第18話「魔眼による分析」



「っ!? 誰だ!!」


 周りにいた数人の魔術師らしき人が急に現れたにんげんに警戒を示す。

 碧はそれを気に留めず魔眼で確認した隼也の居場所に近づく。それを静止しようと数人の魔術師が魔術を構築するが、全てが発動する前に妨害され止められた。

 確かに魔術の発動を妨害するのは魔法に比べて遥かに難しいが、魔力制御能力に隔絶した差があればできないわけではない。

 魔術が止められたことに一瞬驚く魔術師たちであったが、今度は体を張って碧の移動を止めようとする。彼らからすれば碧は不審者以外の何者でもないので仕方ないのだが、いかんせん相手が悪かった。

 魔法で壁を作り彼らが近づけないようにして、そのまま進む。

 混乱する声や怒声が飛び交うが、碧はそれを気にしない。

 その混乱に気がついたのだろう。人の壁の向こうから隼也が顔を出してきて、その表情を固くした。それに対して碧は手を振って軽い調子で言う。


「やぁ、隼也。随分な出迎えだね」

「……普通にお前が名乗ってればそんなことにはならないぞ?

 ──こいつは俺の客だから、警戒は解いていい。ありがとうな」

「いい上司してるね」

「うるせぇ」


 混乱する魔術師たちを宥めた隼也を茶化す碧の頭に手刀を入れてから、「着いてこい」と言って碧を案内する。

 案内された先は羽田の死体が落ちていたであろう場所。

 碧が隼也に報告したはずの場所であるそこには、しかし奇妙な光景が広がっていた。


「僕の知る限り案内の人はこんな奇抜な格好じゃなかったと思うんだけど」

「言ってる場合か」

「そりゃ冗談の一つや二つ言いたくもなるよ。こんな出来の悪い・・・・・キメラ・・・見せられたら」


 碧が指差した先に落ちていたのは、体は猿で腕のうち2本はカエル。さらに背中を向くような奇妙な角度で猪が何かそれに似たような脚が生えており、本来猿の脚が生えていたはずのところは魚の鰭のようになっていた。

 また背中には棘が何本も生えていて、顔だけが死人のままなのが余計に気持ち悪さを演出している。時間が経っているためか腐臭を発しており、色んな意味で一般人にはキツかった。まぁ、二人とも慣れているのでそれほど気にしていないが。


「何かわかるか?」

「魔力残滓の並びが綺麗だから魔法じゃなくて魔術で繋げてる──いや、繋げてるんじゃないなこれ。細胞の組み替えかな? 無理やり細胞を変質させてキメラにしてるのかも。それとも型にはめるみたいに無理やりこの形になるように押し込んだ? それにしては綺麗かもしれないけど……。

 うーん、何のイメージを使ったらこんな姿になるのかわからないや。ただの実験? 本命を隠すカモフラージュ? まぁ目的は後でいいか。

 魂は……時間経ったからか少ししか見えないけど、少なくとも動物らしさはない。

 いや待てよ。これ違う魂だな……人間だけど違う? いや、変質しただけの可能性も……だけど……」

「結論は?」

「考えるから待って」


 碧はそう言うと、ぶつぶつと何かを呟きながらしゃがみ込んでキメラの死体をよく観察する。

 1分ほどそうしてから、碧は結論を出した。


「動物を繋ぎ合わせて作ったんじゃなくて、死体の組織を組み替えて作ってるみたい。

 組織の組み替えに魂は耐えられないから、後から別の魂を無理やり押し込んで動かそうとした形跡がある」

「つまり、本物の猿もカエルも使われていないってことだな?」


 横に控える男性の秘書にメモを取らせながら、隼也は確認する。


「そういうこと。形は変わったけど、正真正銘このキメラもどきはあの案内の人の体をいじったものだね」

「なるほど……はぁ、そんな魔術を持つやつがいるって考えるだけで憂鬱だな」

「別にそうでもない。死んでから死体を変形させるだけなら別に難しくないし、その後の工程の魂の定着にも失敗してるからね。大したことないと思うよ」

「お前基準で話すな」


 魔法使いなのにも関わらず魔術においても最高峰の知識量がある碧を基準に話されたらたまったものじゃない。

 一般人からすれば十分脅威だ。


「というか、これ今日見つけたの?」

「いや、昨日だ。死体回収班が訪れた所、この姿になった羽田を発見。想定外の事態に無断で回収するわけにもいかないし、犯人が近くにいる場合のリスクを考えて一時撤退。俺が護衛役に呼ばれた上で今日調査開始だ」

