やどらしさま

混沌加速装置

動画

「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」


 三人の女子高生が声を合わせて呪文を唱え終えると、三本の人差し指が置かれた十円硬貨が、白い紙に描かれた鳥居の位置から『はい』のほうへ向かってゆっくりと移動をはじめた。


「えー! ヤバイヤバイヤバイ!」


「え、待って、誰が動かしてんの? よっぴん? ちあっこ?」


「やってない、やってない! わたし指置いてるだけだもん」


「あたしも動かしてないって! ややみんじゃないの?」


 彼女たちは互いの顔を窺いながら、半ば興奮気味にそれぞれを疑うような声を上げた。硬貨が『はい』の上で止まると、誰からともなく「じゃあ質問する前に、本当に降霊が成功してるか確認しよっか?」と提案がされた。


「誰からやる?」


「誰でもいいよ」


「じゃあ私からいくね。コックリさん、コックリさん、私のお母さんの出身県はどこですか?」


 紙に書かれた五十音の上を、硬貨は『み』『や』の順に動き、最後に『ぎ』のところで停止した。


「合ってるの?」


「うん。合ってる」


「じゃあ次わたし」


 三人の少女が声を合わせ「それではコックリさん、鳥居の位置までお戻りください」と唱えると、再び硬貨が動きだして鳥居の絵の上で止まった。


「コックリさん、コックリさん、わたしの好きなスイーツはなんですか?」


 硬貨が『か』『つ』『さ』『あ』と文字を辿り、『た』で動かなくなった。


「よっぴん、カッサータ好きなんだ? でもあれ、クリームチーズ入ってるよね? チーズ嫌いとか言ってなかったっけ?」


「クリチは別」


「それじゃ最後、あたし訊いていい?」


 二人がうなずき、再度コックリさんを鳥居へと戻らせる呪文を三人が口にする。


「コックリさん、コックリさん」少女は言葉を切り、他の二人の顔に素早く視線を走らせてから「あなたは誰ですか?」と続けた。


 質問を聞くなり、二人の少女が目を見開いた。


「ちょ、ちあっこ! 予定と違うじゃん!」


「コックリさん自身への質問はダメだって言ったよね⁉︎」


 ものすごい剣幕でまくし立てる二人に対し、ちあっこと呼ばれた少女は落ち着き払った様子で「だって普通にやったって」と動画配信中のスマホをチラ見してから、「稼げないじゃん」と口を尖らせた。


「ねぇ、ややみん、これ絶対ヤバイよ……取り憑かれておかしくなった子がいるってネットに」


 十円硬貨が動きだし、よっぴんと思われる少女が言葉を切った。


「ちょっと、やめてよ! 動かしてるの誰⁉︎」よっぴんが鋭い視線をちあっこに向けると、彼女は「な……あたし動かしてないからッ! あんたでしょ⁉︎」とややみんを睨みつけた。「わ、私だってやってない!」


 互いを疑いながらも、三人の視線は移動を続ける硬貨に釘づけとなっている。


『の』


『が』


『さ』


『ぬ』


「いやぁッ!」よっぴんが悲鳴を上げて硬貨から指を離した瞬間、「離しちゃダメッ!」ややみんの金切り声が響いた。


 二人の指が乗ったままの硬貨は、よっぴんの指が離れたのを合図に、まるで安全装置が外れたかのように突然勢いを増し、紙の上をデタラメに動きまわり始めた。


 ちあっこの顔から余裕の表情が消え「倻々美ややみッ! 変な冗談やめてッ!」と叫び声を上げた。


「だから私じゃないって!」


 制御を失った硬貨を呆然と眺めていたよっぴんは、おもむろに口を開くと「こ、コックリさん……お戻……ど、どうかお戻りください……どうかお帰りに……おね、お願いします……お願いしますッ!」と声を震わせながら儀式終了の呪文を唱えた。


「あたし……もう無理ッ!」


 指を離そうとするちあっこを、ややみんが「ダメッ!」と一喝した刹那、ちあっこの身体がまるで指先の十円玉に引っ張られるかのようにして浮き上がり、そのままテーブルの上を翻筋斗もんどり打って飛び越えるや、配信中のスマホに勢いよく突っ込んだところで動画が途切れた。




「え? ここで終わり? 続きは? このあとこの子たちどうなったの?」


 琴葉ことはの隣でタブレットを覗き込み、ともに動画を視聴していた彩未あやみは、レイヤーカットの長い髪を揺らしながら立て続けに疑問を口にした。


「わかんない。謎」琴葉は一つ結びにしていたヘアゴムを外し、適当に手櫛を入れてから再び髪を束ねて結び直した。


 部活動の時間はとうに終わっており、部室には二人の少女の姿しかない。すでにほとんどの生徒が下校したようで、校舎全体がしんと静まり返っている。


「謎って……いや、てかさ、こんなんヤラセでしょ? 絶対に仕込んでるって。あー、なんかそう考えたらいま観た動画、全部演技に思えてきた。だってあの子さ、最後に吹っ飛んでたよ? どかーん! って。ありえなくない? 平均体重だとしても五十キロ近くあるわけじゃん? 絶対ヤラセだって」


 喋りまくる彩未に対し、琴葉はただ「かもね」とだけ答え、なにやらタブレットを操作している。


「一言かよ! てか、なんでこんなヤラセ動画観てたわけ? 心霊系ならもっと面白いのあるでしょ?」


「わたしもやろうと思って」


「なにを? コックリさんやってみた的な動画配信ってこと?」


「もっと面白そうなやつ」琴葉がタブレットを彩未のほうへと差し出す。画面には有名な心霊スポットや都市伝説を扱うサイトが表示されている。見出しには『やどらしさま』とあり、それに関連しているらしい長い記事が書かれていた。


「やどらしさま? なにこれ?」


「そこに書いてある」


「てか私、長い文章読むの無理。ダルい」彩未がタブレットを突き返すと、琴葉は軽く溜め息を吐き「コックリさんの上位互換」と呟いた。


「どういうこと? 意味わかんないんだけど」


「十円玉に霊を呼び寄せるのがコックリさん。人に霊を憑依させるのがやどらしさま」


「つまり、人を憑代よりしろにする降霊術ってこと?」


 琴葉は頷くと、「だから彩未も手伝って」とふんわりとした微笑みを浮かべた。


「手伝ってって、あんた、私に憑代になれっての? 冗談じゃな」彩未が拒絶の言葉を口にしようとしたのを、琴葉は先回りするようにかぶりを振って否定した。


「なら、いいけど……で、やり方は知ってんの?」


 琴葉が無言でタブレットの画面を彩未に向ける。


「そこに書いてあるのね……」大袈裟に息を吐きだした彩未は、突然ハッとした様子で「ねぇ、さっき彩未って言わなかった?」と鋭く指摘し、「他にも誰か誘ってるわけ?」と訊ねた。


 再び無言で頷いた琴葉が「アキねえ」と短く答えると、彩未は「誰?」と眉根を寄せた。

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