ただ、君を応援したかった
新川 さとし
春 4月〜6月
第1話 祐太の悩み
「おはよ」と「おはようございます」。
分けて挨拶するのは毎朝のこと。
二人の柔らかな笑みとともに挨拶を返してもらえる。
「おはよ!」
「おはよう」
二人の挨拶を受け止めながら鍵を閉める。
静香は、すぐ横に来て、鍵を閉めているオレを見つめている。
春の空気と、ふわりと静香の甘い香りが混ざる。この優しい感覚は、いつもながら嬉しい。
「行ってきまーす」
「行ってきます」
「二人とも気を付けて。行ってらっしゃい」
静香のお母さん--美紀さんに見送られて歩き出す。二人ともここまで皆勤賞。よくある「お寝坊さん」的なツッコミもなし。ちゃんと起きてるし、朝ご飯も食べている。
いつも通りの朝。
静香はフワッと髪を甘く薫らせながら真っ直ぐに歩く。ラノベに出てくる「幼なじみ」にありがちな、近すぎる距離感なんて
仲の良さはあるけれど、端から見ればごく普通の友達同士だろう。
『でも、たまーに手をつなぐのはアリだけどね』
正直に言えば、幼なじみの静香に恋をしている。こんなに可愛い子が身近にいるのに恋心を持たない方がおかしいと思う。
手をつなぐのだって、祐太が求めれば絶対に断られない。静香が好意を持ってくれているのは知っている。でも、あくまでも恋未満の領域だとわかってしまうのが辛いところ。
何度、同じ悩みをループさせてきたのだろう。
いまさら「告白」なんて白々しいけど、今のままももどかしい。
恋人という関係になるのは怖いけど、今のままでもいられない。
様々なアンビバレンツを抱えて、それでも少しずつ関係を変えようとはしていた。
『だって、やっぱり好きだから』
並んで歩く
祐太が密かに見とれているのを知ってか知らずか。ドキッとするほどに美しいうなじを伸ばしながら見上げた。
「春
4月の中旬に入った。傍らにある桜の木は、あらかた花びらが散ってしまっている。
「あぁ、コートも要らないもんなぁ」
淡々と歩きながら答える。
「ふふふ。ゆーは、冬でもコートを着ないじゃない」
光をまとうかのような笑顔がこぼれる。祐太の大好きな笑顔だ。
「あ~ まあ、寒けりゃ着るけどさ」
ポリポリと頭を掻いてみせる祐太の二の腕にツンツンと小さなボディタッチ。幸せな感覚だ。
「昨日、ありがと。助かっちゃった」
祐太が「数学小テストの情報」を送った礼だろう。改めて言われるとなんだか照れくさい。そのまま腕に触れていてほしいクセに、触れられるのが恥ずかしい。かと言って、自分から静香に触れるのはもっとダメだ。
触れたい、けれども、絶対にダメ。自分に歯止めが利かなくなるのが怖かった。今の二人が壊れるのは嫌だったのだ。
だから、ついつい軽口で誤魔化そうとする。
「ああ、どういたしまして。感謝していただけるなら、お礼はキスで」
「あら? 私のキスってずいぶんと安いんだ?」
唇をツンととがらせて、可愛らしく睨んでくる。傾けた頭に揺れる黒髪が、あまりにも魅力的だった。
「う~ん、グラム98円?」
「鶏モモ並!」
「あぁ、あれは照り焼きが美味いよな」
「えっと、それは知ってるけど。問題はしーずかちゃんのファーストキスが鳥モモ並ってところじゃないかと思うんですよぉ、私としては」
ツンツンと頬を突いてくる指は、怒りの表現ではなく愛おしさだろう、と祐太は勝手に思ってしまう。だって、こんなに嬉しそうな顔で見つめてくれるのだから。
「ははは。じゃあ、138円?」
「ちょっと! トンコマの値段にすれば良いって問題じゃないでしょ!」
「いやあ~ え~っと、プライスレス?」
「疑問形!」
歩きながらの掛け合いは、お互いを知り尽くしているからこそ冗談になっている。そう、祐太がこんな場所でキスを求めるはずがないのだ……と静香は思っているからだろう。
祐太には、苦い思い出があった。
高校生になった4月。二人でお出かけした時のこと。もう、丸2年も前になる。
市の美術館に行って現代アート展を見た。
静香はいつにも増して可愛かったし、自然な形で手もつないだ。
最高に楽しかった。嬉しかった。
好きな女の子とのデートに浮かれないオトコなんているわけがない。
『今日のしーは、いつもよりもずっと綺麗だ!』
春向きのライムグリーンのブラウスが、細い身体と肩までの漆黒の黒髪によく似合っている。あまりにも可愛かった。
朝からの高いテンションが、つい「静香は、ホントに可愛いね」と口走らせた。
一瞬、キョトンとしてから、それがほめ言葉だと理解した静香は、真っ赤になった。
自分の言葉で、こんなに可愛い反応をしてくれたのだ。嬉しさで有頂天となるのは男の子である。
ついつい、言うに言えなかった本音を口走ってしまった。
「今日のデートを、すごく楽しみにしていたんだよ!」
しかし「私もよ」と言うセリフを期待した目に映ったのは、笑いころげる静香だったのだ!