「ふーん……」

「何か引っかかるのか?」

「この死体を作った人間だいぶ限られてくるなって思ってさ」

「そりゃあそうだろうが……」

「たぶんこれ、死体ができてすぐにこの形にされてるんだよ。ちゃんと言うと1時間以内かな」

「そこまでわかるのか!?」

「うん。断片的な痕跡から予測される魔術の規模的に、魔力がこの残り方をするにはそれくらいじゃないとおかしい」

「お前の魔眼ずるくね?」

「こちとら1000年続く魔法使いの家系の一員だよ? これくらい強い魔眼がないとこんなに歴史が続くわけないって」

「そりゃそうだが……」


 魔法使いの家系の中でも有数の古さを誇る碧の母方の血。その形質がはっきりと現れている碧の魔眼は他のそれを凌駕する。


「ま、僕の魔眼はどうだっていいよ。大事なのは死んですぐにこうなったってところ。

 犯人が偶然この山に入って偶然死体を見つけたとかじゃないなら、考えられる可能性は2つ。

 組織の内部に犯人がいるか、あのキモい魔物を生み出した人間が犯人か」

「なら内部犯の可能性は低いな。俺から1時間で情報が回ったのはごく少数だ。その少数の人間もお前の聞き取り調査に向かわせた」

「じゃあ魔物を生み出したやつだね。何らかの手段で監視してたのかも」

「お前は気づかなかったのか?」

「別に監視する手段は術式だけじゃないし。望遠鏡で覗くとかだったかもしれない」

「ああ。魔術や魔法に頼らない方法で見られてたらお前も気づかないか」

「そゆこと」


 魔力を視る目がある碧だが、電気信号はさすがに見ることができない。そのため、カメラなどで監視されていたらまずわからないという弱点はあった。まぁそれは魔眼を持っていてもいなくても変わらないのだが。


「ともかく、気をつけたほうがいい。あの魔物に何か仕込まれてる可能性も含めて」

「仕込まれてる?」

「毒とか変な術式とかね」

「術式あったらお前が気付いてるだろ?」

「そうなんだけど、回収した後に刻まれてる可能性もあるでしょ?」

「……内部に犯人がいると?」

「犯人じゃなくて協力者かもね」

「それは厄介だな。気をつけよう」


 それも秘書にメモを取らせて、隼也は対策を考える。

 その間にも碧は少しでも痕跡がないかを調べていた。


「ここだけだと分かりにくいけど特徴的な術式の組み方だね。独学か、癖のある師を持ったか……秘書さん、紙一枚とペンちょうだい」

「はい……どうぞ」

「ありがと」


 メモ用紙とペンを隼也の秘書から受け取った碧は、断片的に残っていた術式をそこに書き写す。

 同じものを2枚書き、片方には赤ペンでマークを付ける。


「これ、術式の断片と癖。僕の知る限りこんな癖のある人はいなかったと思うんだけど、ここ15年くらいで発明された魔術は確認しきれてないからその中にいるかも。

 赤で囲んだところが特徴ある箇所だから、思い当たる人いたらその人の周辺が怪しい」

「なるほど……ありがとうございます。こちらでも調べてみます」

「よろしく」


 立ち上がりながらそう言うと、今度は周囲を見渡す。何か魔法の残滓がないかと思ってのことだったが、注意深く探しても大した成果は得られなかった。


「じゃあ、僕は学校に戻るよ。工藤先生にはいい感じに話しといてくれると嬉しい。授業途中で抜けちゃったから」

「お前……真面目に授業受ける気あったのか!?」

「この国の魔術教育の駄目さ加減がよくわかるから、なんか楽しくなってきちゃって」

「……あとでそれもまとめてくれ」

「それはいいんだけど……僕てっきりわざとレベル落としてるのかと思ってたんだけど、違うの? だって魔力制御能力の重要性すら知らない子いるのはおかしくない?」

「あー……ぶっちゃけ言うと、指導要領でその辺は中学で習うってことになってるんだ。でも実際にはそのあたりの知識がある教員が少なすぎるせいで教えきれてない。

 あとは、俺たちが欲してるのが質より量だからだな。少ない人数を強くするより、とりあえず火球が作れる程度の人を量産した方が使いやすい」


 個人が強いに越したことはないが、本当に才能があるかもわからない少数にリソースを注ぎ込むより、多くの人数にそこそこの教育を施した方が、魔物討伐において使いやすい。

 英雄クラスの魔法使いは10年に1度でも十分なのだ。


「ま、そうは言っても強いに越したことはないが。だからこそ、実際に教わるお前が思う問題点も欲しいわけだ」

「なるほどね。じゃあ今度まとめて適当に出すよ」


 それから二人は数分ほど会話し情報交換をしたのち、やることのなくなった碧は一足先に転移で自室に戻ったのち、教室に向かう。

 授業中の教室に入ると視線を集めたが、事情をある程度知らされている担当教員が何も言わなかったこともあり、碧は静かに自分の席に座って教科書を開く。

 横の秋葉が何か聞きたそうな顔をしていたが、碧は意図的に無視した。


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