第16話「渡すもの」
翌日。
「碧いないか?」
放課後の教室に残って課題をしていた秋葉とその友人に教室に、やってきた隼也が尋ねる。
「さっきまでいたんですけど、もう帰ったと思います」
「そうか……渡したいものもあったんだがな」
「代わりに渡しに行きましょうか?」
「なら頼む。これだけ渡してくれればいいから」
「わかりました」
「ありがとな。勉強頑張れよ」
さっさと立ち去る野口を見送った後、渡された箱をじっと観察する秋葉。
片手では持てないくらいの大きさの箱で、中はずしりと重い。包装はしっかりしているようで、揺らしてみても中身が動く気配はない。
「なんだろうね、これ」
「さぁ。っていうか、烏野君男子寮なのに引き受けて大丈夫だったの?」
「荷物渡しに来たって言えば入れるでしょ。ダメなら誰か男子に頼めばいいし、弟子入りするチャンスかもしれないし」
「昨日あんなフラれ方したのに、まだ諦めてないんだ」
「まだ希望はあるし」
正直、秋葉には何をどうすればいいかもわからないのだけれどそれは言わない。
「じゃあ、さっさと終わらせて届けに行こうか」
秋葉はそう言うと、問題を真面目に解き始める。先程までは話しながらだったため解くスピードは遅かったが、本気になってしまえばさほど時間はかからなかった。
さっさと終わらせた秋葉は、友人たちを教室に残して男子寮へ向かう。
別に監視に誰かが立っているわけでもないので自由に入れるのだが、一応女子が男子寮に入るのは禁止されているので管理人室に行き、話をつけておく。
事情を話すとあっさりと許可が出て、ついでに碧の部屋番号も教えてもらえた。
3階までエレベーターで昇ると、15号室を探して歩く。幸いにも寮の構造はほとんど女子寮と同じだったので、迷うことなく進む。途中ですれ違った男子たちからは視線を感じたが、特に気にしなかった。
「ここ……」
15と番号の書かれたドアの前で止まると、中を覗こうと魔眼を使い──頭の痛くなるくらいびっしりと書かれた魔術式が見えて、それ以上覗くのは断念した。
荷物を床に置いてからドアをノックすると、しばらくして「どうぞー」と声が聞こえる。
おそるおそるドアを開けると、そこは様々な物が散乱しており、思わず息苦しくなるような謎の圧倒感を覚えた。
「どうしたの?」
「あっ、烏野君宛の荷物頼まれてて」
「荷物?」
「これなんだけど……」
「あー、隼也に頼んでたやつだね。わざわざありがとう。お礼にお茶でも出すから上がってく? コーヒーの方がいい?」
「じゃあ、お邪魔します。コーヒーで」
「はーい」
碧はそう言うと、いくつか魔法を使う。
秋葉の手にあった荷物はふわりと浮き、床まで移動する。何もなかったところにテーブルと椅子が現れ、コップが浮いて勝手にコーヒーを注ぎ始める。
さながら御伽噺の魔法使いのようなそれに、秋葉は一瞬放心した後、慌てて靴を脱いで部屋に上がる。
床に落ちているよくわからないガラクタのような物や紙を踏まないように気をつけながら椅子に座ると、目の前にコーヒーが置かれた。
「中身確認するからゆっくりしといて」
「あ、うん」
「気になる本あったら読んでいいよ」
碧は、部屋の中で唯一整理されている本棚を指差しながらそう言う。
『魔術応用理論』『
「何届いたか聞いても大丈夫?」
「ああ、別に大丈夫だよ。ただの魔術書だから。ほら、これ」
魔法を使って雑に包みを開けた碧は、中から数冊の大きな本を取り出す。
アルファベットに似ているが少し違う文字が書かれたその表紙を見て、秋葉は首を傾げる。
「フランス語とかそういうの?」
「ううん。魔術の言語」
「は?」
「魔術式って独特の言語で記述するでしょ? これはそれを使って書かれた本だよ。内容はめちゃくちゃためになるけど、読める人が少ないうえに難しいから中々手に入らないんだよね」
「……読めるの?」
「もちろん」
パラパラとページを捲り、乱丁などがないかを確かめる碧。
「なんで読めるの? というか、言語として成立してるの?」
「現代魔術──今地球で使われる魔術はプログラミング言語みたいなもので記述されてるからそれで会話したりするのは難しいけど、異世界で使われてる魔術の言語はそうじゃないからね。普通に英語を読む感覚で読めるよ」
