三十五、決戦のヤマト⑦―ニギハヤヒの策略!対するトミビコは!!―
「マジでついてやがるぜッ!」
ニギハヤヒは宮殿の入り口の扉から出て、あたりの様子を見回しながら叫ぶ。
しばらく前まで宮殿には後鬼とその配下の鬼たちが詰めていて、一番奥の部屋にいるニギハヤヒを監視していた。
だがつい先ほどからは宮殿の中で鬼たちがせわしなく動き回ったりする音や、外では何者かが騒々しく叫ぶような声が聞こえたりしていた。
ただそういった物音も少し経つと聞こえなくなり、その後は不気味なほど静かになってしまった。
そこで不審に思ったニギハヤヒはまず宮殿の中を慎重に見て回ってみた。
すると宮殿内部には今鬼も人も全くいないことがわかった。
そこで思い切って宮殿の外の様子を確認してみることにしたのだ。
「…何が起こったのかはまだわからないが…」
ニギハヤヒは腕組みしながら考えてみる。
. 少なくともこのあたりに鬼がいないことだけは間違いない。
何しろ最も警備を厳重にするべき宮殿の周辺に誰もいないわけだ。
ひょっとしたらこの集落全体でも鬼はほとんどいないのかもしれない。
「…可能性として考えられることは…」
ニギハヤヒはなおも今ここで何が起こっているのかを考える。
何しろ鬼も人もほとんど外に出て行ってしまっているのだ。
よほどのことが起きているのは間違いない。
可能性が一番高そうなのは高天原がニニギの子孫たちと共に編成したという“討伐軍”がもうすぐそこまで来ているというものだ。
それならば“敵軍”を迎撃するためにほとんどの者がここから出払ってしまったと考えれば一応筋は通る。
「…だとすれば…」
これは千載一遇の好機だ。
思えばニギハヤヒがヒルコたちにすっかり実権を奪われてしまったあと、できることといえば無気力を装うことぐらいだった。
要は“死んだふり”である。
それはいつ終わるとも知れない“演技”を毎日常に続けることであった。
言い換えれば終わることなく続く“牢獄”での日々であった。
だがそれも今を持って終わりを迎えた。
それどころかこのあとうまくすれば完全な自由さえ手に入るかもしれない。
「…よーし、まずは…」
いっしょに高天原からやって来た連中を探そう。
何しろ彼らとはヒルコたちによって宮殿で実質“監禁”された状態になってからは全く会うことができていない。
「行くぞーッ!」
こうしてニギハヤヒは思い切って宮殿の外へと飛び出すのだった。
「オオッ、みんな無事だったかッ!」
ニギハヤヒは高天原から共に“降りてきた”者たち―男女それぞれ五人ずつ―との再会を喜ぶ。
彼らもそれぞれ互いの無事を喜び合う。
今ニギハヤヒたちは宮殿の大広間にいるところである。
ニギハヤヒは宮殿から出た直後、すぐにある竪穴式住居の前で顔見知りの一人の女とばったり出くわした。
無論その女はニギハヤヒと共に高天原からやって来た女である。
そこでニギハヤヒと女はお互いに知りえたことを“情報交換”した。
その結果わかったことを総合すると、ニギハヤヒがヒルコたちに“監禁”されたころあたりに、十人全員がいったんは倉庫に男女五人ずつに分かれてニギハヤヒ同様“監禁”されてしまった。
その後男たちはずっと閉じ込められたままだったが、女たちは解放されて召使いとして下働きを命じられた。
どうやらヒルコたちは、女たちはさほど脅威にならないだろうと判断したらしい。
また今鬼と人間の戦える男は兵士として全員戦場に出て行ってしまったという。
そのため現在集落に残っている者はほとんど老人と女子供だという。
だいたい状況がわかった両者はお互いにやるべきことを決めた。
女の方は他の女たちを探しに行くことになった。
一方ニギハヤヒは監禁されているという男たちを救出に向かうことになった。
捕らわれているという倉庫の場所は女から教えてもらった。
そしてその倉庫に向かうとすでに見張りもいなくなっており、あっさり男たち全員を助け出すことができた。
また女たちも五人全員が合流することができた。
こうしてニギハヤヒと男女十人の計十一人が無事宮殿の大広間で久しぶりの再会を果たすことができたのである。
「…うーむ…」
大広間の床にあぐらをかいたまま座ったニギハヤヒは腕組みしたままうなる。
ニギハヤヒ以下十一人の面々は再会を喜び合うのをそこそこに、現状確認と今後どうするのかの相談を始めた。
今の状況に関してまとめると、どうもヒルコたちは今回の戦いで劣勢を強いられているらしい。