「ゆーってばぁ! デート? クスクスクス それ最高よ!」
精一杯の想いを込めたセリフは、その日に一番ウケたジョークになってしまった。
静香に悪意のないことを祐太が一番よく知っている。二人で出かけることは受け入れても、それが「デート」として認識されてないだけなのだ。
そこに気付いたときの絶望感たるやない。
『これって、いくら頑張っても、自分は恋人になれないってことなんじゃね?』
二人っきりのお出かけを嫌がるなんて考えもしないほどに自然な関係だ。誘えばどこだって来てくれる。
やったこともないし、するつもりもないけど、
まあ、普段から一人暮らしの祐太の部屋で二人っきりになっているから、もしもその気になったなら、改めて、そういう場所に行く必要は無いのだが。
ともかくとして、信頼関係がバッチリなのは確かだ。
デートして、いー雰囲気を作って、キス。
男の子が考えるオーソドックスなんて、こんなものだ。けれども、せっかく二人で出かけているのに「デート」だと思ってもらえないなら、どうしたらいいのか。
途方に暮れた。
これが、まだ「嫌い」と言われるなら考えようもある。好きになってもらえる努力をすれば良い。はたまた、どれだけ辛くても「失恋」なら立ち直れる日は必ずやってくる。
しかし、これは、どうにもならない。
静香は、自分の「好き」と「それ以外」がハッキリしている。祐太のことは「好き」なのだ。確かなこと。
しかし、それが「恋愛」なのかと言えば、違うらしいのだ。
何をどうすれば良いのか、わからない。だから、せめて応援しようとした。
子どもの頃から歌が好きな静香だ。実際、静香の歌は素晴らしい。今は合唱部に全てを捧げている感じだ。
だから、どんなにイケメンだろうと、カッコ良かろうと、はたまた、どんなにスポーツ万能だろうと、男達の告白は、全て、1ミリのためらいもなく断ってきた。
幼なじみである祐太以外の男が近づける気配はなかった。
祐太だけは特別なのである。
二人でお出かけもするし、なんだったら、毎晩のように会ってもいる。なんでも話せて、お互いがお互いを知り尽くしている関係。
あまりにも仲が良いから、二人はカレカノだと思っている人間も多かった。
それだけ、二人の関係は密接だったのだ。
だが、二人のお出かけが「デート」と認識されないようでは恋愛にもならない。恋とは、相手に認識されてから始まる…… あるいは終わるのだから。
『オレは最も近くにいて、そして最も「恋人」から遠い存在ってことか』
どうにも、気持ちの持って行きようがなかった。
そこから、発想したのが、今のやり方だったのだ。
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作者より
文庫本4冊分にもなる
とても、とても長い物語です。その間に、ジェットコースターに乗っているような感覚で、あれこれと事件が起きます。ガチなリアルさの中で起きるドラマをお楽しみください。
フォローして、じっくりお読みいただけると嬉しいです。
長い物語のため、各シーズンの最後に人物紹介があります。
よろしければ、目次ページに飛んでいただいて★★★をお願いします。
作者のモチベーションのため、ご協力をお願いします。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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