第2話.会話

 昼飯を食い終わった俺は灯崎を置いて校舎に戻り、自分のクラスがある四階まで階段で登る。

 昼休み自体はまだあるので、多くの生徒が別の校舎にある食堂や廊下などに居座っていた。

 だが、俺にはする事は何も無いし、残りの時間は教室で過ごすのが一番いい。

 春の麗らかとした陽気でボーッとした頭でそんな事を考えていると、屋上に繋がる階段から1人の女子生徒が降りてきた。

 銀色がかった黒髪の女生徒、しかも美人。そんなのはこの学校には1人しかいない。

 華山有理だ。


「あ、さっき中庭にいた男の子……」


 落ち着きのある静かなトーンの声でそう言われる。


「なんだ、俺の事見えてたのか」

「見えてました。カメラのズーム機能使って、中庭の木に止まってる鳥を撮ってたら、あなたボーッとした表情が映りこんだので印象に残ってます」


 初対面だとは思えない言い草に俺は思わずたじろぐ。


「はぁ……。まぁ、俺の顔がボーッとしてた云々は置いといて、何で屋上でカメラなんか持って写真を撮ってたんだ?」

「カメラは写真を撮る道具ですよ?」


 そんな事は分かってる。


(この子絶対に俺の事、馬鹿にしてるよね?)


「違う違う。俺が聞きたいのは、なんで写真なんて撮ってんのって事」


 純粋な疑問だ。写真なんて今どき一眼レフじゃなくても、スマホのカメラで随分と綺麗に撮れる。なのに、結構本格的なのを使ってるのには理由があるはずなのだ。


「何でかと聞かれると、趣味ですかね?」

「何で疑問形……」


 彼女は首を傾げながら、そう答える。


「でもまぁ趣味なら納得できる」

「……でも少し違うかもしれないです」


 違う?何が違うのだと言うのか。学校にまでカメラを持ってきて、昼に木に止まっている鳥なんかを撮る事の、何が趣味と違うのだろうか。


「何が違うんだ?」

「私の場合は、趣味よりも部活が勝ってるかもしれないです」

「部活?この学校に写真部なんてあったか?」


 記憶を辿っても、写真部なんてこの学校で聞いた事がない。新入生説明会の時の部紹介の時も、そんなの無かったし、部活の勧誘ポスターが貼ってある掲示板にも写真部のはなかった。


「私が所属してるのは写真部じゃありません」


 毅然とした態度でそう言い張る華山。

 そしてすっと息を吸うと強く言った。


「私が所属してるのは……PhotoClubです!」

「Photo……Club……」


 思わず復唱してしまった。

 その毅然とした態度のせいでもあるが、何よりも……、


「それって直訳したら、結局は写真部じゃねえか?」


 Photo=写真

 Club=クラブ.部

 合わせると、

 PhotoClub=写真部


「細かい事は気にしない方が身のためです」


 彼女は少し頬を赤くしながら、そっぽを向いた。


(多分、ちょっとかっこよくしたかったんだろうけど、あんましかっこ良くないぞ?)


「まぁ俺には関係ないけど。というか、他に部員いるのか?」


 当然の疑問と言ってはなんだが、気になってしまっては仕方がない。俺のクラスにはPhotoClubに入ってるとか言う奴いないし。そもそも存在を今知ったところだし。

 PhotoClub言いにくいな。写真部でいいや。


「他に部員はいません。私1人だけの部活です」

「1人だけ……」


 俺は1人だけと聞いた瞬間思ってしまった。

 友達いないのかしら、ではなく、1人の部活は認められてたか?という事だ。


「なぁ、華山。部活って部員1人だけでも、認められてたか?なんか、最低でも3人は必要だった気がするんだけど」

「よく知ってますね。確かに、本来は3人必要です。だけど、私と親しい先生が気を利かしてくれて特別にってことになっているんですよ」


 1人でも部活はしたかったのか。


「だから私は、その先生が私にしてくれたことに報えるように活動してるだけです」

「なるほどな」

「はい」


 彼女は一言そう言うと、少し下の方を向いた。

 目元は髪の毛で隠れて見えないが、何か悩んでいる事があるみたいだ。


「どうした?急に黙り込んで」


 彼女はもう顔を上げてこちらを見る。

 そして静かに口を開いた。


「……PhotoClubは特例で私1人での活動を認められていますが、本来それは規則に反することなんです。だから、他の部活の人や先生にも申し訳なくて」

「つまり?」

「私も……ちゃんとした部活で活動がしたいです」


 なるほど、ちゃんと規則に則った活動がしたい。だが、人数足りなくてどうしよう、という事だな。

 俺の読みが当たっていればの話だが。


「部員が欲しいのか?」


 俺は、俺の読みを信じて問いてみる。

 もし読みが当たっているなら、俺のあまり高くないコミュニケーション能力を酷使して、何とか部員を集める手助けをしてやろう。


「はい、だからこれも何かの縁ということで、あなたがPhotoClubに入ってくれませんか?」

「え?」

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