第8話側用人・木下義郎6
「けったいな事になってはりますな。御公儀が何時までも刑を言い渡さへんから巷では『赤穂浪人の無罪確定』を声高にゆう人まで出てきはりますえ?」
「……駒若」
徳利を傾けて酌をする駒若は遠回しに私を非難しているのだろう。
「なんや『
「?三十年前の事件の事か?」
「そうどす。今回の赤穂浪人らの仇討ちとよぉ似て張りますわ」
「あの事件は主君の敵討ちではないぞ?」
「へぇ。家臣同士のイザコザでやんす。浪人らが徒党を組んで屋敷に押し入り、犯行後は従順な態度で自首してきはる点ではよぉ似てはります」
「その件では犯人たちは島流しの刑に処されたはずだ。断じて『無罪放免』の御裁きではないぞ」
当時は、結構な評判を呼んだ事件だと聞く。
今でも歌舞伎や講談のネタにもなっている位だからな。
「いややわ、義さん。問題はその後やわ」
「その後?」
「御赦免で数年の島生活をした後は、元の処よりもええ処に再就職したっちゅう話ですぇ」
「!?」
まさか……駒若は赤穂の浪人らが再就職目当てに仇討ちしたと言いたいのか!?
幾ら何でもそれは……。
「有名どころの話でやんす。国元の家老はんが知らんはずあらしまへん。なんでも仇討ちのお頭は筆頭家老の大石はんというやおまへんか」
「大石内蔵助を知っているのか?」
「江戸に上がられた時期がありましてな、丁度、御座敷にうちを指名してきはりました」
「なに!?いつの時だ?」
「三年位前ですやろか?お忍びで御出ででしたぇ。浅野の殿さんの事でよぉ謝られてはりましたわ」
「……?」
「ふふふ。うち、浅野の殿さんにいい寄られてたんどす」
「はっ!?」
初耳だぞ?
いつからいい寄られていたんだ!
「けったいなお人やったわ」
「何かあったのか?」
「へえ、うちを贔屓してくれはるんはええんどすけど……
「客などそんなものだろう。特に浅野内匠頭は頭の固い武人気質だったと聞く。恐らく座敷遊びに不慣れだったんだろう」
「せやろか?その割にはうちを『妾』にしてやるゆうてましたわ」
ぶはっ!
飲んでいた酒を噴き出してしまった。
「いややわ、
「……いや、すまん。浅野内匠頭は側室を一人も持たない愛妻家と評判だったのでな。つい……」
「
「それはそうだが……」
意外だ。
浅野内匠頭は「正妻好き」と陰で言われていたからな。十年以上も子宝に恵まれないにも拘わらず、離縁して実家に帰す事もなく、側室を持ち跡取りを儲ける事も無い。それでも跡取りは必要不可欠という事もあって実の弟を「養子」にした位だ。
それにしても……駒若に目を付けるとは中々見る目がある。花の盛りの美貌と教養の高さは天下一品だ。
「うちにはもう
ぶはっ!
二度目の酒の噴き出し。
にこりを微笑んで見ている駒若には勝てない。
今度、簪を贈ろう。
いや、櫛に方が良いかもしれない。特注の木箱を作らせよう。
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