第8話 ビッグニュース SIDE:静香
その夜、入念にお風呂に入ったのはいつものこと。
でも「早く話したい」という気持ちが
ビッグニュースを、早く喋りたくて仕方なかった。
『きっと驚くよね? 驚くに決まってる! なんて言ってくれるかな』
思わずニマニマしてしまう。
風呂上がりとは言え、さすがに高校生になってからパジャマ姿で行くのはやめた。
薄手のトレーナーにジャージ。無防備で、何も繕わない自然なスタイル。普通の姿だ。ただし、可愛く見せたいという気持ちは、いつも入っているから、髪は入念にとかしたし、飾ってないけどダサくないことはチェックしている。
お風呂上がりの肌が男の子にどう見えるのか、男の子一人の部屋に行くのがどういう意味を持つのかも、ちゃんと知っているのは高校生としては当たり前。もちろん、静香も意識しているが、もしも咎める人がいれば「だから何?」と気にも留めなかっただろう。
だって、相手は祐太なのだから。
「行ってきます」
「はーい。お母さん寝ちゃってたら、ごめんね」
「わかった。ちゃんとカギは掛けていくからね」
「お願いね。おやすみ」
「おやすみなさい。お母さん」
どこに行くのか聞かれもしない。だって行くべき場所はここだけなのだから。
いつも通りに、祐太の家の鍵は開いている。
「ゆー 来たよ~」
「おー」
玄関を上がる前に声だけは掛けるのはお約束。
何しろ相手は「一人暮らしの男の子」なのだ。不用意に入って何かを見てしまったらお互いに気まずいに決まっている。
だから、入るときに声を掛けるのは、静香が自分に課した数少ない制約だった。
ちゃんと返事があった。いつものように祐太の部屋にダイレクト。
「やぁ、お帰り」
いつも通りに静かな笑みで静香を出迎えてくれる。
「ただいま」
そんな挨拶が、当たり前過ぎるほどの日常。帰るべき場所はここ。そんな気がする。
いつもなら冗談の一つ二つのやりとりから始まる。でも、今日は一刻も早くビッグニュースを喋りたかった。
ベッドに座っている祐太の横にストンと座る。スプリングが凹んだ分だけ肩が触れ合う。そんな距離感。
「どうだった?」
逆に祐太がわずかに距離を取るのを、へへへん、と楽しそうに見つめてしまう。「ゆーが、いっちょ前に意識してる~」と感じるのはいつもながら楽しい。
何しろ、テンションがマックスになっている。今日の感じだったら、このニュースで喜んでくれた瞬間、ハグしちゃおうかな? とまでイタズラ心が湧いてしまう。
きっと、戸惑いながらも抱きしめ返してくれるだろう。それでいて「良かったね!」とか言いながら逃げ出そうとするに違いない。
ホント、恥ずかしがるんだから……
心の中でクスッと笑いながら「あのね!」と話し始める。
「楽しかったっていうか! 重大ニュースがあるの!」
今日の出来事を
「で、ね? 私の歌を酒井光延に聞いてもらえるんだよ! どうしよ! どうしよ、どうしよ! ね、すごいよね! ね? ね? ね?」
静香の「誰にも喋らない」には、自動的に祐太は入らない。あまりに身近すぎて、何を喋っても自分の一部。もちろん祐太が他の人に喋ることなんて考えたこともない。
絶対的な信頼の絆が二人を結んでいる。
ただ、酒井光延の話をする前に「ためらい」がなかったと言えばウソになる。いや、酒井先生のことは良い。ためらいは「その前」の話だ。
カップルルームの話を祐太にするのは気分的に嫌だった。昨日、雷漢と入った時だって、そこは「二人ずつに分かれてカラオケルームに入った」と誤魔化した部分だ。
ウソではない。けれどもカラオケ嫌いの祐太がカップルシートのことなど知っているはずがない。
別に秘密にすべきことでもないし、何もやましいことはしてないけれど、祐太以外と「カップル」と名の付く行動をしたのを認めたくなかったのだ。
とにかく、話したいのは、そんなことではない。昨日に引き続き、今日は酒井君との組み合わせだったこと。そこで「酒井光延がお父さんだ」という重大な秘密を打ち明けられたことまで一気に話す。
「あ、これは酒井君に口止めされてるから」
「わかってる」
いちいち言わなくても、祐太なら絶対に大丈夫なのは知っている。静香自身も祐太にしか喋るつもりはない。
他の誰にも話せない秘密を好きな人と共有したいのは女の子の願望なのだ。静香と言えども例外ではない。
「それでね、明日、酒井君の家にご招待してもらったの。その時、お父さんが聞いてくれるって」
「そうなんだ」
いつもながら、ちゃんと祐太は受けとめてくれてる。話しながらも静香のテンションはますます急上昇。
「ふふふ。やった~ あの、巨匠、酒井先生だよ? ふ~ 意外なところにラッキーって転がってるんだね~」
カップルシートなんて言う名前からして嫌だったし、狭い場所に祐太以外の男子と入るのはもっと嫌だった。まして、相手は自分に告白してきた男だ。
『でも、部のためにって我慢したご褒美だよね! これって!」
我慢した甲斐があったと、どうしても顔がニマニマと緩んでしまう。ホントは「カップルシート」の話もしておかないととは思ったけど、今となっては、そんなの小さな話だ。何かのついでに、言えばいいだけの話。
『祐太以外とカップルなんて付く場所に入るの、ホントにヤなんだからね』
そんな風に言えば、きっと慰めてくれるはずだ。ヨシヨシと頭を撫でてくれるかもしれない。そんなスキンシップはなかなか無いけど、自分が望めばしてくれるのだろうと考えてしまう。
それにしても、と静香は思う。
『神田君とはそこまで緊張しなかったのになぁ。やっぱり、酒井君だと、どこか警戒しちゃったってことだよね』
雷漢とも嫌だったとは言え、今回ほどには抵抗感がなかった。やはり相手が過去に告白を断ったことのある光輝だからだろう。
静香は、男女の機微に疎いがバカではない。ちゃんと警戒すべき相手には警戒するし、むしろ、自分が疎いと知っているだけに、男の子と二人っきりになるのはできる限り避けてきた。
うっかり、そういうシチュを許してしまった結果、光輝とはしばらく気まずくなってしまった。大きく反省をしている。
あれ以来「男の子との二人っきり」は作らないように努力してきた。おかげで、面と向かった告白は、本当に少なくなった。
私だって、必要な時はちゃんと警戒してるんだからね、と静香は自賛している。
ともかく、危ないなんてことは考えなくても大丈夫。大事なのはビッグニュースを一緒に喜んでもらうことなんだよ!
ワクワクしながら、静香はしゃべり続けていた。
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