何しろニギハヤヒたちの監視及び集落の防衛のための軍勢が敵軍の迎撃のために出撃しなければならないほどなのだ。
おかげでニギハヤヒたちも身柄の自由を確保できた。
優勢ならばこんなことは絶対あり得ないだろう。
とすればヒルコたちと戦っている相手であろう“討伐軍”が現在優勢に戦いを進めているわけだ。
しかしこのまま討伐軍が勝ってしまうとなると、それはそれでニギハヤヒたちにとって困ったことになる。
何しろ現状ニギハヤヒは討伐軍側から見て“反乱の首謀者”である。
このままでは自分の身に危険が及ぶ可能性は十分にある。
最悪破滅してしまうかもしれない。
それだけはなんとしても避けなければならない。
(…だがどうやって…)
ニギハヤヒは相変わらず腕組みをしたまま考え込む。
他の者たちも深刻な表情で黙り込んだまま床に座っている。
宮殿の大広間は重苦しい雰囲気に覆われている。
「…いいことを思いついたッ!」
突然ニギハヤヒはそう叫びながら立ち上がる。
他の者たちは思わずニギハヤヒの方を見る。
「…これなら行けるかもしれん」
そうつぶやきながら、ニギハヤヒはニヤリと口元をゆがめる。
「おい、お前らちょっとこっちに来いッ!」
ニギハヤヒは他の者たちに自分のすぐそばまで近づくよう指示する。
他の者たちもそれに従い、座っているニギハヤヒのすぐ近くまで顔を寄せる。
そしてニギハヤヒはヒソヒソと何事かを色々とささやく。
「よしッ、これで行くぞッ!男たちは“ヤツ”を探しに、女たちはこっちで俺といっしょに準備だッ!」
このニギハヤヒの言葉を合図に女たちはニギハヤヒと共に宮殿の中に残り、男たちは宮殿の外へと散っていくのであった。
「この期に及んでも私はニギハヤヒ殿に会えないのですかッ!」
トミビコは思わず門番の男の返事に声を荒げる。
少し前にトミビコが自分の仮住まいにいている竪穴式住居に戻ると、そこに一人の男が待っていた。
男によればニギハヤヒがトミビコに宮殿まで来てくれることを望んでいるという。
その言葉に従い、トミビコは男のあとについて宮殿へと向かった。
宮殿の入り口のすぐ手前まで来ると、男はトミビコにしばらく待つように、と告げて自分は宮殿の中へと入っていった。
トミビコは待たされたことにいくらかの不満をおぼえつつも、言われた通りに待った。
その間にいずこからか一人の男が宮殿にやって来た。
その男は入り口の前で立っているトミビコの存在に気づいたが、特に声をかけるでもなくそそくさと宮殿の中へと入っていった。
その後しばらくすると宮殿の中からすでにトミビコが見かけた二人の男が出てきた。
トミビコが最初に会った男は門番として入り口の前に立ち、次に会った男はまたどこかへと立ち去って行った。
そこでトミビコは門番にいつになったら自分はニギハヤヒ殿に会えるのかと尋ねてみた。
すると門番からは今ニギハヤヒ様は気分が優れないのでもうしばらく待って欲しい、との答えが返ってきた。
それを聞いてトミビコはついにキレてしまったのである。
だがそれでも門番は、ニギハヤヒ様は気分が優れない、の一点張りで決して宮殿の入り口の前からどこうとしない。
その後しばらくの間ニギハヤヒに会いたい、いや会えない、という両者の間の押し問答が続いた。
トミビコにはニギハヤヒに対して問いただしたいことや不満が山ほどあった。
もはやそれらを全てニギハヤヒにぶつけなければ気が済まない。
その想いがトミビコを突き動かしていた。
それほどまでにトミビコは思いつめていたのだ。
そんな不毛な、いつ終わるとも知れない押し問答が続いていたあるとき。
(…ん…?)
突然門番の男が無言になる。
その視線はトミビコの背中越しの方に向いている。
それにつられてトミビコも後ろを振り返る。
するとそこには四人の男が立っている。
その内の一人は少し前に宮殿に出入りしていた男であった。
そして四人の男はすぐに宮殿の中へと入って行ってしまう。
そのあと門番の男はトミビコに、もう一度ニギハヤヒ様に面会できないか聞いてみるから、もう少しの間ここで待っていてくれないか、と告げる。
このまま押し問答を続けていてもらちが明かない、と思ったトミビコはそれを了承する。
こうして門番は再び宮殿の奥へと消えていく。
トミビコも再度宮殿の入り口の前で待ち続けるのであった。
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