自分は早々に殺されたふりをして、皆の視線を逸らし、裏で堂々と動き回る。何のことはない。タネさえ分かれば、ミステリーなどではとうの昔に使い古された、茶番に過ぎなかった。


「これで、ボクの人気は絶大なものになる」


 千鶴がうっとりとした表情を浮かべた。彼女ほどの使い手なら、自分を死体に見せかけるなど造作もなかっただろう。衝撃的な絵面に気を取られ、全員まんまと騙されたというわけだ。


「魔法少女は『人気』が全てだと思わないか?」

「貴様ぁぁああッ」


 小夜子が懐から短刀を取り出し、突っ込んで行った。しかし千鶴は、ぽん! と派手な音を立てその場から煙のように姿を消した。それから何でもなかったかのように、彼女は隣の山の上に立っていた。


「世間からの『評判』、視聴者からの『好感度』。どれだけ「良いね」を集められるか、如何にアンケートを取るか。注目度の高さ、影響力の強さ。金や才能にも代えがたい、これほど心強いものはない」

 小夜子は話を聞いていない。爆弾を投げようと思ったが、莉里を人質に取られている。再び山を駆け上ろうとした時、突然今まで眠っていたはずの魔法少女が目を覚まし、小夜子の足を掴んだ。


「な……!?」

「弱いのに人気がある奴っているだろう? あるいは本来は敵のはずなのに、恨まれるどころか持て囃されてる奴。不細工なのに可愛がられてる奴とかさ。思うに、人気の力は強弱や、善悪さえも凌駕する。強ければ良いって訳じゃない、ましてや可愛さや美しさでもない。大切なのは『人気』なんだ。それさえあれば、魔法少女は一生安泰だ」


 1人、また1人と目を覚ましては小夜子の体に纏わり付いてくる。さながらゾンビ映画のそれだった。


「こいつら一体……!?」

「中には人気なんて関係ないだとか、人気にこだわるのは卑しいだとか嘯く連中もいるけど……ボクに言わせれば、そういう奴らこそ自分の不人気をえらく気にしてるもんだ」

 千鶴が嗤った。

 山の上では、相変わらず演説が続いているが、小夜子はそれどころではなかった。次々にしがみついてくる少女たちで、身動きが取れない。目を赤く光らせ、ぼんやりと虚空を浮かべる少女たちは、意識が朦朧としているようだった。千鶴に操られているのだろう。

「じゃあ人気を取るにはどうすれば良いのか?」

 千鶴はというと、そんな小夜子には一瞥もくれず、月を見上げ、今度は深く額に皺を浮かべた。


「これが大変な難題でねえ、ボクは何年も悩んでいたんだが……しかしある日思い立った。人気がなければ、作れば良いんだ、と」

「この……!」

「誰もが同情してしまう『哀しい過去』とか。何年も語り継がれる『伝説の戦い』とか。待ってたってしょうがない、こっちからそうなるよう仕掛けてやれば良い」

「それで、こんなバカなことを……!」


 今や小夜子の全身は魔法少女たちに覆い尽くされ、顔半分が辛うじて見え隠れするほどだった。自分が悲劇のヒロインになるために。周りから同情を買うために。『魔法少女狩り』を引き起こしたのだ。ミュンヒハウゼン症候群の、とびきりタチの悪い奴みたいなものだった。


「この事件をきっかけに、ボクは名実ともに『No. 1』に上り詰める」

じゃねえか! ごちゃごちゃ小難しいこと言いやがって、要するに嫉妬してたって話だろ! はっきり言って……」

 小夜子がギロリと目を光らせ、唾を吐いた。

「小物のやることだ」

「……キミにも随分と助けられたよ」

 薄明かりの下で、千鶴が目を細めた。


「知っているかどうか知らないが。なんせ白石莉里が一番信頼を寄せてるのが、キミだったからね。キミがピンチだと言えば、疑いもせず飛んで行ったよ。殺人現場にも、のこのこと……ククク」

「テメェ……!」


 その時だった。千鶴に捕まっていた莉里の手がピクリと動いたかと思うと、ぽんぽん! と音がして、魔法少女たちが次々にお菓子に変わっていった。


「これは……!」

「チッ……まだ意識があったか」


 莉里に魔法のステッキを向けられ、慌てて千鶴がその場から飛び退しさる。さすがに『No. 1』とはいえど、現役の魔法少女には一目置いているらしい。マフィン、ショコラ、シュークリーム……お菓子に変わった少女たちを、今度は別の魔法で、ここから離れた空間に転送テレポートした。そこで莉里はがっくりと力尽きた。


「莉里様!」


 小夜子が慌てて莉里の元に駆けて行く。莉里は最後の最後まで、皆を助けようとしていたようだ。おかげで9割方は別の場所に避難できた。だが、全員ではない。小夜子も千鶴も、まだ渋谷に残っていた。

 粗方人のいなくなった交差点で、2人が、横断歩道を挟んで向かい合った。


「……さてと。これでボクの『希望動機』は語り終えた訳だが」


 莉里は魔力を使い果たし、大粒の汗を掻いて気絶していた。莉里を抱きかかえる小夜子に、千鶴が訥々と語り始めた。


「ボクの『夢』はねえ。嗚呼、ボクは一応『夢と希望』の魔法少女だから、こんなことを言うんだけど」

「んだと!?」

「信じてもらえないかもしれないけど、ボクの『夢』は、”この世界が平和になること”さ」


 ひゅう、と風が吹いて、2人の間をすり抜けて行った。小夜子は、千鶴を睨んだまま視線を外さない。


「キミはおかしいと思わないか? 毎年これだけたくさんの魔法少女が出て……なのに一向に争いは止まない。『敵』は倒しても倒しても現れる。それどころか、増えて行ってると言っても良いくらいだ」

「そりゃ……」

「それでボクは思った。敵と味方が仲直りできたら……お互い手を取り合ったら、嗚呼、どんなに素晴らしい世界が待っているだろう、と」

「お前……まさか」


 千鶴が両手を開いて魔天そらを仰いだ。

 それが合図だったかのように、地面から、虚空から、闇の中から、ズズズ……と不気味な音を立て、魔人が姿を現した。たちまち渋谷交差点が、今度は魔物で埋め尽くされる。

 それから奇妙なことが起きた。魔人たちは千鶴を前にして、まるで忠誠を誓うように跪いた。中には牛の頭の骨をした奴も見えた。小夜子が息を飲んだ。


「まさか……お前、敵に寝返ったのか!?」

「言い方が悪いなあ。これは『共存』だよ。手を組んだんだ。敵も味方も関係ない、お互い仲良く……協力してこの世界を、あー……運営支配する。これこそまさに『夢』のようじゃないか」


 千鶴が苦笑した。だが、それはあり得ない……小夜子はそう思った。人間が動物の肉を殺して食べるのと同じように、魔人は人間を殺す。屠殺場に行って、これから首を斬られる鶏に「これは共存だよ」といくら説いても、納得などしてくれるものか。


 それで、か。

 小夜子はようやく納得した。

 先ほど敵の拠点に騙されて連れられて行って、それでも簡単に解放してくれたのは。

 奴らはすでに魔法少女と繋がっていたのだ。


「夢を現実に変えようよ」

 闇が一層濃くなっていく。大勢の魔人たちを従えて。業平千鶴が不敵な笑みを浮かべた。


「それでこそ、?」

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