まぁ、実際に異世界の魔術を目にしたことはないので、異世界の魔術に用いられる言語が本当に古代魔術語かはわからないが。
「なんでわざわざ魔術に使う言語で書いたんだろ」
「んー? この程度の言語を理解できないやつは読んだって中身がわからないからだよ。魔術言語で書けば世界中の魔術師が読めるし」
「なるほど……」
今世界の言語の中心が英語であるように、魔術師や魔法使い──所謂ゼロ世代の言語の中心は古代魔術語だ。そのため、複雑な魔術書は古代魔法語で記述される傾向にある。
この時代そのような本はなかなか入手が難しいので、碧は隼也に頼んでなんとか融通してもらっていた。
「さて、確認も済んだし何かお礼くらいはしようかな」
「じゃあ弟子入りを」
「そこまでの恩じゃないね。んー、これとかどう?」
「なに、それ」
「魔力を流すと笑い声が出る」
『きゃっはっはっはっは!』
「え、怖……」
「たまに叫ぶよ。ほら」
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
「んー、中々叫び声が出ないな。ランダムだから仕方ないか」
そう言いながら、魔力を流し続ける碧。
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
『きゃっはっはっはっは!』
『ぎゃぁぁぁぁぁあああああ!』
「あ、叫んだ」
「え、本気で怖い……」
何度目かの挑戦でようやく叫び声を引き当てた碧だが、秋葉はドン引きしていた。まぁ、怪しい笑い声と、割とガチの悲鳴が流れる球体があったら誰だってドン引きする。
「んー、駄目か」
「駄目に決まってる……ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「何を?」
「どうして、わざわざ魔術の研究をするの? 魔法使いなら魔法でいいじゃん。趣味とは言ってたけど……」
一般的に、魔法使いは魔術を使う必要性が少ないとされている。たしかに固定された効果を発揮できるのは魔術の強みだが、事前に準備が必要になる上、実践で使うのは難しい。というのも、魔術式をあらかじめ用意しておくかその場で練り上げるしかないのだが、あらかじめ用意しておくほど魔術の方が強いわけでもないしその場で魔術を使うとなると暗記していた魔術式や魔法陣と寸分違わない形になるように魔力を動かす必要がある。
即席で魔術を使う難易度は高い。真っ白な紙に下書きせず精巧な風景画を描くようなものだと表現した人もいるくらいだ。
ただ、それは一般的な価値観であって、ゼロ世代──その中でも、特に実力のある者たちの認識は全く異なる。
「まさか! むしろ魔法使いこそ魔術を学ぶべきだよ!」
「なんで?」
「んー、じゃあこれ教えるのが報酬ってことでいいかな?」
そんな碧の問いかけに、秋葉はこくりと頷く。
碧は椅子に座ると、本を開きながら解説をする。
「まず、魔法を使える条件って知ってる?」
「……魔力を制御できてること?」
「それじゃ50点かな」
「しっかりしたイメージを持つこと、とか?」
「10点追加」
「…………わからない」
「まぁ、大体間違ってないんだけどね。残りの40点分は、外部からの影響を受けないこと、だよ」
「外部からの影響……使おうとしてる最中に殴られるとかそういうこと?」
「ちょっと違う。
うーん……実際に体験してもらおうかな。ちょっと魔法使ってみてよ」
「え、うん」
秋葉は言われた通り魔法を発動させようと魔力を操り、水の球が浮かぶ姿をイメージする──が、発動する寸前で魔力が霧散して魔法は失敗した。
「……へ?」
混乱する秋葉。再度魔力を操るが、どうもうまくいかない。魔眼を使って魔力を見てみても、突然霧散しているようにしか見えないのだ。
「なるほど、これくらいの濃度だと視えてないのか……じゃあ、これくらいなら視えるかな」
碧がそう呟いた途端、
秋葉が魔法を使おうと魔力を集めた瞬間、碧の魔力が集まってそれを妨害し、魔力を乗っ取っていた。
「これは……」
「別に変なことじゃないよ。強い魔物の近くでも起こり得る現象だし。
