第44話 地上へ
ネイピアは大聖堂の地下通路を上っていった。後ろからポンプとホースを抱えたラブローがついてくる。そして、ロキ大橋まで取りにもどった油の入った瓶をジューゴが運んでいた。
ネイピアは隠し部屋で、青い液体を一気にあおった。大聖堂の中に入ると、リグル草は中にまで入り込んでいた。
「なんじゃこりゃ!」隠し部屋からのぞいたネイピアは、再びドアを閉めた。
「どうした?」ジューゴが聞く。
「大聖堂の中まで黄色い花でびっちりだ」
「大聖堂ごと焼き払わねえと」
「マジっすか? 司祭さまが……」ラブローが不安げにつぶやいた。
「ぶち殺されるな。俺、どんだけ敵つくってんだ? まあ、でもしかたねえか」
「班長、聖壇も焼くことになるんやないですか?」
「大丈夫だ、ラブロー。天罰は俺が引き受ける。でも、お前にもお裾分けだな。俺一人じゃ抱えきれん」
「そんな……」
「俺も同罪だ。三人で引き受けよう」ジューゴがネイピアの肩を叩いた。
「心強えこった、おっさんよ」
「フン」
「じゃ、ラブロー、合図したらポンプを漕いでくれ」
「了解です」
ネイピアはホースを抱えて、隠し部屋を出ていった。大聖堂の中は、黄色い花が隅々まで咲き乱れ、藪漕ぎしないと先に進めない。ネイピアはなんとか、柱をよじ登り、五メートルの高さにある出窓までたどり着いた。さすがにここまでは花も伸びてきていない。
ステンドグラスを割り、広場を俯瞰する。周りの建物は全てリグル草に飲み込まれようとしていた。ホースを窓から外に向ける。
「ラブロー、今だ!」
ラブローは隠し部屋で必死にポンプを漕いだ。徐々に油が瓶からホースを伝っていく。しかし、一人で五メートルの高さまで上げるのは至難の技だ。元々、このポンプは五人で漕ぐ仕様なのだ。
「そんなんじゃダメだ。ガリガリぼうや」ジューゴが手を貸すと一気に勢いを増した。
「すげえ‼︎ さすが自警団長」
ラブローは死にもの狂いで、漕ぎ続けた。漕ぐのをやめると逆流して、一気に振り出しに戻る。一進一退を繰り返しながらも少しづつ上がっていった。そして、ようやく、放出。
「よし、もっと漕ぎ続けろ!」
ネイピアはなるべく広範囲に行き渡るよう、ホースを左右に振った。勢いはなかったが、大聖堂周辺には大体、まけたと思った。ネイピアはマッチに火をつけ、外に放りなげた。一気に大聖堂に炎は燃え広がる。
しかし、広場の中央に火の手は広がっていかなかった。
──風だ。
大聖堂は今、広場の中央から見て風下に位置していた。しかも、強い風だ。風上から火をつけないと、リグル草を焼き尽くすことはできないだろう。
大聖堂の中にも煙が蔓延してきた。ネイピアは急いで柱を伝って下った。そして、隠し部屋まで戻ってきた。ラブローは息が切れて汗びっしょりだった。
「ラブロー、大丈夫か」
「は、班長。これくらい、な、なんとも、な、ないっす」
「おっさん、油はまだあるか? これじゃ全く足りなそうだ」
「自警団の連中にかき集めるよう言ってある」
「さすが! じゃ、船着場に持っていってくれ」ネイピアが言った。
「わかった」ジューゴが頷いた。
大聖堂は広場に一番西側にある。船着場は広場の東側に近い場所にある。ネイピアは両端に火をつて焼いて行って、中央にある大元の花壇を攻めるつもりだった。
三人は地下道への梯子を降りていった。上からものすごい音が聞こえる。大聖堂が崩れていく音だ。
「よし、次は船着場から攻めるぞ!」地下道で待ち構えていた自警団の面々に向かってジューゴが叫んだ。
ネイピアはラブローの肩をつかんで呼び止めた。
「ラブロー、お前には別のことを頼みたい」
「なんです? 班長」
「お前は孤児院に向かってくれ。青い花を持ってくるんだ」
「え? 夜明けに間に合わんかもしれんですよ?」
「できるだけ急げ。俺がもし失敗した時、青い花がねえと万事休すだ」
「そんな縁起でもねえこといわんでくださいよ」
「作戦っていうのはな、バックアップをいろいろと考えとくもんなんだ」
「わかりました!」
ネイピアが船着場に着くと、大量の瓶が並んでいた。ジューゴが指揮して、自警団員たちがどんどん油を運んでくる。
「おっさん、外に出て大丈夫なのか?」
「大丈夫かだと? 外に出ないでどこに瓶を並べるってんだ」
「おれは通路に並べるつもり……」
「通路なんて狭くて、大した量を並べられねえだろが!」
「それはわかるが……」
「こっちは風上だ。だから花粉も飛んでこない。ただ、風向きが変わったらすぐに逃げる」
「わかった」
「急げ! 風向きが変わる前に、並べ終えるんだ!」ジューゴが叫んだ。
五分と経たないうちにおよそ五十個の瓶が並べられた。
ネイピアは不機嫌な顔でこちらを睨んでいる自警団の連中を見ながら言った。そういえば、こいつらからすると、自分は大将であるジューゴを突き落とした敵だ。多分、この様子じゃ、誤解も解けていないらしい。というか、ジューゴはそんな誤解を解くつもりもなさそうだ。
「このおっさんに、そこを期待しちゃいけねえな」
「なんだ? 何を期待してるって?」
「いや、別に。とにかく合図したら、ポンプを漕いでくれればいい」
自警団の連中は無言でネイピアを睨みつけた。
「フッ、こいつらお前のことが嫌いだってよ」ジューゴが言った。
「見ればわかる」
「お前ら、心配するな。俺もこいつのことは嫌いだ」
「だったら、何でこいつの言うことなんか……」団員の一人が言った。
「確かにこいつはイケ好かないスケコマシ野郎で救いようがない」
「ちょっと待て、エレメナちゃんのことを言ってるなら、あいつと俺は何もやってない。ただ、あいつの家に泊まっただけだ。本当に何も……」
「んなことはどうでもいい」ジューゴはネイピアの言葉をさえぎると、自警団の男たちに向きなおって言った「俺はお前らの頭として公私混同はしねえ。こいつは嫌いだが、信頼できる。お前たちがよーく知ってる巡察隊のクソ野郎どもとは違う。俺が保証する」
「照れるぜ、おっさん」
「ぼうや、お前、馬鹿なのか? 一言も褒めてねえ」
「フン、素直になれよ」
「あ? さっさと行け。さっさと行って、この街を救ってこい」ジューゴがネイピアの背中を叩いた。
「言われなくても行くよ」
「おい、ところで合図はなんだ?」ジューゴが聞いてきた。
「始まったら分かるよ」ネイピアはホースを抱えた。
「きぃつけてな」ジューゴは目を合わさず小声で言った。
「素直になれよ」
「お前がな」
「フン」
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