第2話 ハズれ扱いされる男

「てめぇの方行ってんぞ!」


 鋭い眼光と共に、威圧的な声が飛んでくる。

 それに少し遅れる形で、ボールは真っ直ぐ俺の方に。


「おりゃぁっ……!」


 力いっぱいラケットを振るが、当たった感触はない。


 と、次の瞬間。


「……っっ!!」


 跳ね返って来たボールが俺の足元に。かわそうとしたことで逆に足がもつれ、気づけば視界は天地逆転。


「いでぇあっ!!」


 ズシンッ! と、背中に鈍い痛みが走った。


「サーティーポイント」


 やがて審判役のコールが聞こえたかと思えば。コートを囲っていたガヤたちが、一斉に湧き上がった。


「マジでこけんのかよ、俺……」


 歓声が飛び交う最中、俺は独り苦笑する。空振りからのズッコケとか、手の込んだやらせ技かと思っていたが……。


(素人のボクでも意外とできちゃうもんなんですね)


 もしかすると俺は、芸人の才能があるかもしれない。


 なんて思いながらしれっと立ち上がり、足元に転がるボールを拾った。そして流れるように、教室の方を見やれば……案の定。


『ふへっ(笑)』


 みたいな顔をした葉月がそこにはいた。

 あの感じからして、バッチリ見てたっぽい。


(今すぐ俺を殺してくれぇぇ……!!)


 ……とは思ったが。

 どうやら俺のズッコケを見ていたのは奴だけのようで、試合を観戦していたガヤたちはと言うと、点を決めた早乙女さおとめを称えるのに夢中のようだった。


「さっすが早乙女!」


「イケメンでテニスも出来るとか無敵かよ!」


「早乙女くんマジぱない! ちょーかっこいい!」


 とか、揃いも揃って大絶賛。

 これはもはや、体育の授業の注目度ではない。


 男子だけではなく、隣のコートの女子まで試合を観に来ているあたり、早乙女がどれだけ人気で凄い奴なのか、絵に描いたようにわかるのが尚面白い。


 てか俺、転び損じゃない?

 誰か一人くらい笑ってくれよ。


「おい」


 そんな早乙女くんマジいっけめーんな雰囲気の中、対戦相手Aでしかない俺に向けられたのは、賞賛とは程遠い、怒りに満ちた鋭い視線だった。


「こけてんじゃねぇ、下手くそが」


 名前の通り、鬼のようなその表情。

 やがて鬼塚は、ラケットの先で俺を指した。


「てめぇはミスさえしなきゃいいんだよ」


 随分と簡単に言ってくれるけどな。こちとら運動苦手な上にテニス初心者なんだよ。急にあんな豪速球打たれて打ち返せるわけねぇだろ。


「勝負の邪魔すんじゃねぇ」


 そう言うと不機嫌に前を向く鬼塚。

 俺はそれを見て、一応ラケットを構える。フリをした。



 こいつがペアかよ。ハズれじゃねぇか。



 ふと脳裏に蘇る。

 さきほど鬼塚が口にしたあの言葉。

 

 ”ハズれ”……ね。


 俺がそう言われ始めたのはいつからだったか。


 自分がクラスで腫物扱いされていることに気付いた時には、もうすでにそのキャラ付けが、クラス全体に浸透していたような気がする。


 誰かとグループを組めば、不快な顔をされるのは当然のこと。


『え、マジ最悪なんですけど』


 なんて、わざわざ素直な気持ちを言葉にして頂いたこともあった。


 そんな経験を幾度となく重ねているからこそ思う。


「リア充爆発しろ、マジで」


 対戦相手である早乙女とは同じ高校生。

 同じ人間で同じ男で、確か誕生月も同じだったはずだ。


 にもかかわらず……

 なんだ、この圧倒的スペック差は。


 俺は帰宅部でコンビニバイトで。

 取柄と言ったら存在感を消せるのと、可愛い妹がいるくらい。


 それに対して早乙女さおとめ愛人まなとという男は、高身長でイケメンで運動神経抜群で。全国ベスト8にもなったバスケ部のキャプテンで。おまけに県選抜にも選ばれている超エリート。


 奴がガチャでいうところの星5なら。

 俺は間違いなく星2以下のクソ雑魚。

 そもそもの能力値があまりにも違いすぎる。


 どうしたらそこまでの圧倒的な差が生まれる?

