第326話.回り始めた歪な歯車
汗ふきシートと制汗スプレーを吹かせながら校門を出た。
部活終わり、特に夏の季節は暑さもプラスされるので汗が止まらない。
首にタオルをかけ、時々頬を伝う汗を拭きながら最寄り駅に向かう。
「今日も先輩かっこよかったな〜。しかもフォームも良くなってるって褒めてくれたし!えへへ〜」
うちの高校には短距離の怪物がいる。
中学時代からいくつもの大会で表彰され、高校に入ってからも賞を総ナメしてきた怪物。
それが私の憧れる先輩だ。
私も当初は期待の新人という立ち位置で入部し、一個上に怪物がいるという噂は元々聞いていた。
男だろうが関係無い。私が打ち負かしてやる。そんな気概で先輩のことを勝手にライバル視し、そして初めはあまりよろしくない態度で接していた。
そしてとある日の自主練の際に先輩に無謀とも言える勝負を挑んだわけだが……当然結果は敗北だった。
自分で言うのもなんだが、私の実力とて決して低くはない。むしろ県の中でもトップレベル、調子次第では全国にだって行くことの可能な選手だ。
しかしそんな私でも手も足も出なかった。
完全敗北。
その四文字がお似合いな負けっぷりだった。
きっと入部したての私ならありえないくらいに悔しがり、かつ鬼のようなストイックさを手に入れるきっかけにもなりえただろう。
ただそこで既に数ヶ月先輩の背中を見ていたのだ。
私は悔しいよりも先に"よかった"と思ってしまったのだ。
こんな私なんかに"勝ち"の"か"の字すら感じさせなかった圧倒的力量差。
そしてこの人は倒すべき相手ではなく目指すべき人なのだと。
そこからはただの手のひら返しと思ってもらって構わない。練習終わりの自主練では積極的に先輩に絡みに行き、フォームを見てもらってアドバイスを貰い、ストレッチ法やトレーニング法なんかも教えて貰って。
先輩もまさかここまで人が変わるとは思っていなかったのだろう。「別人みたいになったな」と笑いながら話してくれたりもした。
そりゃ初めは敵として見ていたのだから可愛げも何も無い。しかし今では目指すべき人に変わり、憧れとなって、関わりを深めることで気になる相手にもなったのだ。
私とて恋に憧れる多感な時期の乙女なのだ。気になる相手の前では可愛らしい存在でありたい。まぁ先輩には「初めの肉食獣感のある姿もいい刺激だったけどな」とこれまた笑われたけども。
とにかく今日の私はそんな先輩に褒められて浮き足立っているということなのだ!
「ん?メール?」
駅までの帰路に着いていると突如携帯のバイブ機能が震えた。
パカりと開きながらメールボックスを確認すると、クラスメイトで中学時代からの無二の親友からのメールだった。
急にどうしたのだろうかと思いながら内容を確認すると、今日話題に上がっていた好きな人についての話の続きについてのものだった。
そんなに気になるのだろうかと思いながら私はメッセージに返信をしていく。
そして最後には明日の部活の後に遊ばないかという誘いが来た。
なぜ明日なのだろうか。そう疑問に思いつつも私は了承をするとそこでメールは終了する。
明日も先輩に会うのが楽しみだ。
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