基本的に魔法っていうのは砂で絵を描くくらい繊細なものだからね。横から別の魔力ですこしでも突かれると、自分の手元の魔法すら不発になる。
だから、魔法使い同士の戦いで一番重視されるのは、いかに相手の魔法を妨害して自分の魔法を成功させるか。まぁ要するに魔力制御能力だね。
ただ、一定以上の実力者同士の勝負だと、もはやお互いに魔法が使えなくなる」
「使えないの?」
「そう。お互いに妨害はできるけど魔法は使えない状況になる。こうなるともはや魔法戦にはならない。
そこで活きるのが魔術。
基本的に魔術っていうのは、魔法ほどの繊細さはない。だから、こうやって妨害されても問題なく発動できるんだ。まぁ……あまりにも実力差があると無理だけど」
碧はそう言いながら魔術で氷のコインを生み出す。秋葉の目には、魔術式が不自然に揺らぐも問題なく魔術が発動したのが見えた。
「こんなふうに、多少ずらされても問題ない」
「なるほど……勉強になる」
「ちなみに、強い魔法使いだと大抵必殺技的な魔術を一つは持ってるね。隼也とかにもあったはずだよ。見たことないけど」
「見たことないんだ」
「『碧に見せるとコピーされるから嫌だ』って見せてくれないんだよね。魔法使いにとって奥の手がバレるのは嫌だから仕方ないけどさ」
発動させるのに魔法以上の手間をかける必要がある魔術を秘匿するのは魔法使いにとって大事なことだ。魔法使いといえど簡単に死ぬ人間に変わりはないので、奥の手となる魔術の対策をされるとそれだけで死にかねない。
かの有名な怪物メドゥーサを想像するといいかもしれない。見るものを石化するメドゥーサだが、それを知っているペルセウスには通じず、対策をされて首を切り落とされて死ぬ。
それと似たようなことが起こらないとも言えないので、魔法使いたちにとって奥の手の秘匿は死活問題なのだ。
尤も、実力のある魔法使いの使う魔術は、大抵暗号化されており万が一術式を見られてもそう簡単に解読できないのだが──碧なら解読しかねないと思われていた。
「烏野君にはないの? 奥の手」
「あるよ。敵対者を即死させるやつ」
「え……冗談、だよね?」
「さぁ、どうだろうね」
さすがに、そんな強力な魔術があるわけがない。仮にあったとして、どれだけの魔力を使い、どれだけ複雑な魔術式になるのか、どういう原理でそうなるのか、秋葉には想像もつかなかった。
だからこそ冗談だろうと尋ねたのだが、返ってきたのははぐらかすような言い方だけ。
普通に考えて遊ばれてるだけなのだろうと思う秋葉だが、心のどこかで「本当なのではないか」とも思ってしまっていた。
「まぁ、魔法使いが魔術を学ぶ意味はわかってくれたかな?」
「う、うん。ばっちりわかったよ」
「ならよかった。特に君は魔眼持ちだし魔術の知識はあればあるほどいいよ」
「うっ……頑張る」
秋葉だって、自分の魔眼が魔術に対して特攻になり得るのはわかっているのだ。
ただ、そのための勉強に時間を割く余裕はないと思っている。魔物は魔術を使わないので、対魔法使いの戦闘をしないのであれば特に学ぶ意味もないからだ。
「頑張ってよ。弟子にはしないけど、まぁ普通のクラスメートに勉強教えるくらいのことはしてあげるからさ」
別に碧だって秋葉のことが嫌いなわけではない。正確には、弟子として見ると気に食わないが、クラスメートとしては別に嫌いではないといったところか。
なので、普通にクラスメートに勉強を教える感覚で魔法や魔術を教えるくらいはする。弟子となるとそれ相応の責任も発生するので断るが、魔法や魔術を学ぶ意志がある人間を拒む気はなかった。
「うん! ありがとう! また明日ね!」
「また明日〜」
部屋を出ていく秋葉にひらひらと手を振り見送った碧は椅子から立つと魔法でコップを浮かせて綺麗にし、それを元の場所に戻す。
魔法で生み出したテーブルと椅子を消すと、代わりに本を持ってベッドに横になる。
届いた本を魔法で浮かせ仰向けになってそれを読む。気になったところなどは魔法でメモ用紙に記入する。
夕食の時間になるまで、碧はそれを続けていた。
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