 もしかして俺、前世でとんでもない罪犯しちゃった?


「ナイサ〜」


 そういう点でこの組み合わせは最悪も最悪。

 ゲームのラスボスに初期装備、初期ステータスで挑んでいる上に、味方は相性最悪の鬼塚ときた。ハズれくじを引いたどころの騒ぎではない。


「ボール行ったぞ!」


 その声で無理やり我に返される。

 目の前には相変わらずの鬼面で俺を睨む鬼塚。そして視界の隅に、曲線を描いてこちらに向かってくるボールが。


「返さねぇと殺す!」


 追加でそんな脅しが飛んでくる。

 え、何、この試合ってデスゲームだったの?


「はぁ……」


 正直やめたい。今すぐに。

 が、鬼塚からの視線があまりにも怖い上に、一発でミスったら早乙女ファンに申し訳ないので、ひとまずボールが飛んでくる方向に走ってみることにした。


 一歩、また一歩。

 進めば進むほどにわかってしまう。



 あ、これは絶対に間に合わない。



 ガシャン、とすぐ横で乾いた音が鳴る。

 そして審判役の手はまたしても逆側に。


「ゲームセット!」


 その声で、わーっと沸き立つガヤ。

 早乙女はというと、ペアの男子と笑顔でハイタッチを交わしていた。


「カッコよすぎんだろ……」


 あんなんが同級生とか。

 神の不平等もほどほどにしてほしい。


 でもまあ、引き立て役くらいにはなれただろ。

 脇役モブとしては、十分すぎるほど働いた。


「おい、てめぇ」


 早々に立ち去ろうとしたところ。

 背後から鬼塚に呼び止められた。

 声音からして、相当怒ってらっしゃるようで。


「手抜いてんじゃねぇぞ」


「別に手を抜いたつもりはないが」


「嘘つくんじゃねぇ。最後確実に諦めただろ」


 凄まじい剣幕で俺を睨みつけてくる。

 俺は出来るだけ刺激しないように、平静を装い答えた。


「諦めるも何も、あれは無理だろ」


「無理じゃねぇ、ワンチャンとれるかもしれねぇだろうが」


 ワンチャンって……そんな不確定要素で、低燃費主義の俺が全力を出すと思うな。お前だって前衛でほとんど何もしてなかっただろうが。


「てめぇのせいで俺まで負け扱いなんだよ」


「それはすまん」


 反射的に謝れば、鬼塚の表情は更に歪む。

 どんだけ俺のこと嫌いなんだよ、こいつ。


「まあまあ、その辺にして」


 と、殺伐とした空気を察したのか。

 勝者である早乙女が、仲裁役を買って出てくれた。


「いい試合だったじゃないか」


「そりゃお前は勝ったからな」


「大事なのは勝ち負けじゃないよ」


 そう言うと早乙女は、ちらりと俺を見た。

 そしてキラキラエフェクト全開の笑みを浮かべる。


いぐち、、、だって精一杯頑張ってたじゃないか」


 ん、今なんて?


「どう考えても足手まといだったろ」


「そんなことないさ。いぐち、、、はよくやってたと思う」


「こいつがいなかったらもうちっとマシな試合出来てたんだよ」


 それはどうもすみませんでしたね。


「ったく、どうせならお前とペアがよかったわ」


「そういうことは口に出すべきじゃないよ。いぐち、、、に失礼だろ?」


 言っておくが早乙女。

 お前もなかなかに失礼だからな。


 俺は”いぐち”じゃなくて”いのぐち”だ。

 人にとやかく言う前に、クラスメイトの名前くらい正しく覚えやがれ。


「ちっ……くだらねぇ」


 やがて鬼塚は、舌打ちと共に小さくぼやいた。


「ペアガチャのハズれ引いて萎えたし、適当にラリーでもやろうぜ」


「そうだね。待ち時間がもったいないからね」


 そう言いながら、二人は去っていく。

 振り返りざま、鬼塚に睨まれたがどうでもいい。


 これはあくまで体育。

 全力を出す方が非効率とされる教科である。

 つまり全力を出さないこの俺こそが正義なのだ。


「クソッ……やっぱサボりゃよかった」

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